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02. 出立

 

 三日の(のち)、果たして使者は宣言通り、再び澄佳の住む館を訪れた。


 「お迎えに上がりました、神語――澄佳さま」

 「どうぞ、中へお入り下さい」

 応える声は、老いた女の声だった。微かな音と共に内側から開かれた扉の向こうには、澄佳の祖母。もう一人の神語が佇んでいた。優美な礼と共に客間へ退く老女の背を追い、都からの使者は歩を進めた。やがて柔らかな長椅子に腰を下ろした使者は、用意された茶に口をつけながらそっと老女を見遣った。不躾な視線にも動じない凛とした姿勢は、老いた姿にあっても確かな美しさを顕在させていた。

 澄佳はあずかり知らぬことであったが、かつて皇の側近くで仕えていた女性。使者が皇から託された書状には、彼女の名が挙がっていた。きっと来てはくれないだろうと笑った皇の姿を、使者は思い起こしていた。結果としてそれは現実になったが、この老女が即座に登城を承諾したという事実は、皇に伝えたいと使者は思う。

 澄佳が客間に居ないことを見てとった使者は茶器を机に置き、閉ざしていた口を開いた。

 「瑞夜(みずのや)さま、貴女は、もう」

 宮殿には。続く声は、強い微笑みによって遮られた。

 「……わたくしは、神語ですわ。けれど、ねえ、あなた」

 「は……」

 澄佳の祖母は、幸せだと胸を張って生きてきたのだと分かるような、そんな豊かな表情で、断言するように囁いた。


 「わたくしの孫は、きっとよくお仕え申し上げるとは、思いませんか。だって、わたくしのたった一人、大切な神語(まごむすめ)ですもの」


 さあ、いらっしゃい。穏やかな声が奥の間へ声をかけると、盛装を纏った澄佳が現れた。盛装であると同時に神語の正装でもあるその華やかな衣服は、澄佳の祖母が、そのまた祖母から譲り受けたという大切なものだ。澄佳が幼い頃から憧れていた滑らかな手触りのそれは、普段着のごわついた布地とは比べ物にならない程に着心地が良いはずであったが、澄佳にはまだ違和感の方が勝った。だが、皇の元へ仕える神語になるとはこういうことだ。

 澄佳は、都へ行く。それは、誰に求められるでもなく澄佳が自ら言い出したことだった。


 「お待たせ、しましたっ」

 ……緊張くらいは、仕方のないことだと言うべきだろう。澄佳は僅かに頬を染めると、真っ直ぐに腰を折って礼を取った。たどたどしい口調とは裏腹にぴんと美しい直線を描く澄佳の礼を目にした使者は、その祖母に向かって薄く微笑むと軽く頷き、よく通る声で旅のはじまりを宣言した。

 「――それでは、皆。出発致します」


 目指すは皇の(いま)す都の、その北頂に構える宮殿。初めての旅、初めての都。そして、初めての登城。澄佳(かんかたり)を待つという皇の真意を知らぬ年若い少女は、これ以後、二度と草原の地を踏むことなく、その生涯を閉じることとなる。

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