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両想い

作者: 紫雨蒼

先輩に会ったのは、高校入学して三か月たった、夏休み直前の、とある日曜日だった。場所は部室。日曜日なのになんで学校にいたかって、理由はそれぞれにあった。

ただ、部室のドアの窓から見たその姿は今でも鮮明に覚えている。

夕日が差し込む部屋に、メガネをかけて、椅子に足を組んで座り、本を読んでいる。

冷房のきかない部屋に風が吹き込み、長く美しい黒髪がゆれ、はためく。

…そして。そのメガネの奥にある目には。……涙。


× × ×


「…あ」

受験おわったんだ。先輩のツイートには、無事に大学に合格しました!との報告が書いてあった。

どこになったか聞いてもいいのかな、やっぱりデリケートな話題だろうか。

そんな風に思って声をかけることにすら迷っていたら。

『受験終わったよ!今度どっか遊びに行きたいね!』

…先輩からリプがきた。

『お疲れさまです。いいですよ。いつあいてますか?』

『うーん、明日とか!?w急かw』

明日!?カレンダーをみる。…あいてる。

『良いですよ』


× × ×


先輩に好意をもったと確信したのは、その日曜日からさらに三か月たった、文化祭の日だった。場所は部室。部活で文化祭の打ち上げをしている時だった。

俺はなんとなく来てみたが、大人数が苦手な俺には到底無理なわけで。お菓子をつまみ、誰に声をかけられるわけでもなく、端っこのほうで本を読んだ。それはまあ俗にいうラノベってやつで、中身はとても見せられるものではない。でもこの作者は現役女子高生なのだ。一度サイン会に行ったことがあるのだが、ハーフアップに結んだ黒髪の綺麗な大人な女性だった。

「シノハラ君、その本好きなの?」

急に声をかけられ、びくっと肩が震える。本から目を離せば真横にあの先輩がいた。

「…あ、はい、まあ」

名前も知らない謎の先輩。別に話すのが初めてではない。でも名を聞こうと思わなかったし、タイミングもすっかり失ってしまった手前、もう今更聞けない。そして話し始めてわかったのは、意外と先輩は元気ではきはきしゃべるってこと。見た目は清楚で静かそうなんだけど。

「へぇ、嬉しいな。○○ちゃんがマジ天使だと思う!!」

…ま、まさかあの日読んで涙流してた本ってラノベ!?絵の崩れ感はんぱない!?

でも、なんか、嬉しかった。先輩はふわりと笑いながら、ぼっちの俺とずっとおしゃべりしてくれた。

「シノハラ君のせいでいつもツイッター荒れてるよ~」

「あ、すみません」

「ううん、いいの。いつもなんだかんだ楽しんで見させてもらってるから!」

いつも、疎ましがられてるのに?そのせいでリア友はみんな離れて行ったのに?でも先輩が嘘をついてるようにはみえなくて。なんだかその笑顔が妙にまぶしかった。

「ありがとうございます」

そんな当たり障りない一言をぼそっと呟くことしか俺にはできなかった。

でも、確信した。…俺は、先輩が好きなんだと。


× × ×


たぶん、あれなんだよな。絶対あれなんだよな。先輩。でももし、もし、違ったら。

めっちゃスマホいじってる、でも俺のところにラインは来ない。送ってみるか…

『先輩、今どこですか』

すぐに既読が付くあたり、ますますあのスマホいじってるのが先輩だと思う。

『私ね、シノハラ君らしき人見つけたよ!でも自信ない!』

同じじゃんか。

『ストライプのスカート、ピンクのマフラー、灰色のコート、カチューシャ。違いますか』

『十分すぎるくらいにあってるね!』

やっぱりあってた。人をかきわけ、先輩のもとへ。

「先輩」

「あ、シノハラ君!ごめんね、お互いコミュ障で話しかけられないんだよね!」

「あ、…はい、そうですね」

どこ行くのか何も決まってはいないけど、先輩になんとなくついていったら、絶対俺がこないようなカフェだった。女性と出かけるということはこういうことなのか…!

「○○○フラペチーノ一つ」

え?え?今何フラペチーノっつった?もう全然知らないワードに戸惑う。

「次のかたどうぞ」

「え、あ、…先輩、あの、おすすめとかありますか?」

「おすすめ?じゃあ私と一緒のにすればいいよ」

「え」

先輩と、一緒…それだけでなんか顔がほてっていくのを感じた。ちょ、ちょっと待って…

「じゃあ私のと一緒ので!」

「はい、○○○フラペチーノですね」

謎のフラペチーノとやらを飲むことになるのだった。

席につき、それをのむと意外においしかった。けれどこれに500円もする意味がよくわからなかった。

「いやー、ほんとにシノハラ君かわいいな~」

「へ?」

「そういうところも」

どういうところだよ!?っと突っ込みたいけど俺にはできない。

「は、はぁ…」

「わかんないか」

「わかりません」

かわいいだなんて言われたって、わかるわけない。

「俺、ただのコミュ障ですし。部活にも、一年たっても全く溶け込めてません」

「溶け込む必要なんてないさ」

正直、先輩が引退してから本当に話してくれる人がいなくなって、もう行かなくなってしまった。

「私だって別に完全に溶け込めたわけじゃないよ」

「なにいってるんですか。いつもいろんな人と話してるじゃないですか」

「ふふ、そう見えてたなら、成功、かなあ」

「…?」

「こっちの話だよ」

とガラス張りの壁のほうを向いて外を眺める先輩の顔はなんだか一度見た気がした。朝早く集合にしたせいか朝日が先輩の顔を照らす。暖房の風が先輩の髪の毛をゆらす。…あれ、メガネ、かけてない。今気づいた。なんだか、大人びて見えた。

「先輩、メガネ、やめたんですか」

「うん。コンタクト。どう…かな」

「いいと思いますよ」

「そ、そうかな」

…。聞いてもいいのかな。あの日、初めて見た日。なんで泣いてたのか。でも、嫌われたらどうしよう。空気悪くなったらどうしよう…。でも何を話そう。

「先輩、そういや、大学は…」

「あ、うん、○○大学、受かったよ!よかったよ~浪人しなくて!」

「うわあ、おめでとうございます」

「ありがと~」

一応こっちは聞けた。でも。一番聞きたいことが聞けない。ずっと気になってたこと。

昨日も今度こそ聞こうって思ってた。

「…ッ、…、せ、先輩」

「んー?」

あぁ。そんな目でみないでください、もしかしたら今から不快にさせるこというかもしれないのに。

「そ、その、先輩は、本読んで泣いたことがありますか」

おそるおそる先輩の顔を覗くと少し困惑した様子だった。

「うん?あるよ。感動する本ってあるよね、やっぱり」

「ど、どんな本ですか」

「…え?」

困惑は…この表情はなんていう表情なんだろう。うつむき、身体が震えて、長い髪の毛が先輩の顔を隠す。

「あ、えっと、す、すみま」

「君の、書いた本」


…僕の、書いた、本?


× × ×


「マジか!」

俺は高校入学する直前、とある文芸の新人賞に応募した。そしたら銀賞をもらって、デビューしたのだった。それは銀賞ということもあり、それなりに売れたが、まあ評判はイマイチで。二作目は全く売れなかった。なんとなく高校に入って文芸部に入ってはみたものの、新人賞とって売れもしない作品を書いた俺なんか浮いてしまうのも当然で。

入って三か月たったあの日曜日、俺が部室に戻ったのは単純に大切な本を置いて行ってしまったからだ。

それは俺のデビュー作で、まだ売る前にできた本を一部、自分用にもらった、世界にたった一つの本だ。

それで走って部室に行けば先輩が本を読んでいたのだ。なんの本かはこちらからは見えなかった。

何よりも、先輩に、釘づけだった。


× × ×


その本は、もしかして、俺の本だった…?

「えっと、あの」

「シノハラ君の本、ほんとに、感動した…本で泣いたの、あれが初めてなんだ…すごく、好き」

好き。それは本に向けて言われた言葉なのに、なんか自分に言われた気がして一瞬浮き足たつ。でも違う。先輩がみてるのは俺じゃなくて、俺の書いた本だ。

「ありがとうございます」

「君が部に溶け込む必要がないのはね、君はもう別次元の人間だからだよ」

なんだか、急に突き放された気がした。

「そ、そんなことは」

「あるよ。みんなはわかってないんだよ、シノハラ君の書いた本のすごさを。でもね、みんなわかってるの、自分たちの手の届かないところにいるって。だから君が溶け込めないのも仕方ないし、溶け込む必要だってない」

先輩の声がいつもよりずっと冷たく感じた。でもそんなこと言えない。

俺には、何も言えない。

「私がなんで溶け込めてないって言ったか、わかる?」

「わかりません。先輩はちゃんと溶け込めています」

「…私は溶け込んでるフリをしていただけだから。シノハラ君も本当は気づいてるんじゃないかな?私が誰なのか」

「わかりません」

「わかるはずだよ」

「…」

そんなこと言われても。先輩は何者か?先輩は先輩だ。俺がずっと片思いし続けてる遠い遠い先輩だ。

「私は君のこと、デビュー前から知ってるよ」

「…へ?」

「君に会ったことだってあるよ」

「どこ、で」

「…君のことを銀賞に推したのは、君の文章が大好きだったからだ。でもそれで君の人生が孤独になってしまったのなら、本当に、申し訳ない…そう思ってる」

「なに、言って…」

「これでも気づかないかな」

すると先輩は髪の毛を結び始めた。ハーフアップに結んだ黒髪の美しい大人な女性。

「あ…ッ」

…あぁ、どうして今まで気づかなかったんだ。

もう、それは、あの、憧れの、…あのラノベを書いた。

「…どうして気づかなかったのよ。私なんて君が文芸部に入ってきたときすぐ気付いたのに」

「え、だ、だって」

自分でもわからない。でも。

「先輩だってなんですぐ言ってくれなかったんですか」

「言いたくないよ、嫌われてると思ったし。でも、私の本、好きなんだっていうの知った時は嬉しかった…」

「俺たちは…」


ずっと前から“両想い”だった。


先輩は高2のときに。俺は中学生でラノベに出会った時から。ずっと。

そう気づいたらなんだか涙がでてきた。

「はは…は」

「はは」

先輩も…泣いてた。初めてみた、先輩のように、美しかった。

けれど両想いでも。

それは結局対象が「本」であって。

僕の恋はやっぱり片思いなんだ。両想いがわかったって、先輩が遠い存在であるのには変わらなかった。

「…す、」

「ん?」

ばか!何やってるんだ俺。絶対、絶対口に出しちゃいけないことなのに!

でものどから、その言葉がのぼってくる。口から吐いてくる。

「あの、」

「なあに?」

違う、違う、違うから!なにもないから!そんな俺を突き刺すような目でみないで…!

「お、俺、先輩のこと、」

「…シノハラ君」

「好き」

「…」

「です」

「…」

「はい」

「…」

ああ。終わったな、俺の青春。

「…そっか。私もね、シノハラ君の本は本当に好きだよ。ありがとう」

「…。俺もですよ」

先輩は遠い存在なんだ。


そうして、先輩は大学へ進んで、自然と話さなくなった。

俺はずっと、先輩の本を読み続けている。

年下男子サイコー!ってことで書いてみた

こういう、積極的になれない後輩みたいな、先輩遠いぜみたいな、なんかかわいい、みたいな。

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