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第10章 スタンド・バイ・ミー


***


《府神静馬》


***


「聞きました?」

「ああ」

「新藤さん、刺されたみたいッスね」

「マスコミは?」

「まだ嗅ぎつけてないっス」

「被害者の私的復讐。あいつらにとっちゃ垂涎のテーマだ。たぶん近々、相当な勢いで食いついてくるぞ」

「うわぁ」

「俺たちの監督不行き届きが追求されるかもな」

「新藤さんを刺した方は?」

「事件発生から三時間後に、自首したよ」

「先輩、大丈夫っすか?」

「何がだ?」

「かなり親身に面倒みてたでしょ? あの子の」

「俺たちは法務教官だ。担当になったガキの面倒は平等に見る。新藤だけが特別なわけじゃない」

「それにしちゃ、顔色悪いですけどね」


 トイレの個室でウンコをしていたら聞こえた宮田とその後輩らしき男の会話は、俺の便意を止めるには十分すぎた。

 俺は個室から飛び出し、男子トイレを出ようとする両名に洗っていない手で掴みかかった。


「どういうことだよ! おい!」


 ――詰めて詰めて詰めまくったら、宮田に面接室まで引っ張られ、小声で告げられた。

 新藤が、刃物で刺された。

 彼女が殺した被害者(同級生)の親に。

 家の近くの路地で倒れていたのを、中々帰ってこない新藤を心配した母親が発見し、救急車を呼んだ。

 病院で手術を受け、峠は超えたが、まだ予断を許さない状況。

 意識は、未だ戻らない。

 最後に、「他言はするな」と宮田に強く言われた。

 暴れそうになる自分の身体を、内心で、必死に抑えつけた。


 ――頭を鉄球で潰されたような状態が半日続いた。

 何も考えられず、何もする気が起きない。

 蓮沼にすら、真顔で心配されてしまう。


「何があったの?」 

「新藤が刺された」


 ほとんど、無意識の内に答える。

 宮田の頼み事に応じる気は、そもそも無かった。


「命は?」

「生きてる」

「それは……何よりだ。なら、まずは、喜ぶべきだよ」

「――何を喜べっつうんだよ!」


 部屋に俺の怒鳴り声が反響して、ピリピリと震えた。

 上った血がさぁーと流れ落ちると、途端に、罪悪感が俺を支配する。


「……悪い。不作法だった」

「いいよ。僕も言葉が足りなかった。それに……誰でも過敏になるさ。まともな話じゃない」


 鶏が学園中に響くような声で鳴き出した。

 その声を聞いて、俺は夢遊病者のような足取りで、部屋を出て、紅葉寮を出て、グラウンドを横切って、あの場所に向かった。

 いつかの日、新藤が、月明かりの中で箒を持って立っていた、あの場所に。


***

 

 鶏小屋に着くと先客がいた。


「……奇遇だな」


 小屋の中、箒で鶏の糞を掃いている女が手を止め、俺を見る。

 直後、ぷいっと顔を逸らし、俺を無視して掃き掃除に戻った。

 俺は、小屋の扉に手をかけた。

 金網の扉が内側から、ガシャンと、素早く閉じられる。

 網の向こうに、七々川の手があった。


「入れろ」

「あなたは立ち居り禁止です、入らないでください」


 黒い篝火を瞳の奥に燃やしながら、七々川が俺を睨みつけてくる。


「気になったんだ。そいつらが」


 餌をつつく鶏たちに視線を向けて、俺は言った。

 ギリッギリッと、金網を強く押さえつける七々川。


「トモちんから掃除当番を受け継いだんです。今は明里がここの担当なんです。この小屋の主任なんです。この場所は明里の宇宙で、明里の惑星なんです――あなたは、いらないんです」

「新藤が刺された」


 一言一句、蓮沼の時と全く同じ、シンプルで明快な言葉を告げる。

 直径四百キロの巨大隕石が七々川の惑星に衝突。

 瞬間、七々川の顔から喜怒哀楽全ての表情が消えた。

 言葉の意味を脳が理解するのに、平時より時間がかかっているのかもしれない。

 ショートした七々川の脳みそに俺は〈真実〉を押しこむ――新藤は、今、死にかけている。私怨で殺されそうになって、病院に担ぎ込まれて、意識が戻らない。


「それを……明里に話して、どうするんですか?」


 引きつけを起こしたみたいに、七々川の声がしゃくりあげるようなものに変わる。


「わからない。混乱してるんだ。頭がおかしくなりそうなんだ。吐き出さないとまずいんだよ」


 俺の背後に大きな人影が近づく。

 そいつは、俺の胸ぐらを掴んで鶏小屋の金網に叩きつけた。


「ごほっ、けほっ」

「咳き込む前に『ごめんなさい』と言え」


 宮田に、裂けそうな程ジャージを強く引っ張られた。

 眼前に奴のゴリラ顔があった。


「うっせえ、死ねよ。隠蔽野郎」

「在院生を不必要に脅かす情報をべらべら喋ったところで、事態は何も好転しねえんだよ」

「ヒデッキー!! 今の、本当なんですかっ。本当に、トモちんが――」


 口を閉ざしたまま、宮田は目をつぶった。

 七々川の言葉を遠ざけるかのように。


「あの、きついんですけど。そんな反応されたら……」


 七々川が、奥歯を噛みしめる。


「肯定してるようなもんじゃないですか」


 冷静さを失った人間は、得てして、突拍子もないことをするものだ。

 小屋の扉をバンッと開けて、七々川が外に飛び出し、俺の胸ぐらを掴んでいる宮田の手を取って、その毛むくじゃらの手を自分の胸に押し付けた。


「きゃあああああ、パイオツ揉まれましたぁあああ!」

「なっ!?」


 宮田が慌てて手を引っ込める。


「事案発生です! これは大変! 大スキャンダル! 懲戒免職! 失業! 低所得者層への転落! 孤独死! 躯は死後一ヶ月過ぎて近隣住民からの異臭クレームで発覚!」

「七々川。ど、どういうつもりだ!」


 ……なるほど。そういうことか。


「トモちんの入院先を教えて下さいこのやろう。見舞いに行きます絶対ですばかやろう。もし、教えてくれないなら、教官が女子院生に淫行を強要したと、触れ回りますから!」


 俺は加勢する。

 宮田のぶっとい首を羽交い締めにして、耳元で囁いた。


「よぉ、ロリコン教官。証言台には俺も立つからな。もちろん、七々川の主張を押し通す。お前のキャリアは即死だ――今の仕事を続けたかったら、俺と七々川に教えろ。新藤の入院先を」


 さて、吉と出るか凶と出るか。


***


 単独室は全部で三つ。

 全て個別室棟の二階に隣合わせで用意されている。


「駄目だったな」


 左隣の部屋にいる七々川に声をかけた。


「あなたのせいですよ。明里ひとりなら、もっとうまくやれました」


 もちろん違う。俺のせいじゃない。

 俺たちのせいだ。

 宮田を甘く見ていた。

 あの後すぐに別の教官が数名やってきた。宮田さんどうしたんですか? 聞いてください。ヒデッキーが明里に淫猥なアレコレを――誰も聞き入れなかった。

 〈またか〉という目で七々川と俺を見ていた。

 畢竟、教官を困らせるために、虚偽のレイプ被害を訴える女子院生なんて珍しくもない。


『そいつらを単独に放り込め。期限は……今晩だけでいい。後、他の教官や院長には俺から話を通しておくから、お前らは何も言うな』


 宮田の指示の元、後輩の教官二名が俺たちを物のようにぞんざいに、単独に放り込んだ。

 俺の真横の単独に入れられた七々川は、あれからずっと俺に文句を吐き続けている。


「しっかし、お前も、入院先から帰ってきてから、随分俺への当たりが強くなったよな」

「っ! ご、ごめんなさい。ご不快でしたか?」


 途端に七々川の態度が一変した。

 取り繕うような謝罪。

 少し俺が嫌味を言っただけで、七々川の悪癖が顔を覗かせた。

 誰にも嫌われたくないという悪癖。

 こいつを縛りつけている心性。


「不快じゃない。遠慮するな。俺にとっちゃ、今のお前の態度の方がよっぽど好ましいよ」

「……何でですか?」

「嘘がないから」


 間があった。


「病院で、お医者さんに診てもらった時にですね。肋骨が折れていたんです……先輩の心臓マッサージのせいで」

「悪い。加減がわからなかったんだ」

「――けど」


 月明かりが、俺たちの檻を照らす。


「あの時は……助けてくれて、ありがとうございます」


 俺は何も言えなかった。


()()

「ん?」

「会いたいですね。トモちんに」


 本当に。それだけは、神に祈ってでも成就させたい願いだった。


 ――大股の足音が俺たちの部屋に近づく。


「まったく、お前らってやつは」


 食器口からトレイが突っ込まれる。

 晩飯のパンとシチューと牛乳が乗っていた。

「暴れるなら、時と場所を選びやがれ。お陰で、三人だけで話せる場所を作らないといけなくなっちまったじゃねえか」


 トレイと食器皿の間に――A4用紙が挟み込まれていた。


「さっきは悪かったな、府神。カッとなっちまった。けどよ、物事には段取りがあるんだ。下手にお前が院生にチクりまくると、おれがやりづらくなるんだよ。それはわかってくれ」


 七々川が「あっ」と声を上げる、あいつのトレイにも同じ紙が乗っかっていたようだ。


「じゃあ、改めて訊くが」


 A4用紙には、何かの住所と、その住所の最寄り駅と、そこに行くまでの電車の乗り換えチャートが書かれていた。


「お前ら、新藤に会いたいか」


 反射的に俺たちは、「はい」と返す。


「新藤のやつな、退院前、住所が書かれたメモをこっそり渡していたんだ。あいつを刺した加害者に――これは、その再現だ」


 A4用紙の住所と地元駅と乗換駅と線路名を俺は何度も読み返す。


「頭に叩き込んどけ。紙はトレイと一緒に回収しちまうからな」

「どんな心変わりだ?」


 俺は尋ねる。


「新藤の母親から電話があった。お叱りの電話だと勘ぐったが違った。病院に運び込まれた当初、意識のない新藤の口が微かに動いたんだ。誰かと誰かの名前を言っていたらしい」


 それから一旦言葉を区切って。


「おれは新藤の母親からこう訊かれた。『アカちゃんと府神くんってどなたですか?』とな」


 咳き上げるような「ひぐっ」という声が、隣の単独室から漏れた。


「おれの権限じゃ、お前らを新藤のところに連れていくことはできない。けど、それじゃあ、寝覚めが悪いんだ。新藤は、まだ、仮退院だ。まだ、おれの()()だ」


 どうやら。


「五日後の夜に、グラウンドに来い。その日は警備の非番が多い。遠足にはうってつけだ」


 俺は、宮田秀喜という人間を少々甘くみていたようだ。


「俺たちを外に出してもいいと思うか?」

「勘違いするな。言っただろ。遠足に行くだけだ。終わったら、まっすぐ帰って来い。寄り道禁止だからな。帰るまでが遠足だ。まあ、七々川は心配していないが。問題は府神、お前だよ。お前は遠足で他校の人間と喧嘩をするタイプに決まってる。心配でならん」

「おい」

「そんなわけで、七々川」

「はい!」

「遠足の時には、府神のおもりは、お前に任せる。こいつを捕まえといてくれ」

「合点承知の助です!」


 顔は見えないが、扉の向こうの宮田は笑っているような気がした。


「バナナはおやつに含まれますか?」

「ああ。含むさ。新藤へのお見舞い用に買って行ってやれ」


 宮田は俺たちに伝えた。

 いつになく優しい声で。


***


 ――翌日。単独から出た俺は自習時間を使って、グラウンドに向かった。

 夜の空気を大きく吸ってから、準備体操を始める。


「何してるんですかー?」

「遠足の準備」

「では、明里も」


 七々川がトタトタと俺の隣に立ち、屈伸運動を開始。


「五日後。たぶん、あれ、飛び超えるけどさ」


 グラウンドの向こうにそびえ立つ高さ四メートル以上の塀を俺たちは見据える。


「お前、自信あるか?」

「ありません」


 きっぱりと言われてしまった。


「なので、助走の付け方と飛び方、後、走り方も教えてください」


 ――一緒に走りましょう。


 あの日、あの時、拒絶した七々川の言葉。

 走る理由ができた今、拒む意味はない。

「覚悟しとけ。五日間。みっちりしごいてやる」


 ――そして、二〇〇七年八月六日 午後九時七分

 ――俺たちは、少年院、一松学園を脱走した。


***


「はぁっ、はぁっ、せんぱ~い」


 激しく息切れを起こしている七々川の声が、俺を呼んだ。

 辺りには街灯もなく細長い道と右手に木の柵。

 その向こうに気動車の線路が見えるだけ。


「頑張れ。南方たちが何時気づくかわかんねーんだ。それまでにできるだけ距離を離すぞ」


 喋る自分の声も乱れている。

 そろそろ俺のスタミナも不味い。

 夏の夜空には、満天の星空。その明かりが、俺たちの道標となった。


《二〇〇七年八月六日(月) 午後九時四三分 小凪鉄道線 線路沿いの歩道》


 一松学園の地元駅である『総田谷駅』から、ロートルな気動車が運行しているこの長い一本の線路は、小凪こなぎ鉄道線というらしい。

 終電は午後八時で終わるので、当然気動車は動いていない。

 俺たちはこの線路に沿って、JRの内房線まで歩いていた。

 内房線で始発の千葉行きに乗って、千葉駅で総武快速線に乗り換え、錦糸町まで行き、半蔵門線で新藤が入院している大学病院がある青田菜あおだな駅で降り、そこから徒歩で新藤のところへ向かう――それが、今回の遠足プラン。

 学園からある程度距離を離したところで、俺たちは足を止めた。


「ぜえ。ぜえ。ううっ。パンツの中まで、汗でグッチョグチョです」


 七々川が息を整えながら、ジャージの胸元を握り、パタパタと振った。

 拍子に七々川のブラが見えちまったので、咄嗟に目を逸らす。

 夜とはいえ、今は八月。真夏に四十分近くマラソンをやったら、俺はともかく、七々川がバテるのは致し方ない。

 むしろ、よく持ったほうだろう。


「休むか?」

「ぜぇ。し、心配はご無用です。歩く分には問題ありません」


 七々川が先頭に立ってズカズカと大股で進む。


「先輩」


 少し歩くと、七々川が振り返り、俺を手招きした。

 俺が近づくと、人差し指を線路に向ける。


「ひとつ提案があるのですが……折角なので、この線路の上を歩いていきませんか?」


 線路の縁に設けられた木の柵は、俺の身長の半分も無い。中に入るのは容易だ。


「スタンド・バイ・ミーかよ」

「そう、それです。好きな映画なんです。キング万歳」

「あの映画をなぞるなら、俺たちは最後に新藤の死体を見つけることになるけどな」

「ちょっと先輩! 不謹慎なこと言わないでくださいよ! ブチ切れますよ!?」


 七々川に怒られてしまった。


「よっと」


 俺は木の柵を軽々と飛び越える。

 線路の上は茶色い小石が多くて、歩きづらい。


「あ、先輩ずるい。高身長を生かしすぎですよ」

「俺の身長は高三男子の平均だよ。ほら」


 俺は、柵の向こうの七々川に手を伸ばす。

 ぶーぶーと文句を垂れながらも、七々川は俺の手を取って柵を跨いだ。


「♪」


 数分後、何が楽しいのか、口笛を吹きながら線路の上を軽快な足取りで歩く七々川。

 無数の星粒が、俺たちの頭上に広がっている。

 七々川が、空を見上げた。

 大きな瞳を、星のように輝かせながら。


「宇宙、でっけえですなあ。何でしたっけ。夏の大三角的なやつ。この場所から見えますかね?」

「わからん。星には興味ないんだ」

「むぅ。先輩にはロマンぢからが圧倒的に不足していると思います」

「嫌いなんだよ。宇宙も地球も」

「地球嫌いな人とか、明里、初めて見ましたよ」

「ガキの頃は、毎日のように『地球割れちまえ』って思ってたしな」

「せ、先輩。何か、闇が深いですね……」

「お前が言うな」


 七々川が「うーん」と思案げに唸り、次いで顔を俺に向け、溌剌とした声である提案をした。


「あの……唐突ですが、先輩の昔話を訊いてみてもいいですか? 少年院に入るまでに先輩がどんな人生を生きてきたか、明里、ずっと気になっていたんです」

「話してどうする?」

「暇つぶしになります」


 あまりにもぶっちゃけた答えに、俺は苦笑する。

 特に断る理由もなかった。すでに不正会話もクソもない。

 七々川の真似をして空を見上げた。

 流れ星がひとつ落ちた。

 願い事は特に無かった。


「親父は、人殺しだった」


 俺は語る。自分のことを。


「俺が幼稚園に上がる頃、名も知らない誰かを殺したんだ。んで、刑務所暮らし。母さんと俺はそのことで、善良な一般市民様どもから随分と嫌がらせを受けたよ」


 家の玄関前には、しょっちゅう、針金やビニール紐が置かれたり巻かれたりしていた。


「針金ですか?」

「これで自殺しろって意味だ。お前らは加害者の家族なんだから被害者に償って死ねっていう、無言の圧力。ま、その努力は無駄じゃなかったけどな。結局、母さんは自殺したし」


 最後のひと押しは、息子の手によって。


「ようするにさ、俺は昔から他の人間と違って、色眼鏡で見られてたんだよ。枕詞には常に〈犯罪者の子ども〉がついていたんだ。けどよ、おっかしいよな。俺は人なんか殺してない。俺と親父は別の個体なんだぜ。一緒にされても、困るんだよ」


 いけない。

 言葉が呪いに変わってきている。

 嫌な感情の波が俺を襲ってくる。


「中学から陸上を始めてみたんだ。たぶん、親父の幻影を消したいって意味もあったんだと思う。〈犯罪者の子ども〉から〈天才アスリート〉に鞍替えを狙ってみたわけだ。でもよ。なかなかうまくいかなくて、挫折して、自暴自棄になって、誰かを殺しかけて、結局親父と同じ生き物に成り下がっちまった……はは」


 自虐的な笑いが、溢れた。


「府神先輩」


 名を呼ばれたので、顔を上げて七々川を見る。


「明里――実は、先輩のこと、嫌いです」


 真剣な顔だった。

 嘘も茶化しも誤魔化しもない。

 七々川の本音中の本音。


「知ってるよ」


 清々しいと思った。


「だけど、それは先輩が人殺しの親を持っているからじゃありません。明里は先輩が先輩だから、嫌いなんです。先輩という人間が、先輩個人が大嫌いなんです」

「〈大〉までいくと、さすがに傷つくな」

「えへへ、すみません」


 舌を出して、いたずらっぽい笑みを向けてくる。


「安心しろ。俺もお前のことが嫌いだよ。このメンヘラが」

「うわ! ちょっと! 明里、メンヘラじゃないですってばっ。失礼ですねほんと」


 たぶん。今この時になって初めて。

 俺は、七々川明里という人間と打ち解けることができたような、そんな気がした。


「それじゃあ」


 七々川が右手を差し出してくる。


「嫌いな者同士、手でも繋ぎましょうか」


 差し出された、その手を、俺は握りしめる。

 ふたり、星空の下、手を繋ぎながら線路の上。

 嫌いだけど、仲良く歩く。


 そんな、スタンド・バイ・ミー。

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