私の婚約者
婚約者がさらわれた。
この国の王女のエルゼベーチェ様だ。王の指揮のもと、王女の捜索が開始された。
もちろん、王に命令されなくても最愛の可愛い可愛い婚約者を探し出す。犯人たちが後悔する間もなく殲滅してやる。
ダン!と、ものすごい勢いで扉が開いた。
そこには愛しい婚約者で素敵な「騎士様」のアーサーがいた。思わずうれしくなって駆け寄ろうとして、自分は王女であることを思い出す。
「助けに来てくれたのですね、アーサー。ありがとう。状況はどうなのですか?けが人は?」
「ご無事で何よりです。エルゼベーチェ様。こちらは大丈夫です。一切問題ありません。」
イケメンで爽やかで、それでいて強くて素敵なアーサーは私の前まで来ると、ひざまついて私の手をそっと取り指先にキスを落とした。思わずアーサ-をうっとりと見つめていると、凛々しい目元がふっと緩んだ。
「心配しましたよ、エル。おいたはしていませんか?」
ぐっと手を引かれて正面から抱きしめられた。アーサーの体から汗のにおいがして、急いできてくれたのがわかって、胸がギュッと締め付けられた。顔が見えないのをいいことに泣きそうになる顔を隠した。
「・・・おいたは・・・してない。心配かけてごめんなさい。」
「私はあなたさえいればいいのです。お願いですから、私から離れないでください。」
頭上から降ってくる優しく甘い声に顔を上げると、柔らかい笑みを浮かべたアーサーがいた。
私を迅速に救出してくれたアーサーは、褒美に爵位をもらった。元々伯爵家の三男だったので一代限りだが、公爵家になったのだ。王女の私が降嫁するのにも支障がなくなり、私に息子をあてがおうと画策していた貴族たちには社交界からはご退場いただいた。残っているのは忠臣だけになった・・・はず。私のアーサーを侮辱する奴らはほんのりと「この婚約に不満だ」という空気を出しただけで、我先にと私の仕掛けた罠に掛かってくれた。それはもう、笑いが止まらぬほどに。
私がアーサーと離れるわけがないのに、何をしてくれちゃっているのだ。腹の中にどろどろの怒りを溜めながらにこやかに誘導してやった。これでもう私とアーサーの邪魔をする奴はいない。いたとしても、私が潰してやる。持てる限りの力で。アーサーに手を出したことをあの世で後悔するがいい。
「王女様、公爵様がお見えです。」
「いいわ。通して。」
そして私は何よりも大切なアーサーを守るのだ。
「お変わりありませんか?王女様。」
「大丈夫よ。ありがとう、アーサー。」
「何か欲しいものはありませんか?すぐに用意させますよ。」
部屋に入った私はエルの正面にひざまずいて騎士の礼をとる。そんな私をうっとりとした顔で見つめているエルの顔がとても可愛い。可愛くて思わず笑ってしまう。エルは「騎士様」が大好きなのだ。
初めてエルを見たのは私が10歳、エルが8歳の時だ。宰相をしている父に連れられて職場見学をした時、執務室の窓から可愛らしい声が聞こえてきた。覗いてみると王妃の友人である母と、双子の姉が招待されていたお茶会が見えた。そこにエルがいたのだ。衝撃だった。この世の神に感謝した。一目見てわかった。
アレハワタシノモノダ
伯爵家の三男に生れた私は家を継ぐことはできない。文官になろうかと漠然と思っていたが、姉が言ったのだ。
「王女様は「騎士様」が大好きなのよ。」
と。
その日から「騎士様」になるべく剣技を磨き、マナーを身に着け、社交を学び、ありとあらゆる努力をした。そしてとうとう近衛騎士に選ばれ、エルの目に触れるところまで来たのだ。
「はじめまして、エルゼベーチェ様。アースリンク=ランスロットと申します。」
「・・・はじめまして。アースリンク。兄からお話を聞いています。騎士の中の騎士だそうね。よろしく。」
小さい声で囁かれた「騎士様だ・・・。」の声に心がぶわっと沸きだった。ここまでの努力が報われたと思った。ここから次の段階だ。にこやかに、かつ速やかに邪魔者を排除する。私に色目を使ってくる女たちにはつれなくして、代わりに騎士団の同僚を紹介した。王族の外戚を狙うゴミどもはきれいに掃除をしてやった。学友で親友の王太子の力添えもあり、やっと王女の婚約者の地位を手にいれた。
そして計画の最終段階だ。私を排除して、私のエルを奪おうとする奴らを一掃する。利害の一致した王太子に協力をしてもらい、後顧の憂いなく消えてもらう。跡形もなく、だ。
「ああ~~~~~~。こわっ。その顔で笑わないでよ。何か出てるから、黒いものが!」
「王太子様こそ、その笑みは邪悪ですよ。」
「魔王なお前に言われたくないよ!ほんとにエルがかわいそうになってきたよ。」
「私のエルを奪うなら、王太子といえども容赦はしませんが?」
「するわけないだろ!その口調とともにいろいろ怖いよ!一応王位継承者だからね!俺!」
ぶつぶつ魔王だの悪魔だの言っている王太子を流しつつエルの救出に向かう。
扉を開けはなすとそこには半日ぶりのエルがいた。街の病院に視察に出かけようとしたまま行方不明になったのだ。偶然にも『財務大臣に呼び出され、性根の悪い濁った空気をまとう娘と任務という名のお見合いをさせられている時』に、だ。丁重に心からお詫びをして、お断りをさせていただいたのだが、そのまま警吏官たちに捕縛されて拘留されたらしいので、せいぜい隣人たちと仲良くするといいと思う。
ふにゃっとした笑みを浮かべてこちらに駆け寄ろうとして、ぴたっと動きが止まる。そこから王女の気配をまとったエルが言った。
「助けに来てくれたのですね、アーサー。ありがとう。状況はどうなのですか?けが人は?」
「ご無事で何よりです。エルゼベーチェ様。こちらは大丈夫です。一切問題ありません。」
問題なんてあるわけがない。せっかくエルが私のために描いてくれた計画なのだ。そこに私と王太子が便乗していろいろしたのはエルには教えない。知らなくていいことだからだ。
エルは私のことを守ってくれるらしい。では、私はエルを守ろう。幾重にも幾重にも囲いを作って、持てうる力を使って守り抜く。一片たりとも気づかれぬように真綿でくるむ。
「心配しましたよ、エル。おいたはしていませんか?」
手を引いてエルを抱きしめた。空気が澄んでいく気がした。
「・・・おいたは・・・してない。心配かけてごめんなさい。」
「私はあなたさえいればいいのです。お願いですから、私から離れないでください。」
私はあなたのために存在しているのです。顔を上げたエルは泣きそうな顔をしていた。私に対して罪悪感を感じているらしい。そんなものは感じなくていいですよ。そう思って心からの笑みを浮かべた。
そして私は何よりも大切なエルを守るのだ。
初めまして。ねいとと申します。初投稿となります。感想やご意見お待ちしております。
読みやすいように少し改行しました。
アーサーについての呼び方を直しました。
ランスロット様 → 公爵様