序章~第2章 終わりのはじまり
my darling and my love
AND
ladys and gentlemen!
この物語は、私の奇児であり、愛児でもある。
――さて、それでは皆々様方、この奇書・珍書・秘書、【フラグタル】の物語をお楽しみくださいませ。
☆はじまりはじまり・・・・・・
《序章》
(一体、ここは――――どこなんだろうか?
ここは時間も無ければ空間すらも無いような感じがする…………。
……しかしここは何故だか前にも来た事があるような気がする。)
『彼』は、前を見た。
ここのだだっ広い世界は、一体どこが前なんだかわからないが、とにかく『彼』は、前を向いた。
すると『ソレ』は、いた…………。
『ソレ』は、視る事も出来なければ、『ソレ』は、触る事も出来ないし、『ソレ』は、匂いすらも無い。
だがしかし確かに『ソレ』は、いた。
『ソレ』は、音も無いのだが『彼』、に語りかけてきた…………。
「わたしを――
――わたしを殺してくれ。」
『彼』、の使命は、『ソレ』、を殺す事。
『彼』は、この時のために、とてもとても長い永い旅をしてきた。
(――――いよいよ遂に、旅の終わりに辿り着いたのだ。)
…………しかし『ソレ』、の前には、『アイツ』、が立ちはだかっていた。
(『アイツ』、とはここでケリをつけなければいけない。)
『アイツ』は、『彼』が呼び、『ソレ』、がつくり出した、ただひたすらに破壊しか知らない存在だからだ。
――――すると刹那――――『アイツ』は、『彼』の心臓をえぐりとった。
『彼』の眼前にはまだ脈うっている『彼』の心臓が見えた。
「……ここまでやっと来たのに…………また、『アイツ』にやられるのか…………。」
(――――意識が遠のいてゆ、く……………………。)
《第壹章》
【人歴4350年】
――――衆生世間――――有情世間――――――世はまるで麻縄が解れるがごとく乱れに乱れていて、志と野望のある者は国を興し台頭し、国と国との戦争が、人と人との争いが絶えずに、世はまさに乱世、群雄割拠、哀鴻遍野の暗黒時代の世界で、そして地にも海にも空にも怪物、悪鬼羅刹どもが蠢き、犇めいており、魑魅魍魎、百鬼夜行、跳梁跋扈、横行跋扈をして、人々は度重なる争いと怪物の存在に苦しめられ疲弊していた。
だがしかし人類は神の恩恵に預かり、文明と魔法の力を与えられていたのであった。
――7月23日――
茹だるように暑い夏であった。
灼熱の太陽の日差しを浴びながら彼は、ふと立ち止まり、じっとりと流れる汗を拭いた。
そこには一人の青年がいた。
彼の名は『真』という。
年の頃合いは、20代前半といった所か。
容姿容貌、体躯は以下の通りである。
身長は175cm前後。
中肉中背。
肌の色は白みがかった黄色。
瞳の色は黒みがかった茶色。
髪の毛は漆黒の黒色で肩まで伸びている。
顔立ちは、やや面長で眼は二重瞼、鷹の眼のように眼光鋭く、眉は龍眉で、鼻はすらりと伸びていて、口唇は血色が良く、とても凛々しくて精悍な面持ちであった。
この青年、真の性格は正義感に溢れていて義理堅く、至って真面目でとても繊細な感受性の持ち主なのだが、しかしその一方で利己的でもあり、感情の起伏が激しくて時にはハメを外し、やんちゃに一通りの悪さもしてきた――――という矛盾に満ち、尚かつ様々な葛藤に満ちた性格なのである。
以上がこの、真という名の青年の人品骨柄である。
――――真は、とある戦場にいた。
真は肌に射す陽の光をいとうて、それを避けるように大きな樹の木陰の下に項垂れながらその樹に寄りかかっていた。
真はこの戦に一兵卒として召集され参加をしていた。
この戦いは、真が所属をしている『倭国』と、その隣国の『朝国』との戦である。
両陣営はまだ陣容を整えている最中であった。
真は木陰で槍の手入れをしながら暇をもてあましている様子で、周辺の景色を見渡してみた。
ここは小高い丘の上で木々は疎らにあり、丘の下はなだらかな盆地となっている。
盆地には穏やかな河が流れていた。
敵の朝国軍の陣はその盆地の河の畔に見える。
両陣営の兵力差は五分五分といった所であろうか。
真は思った。
(明らかにこちらの方が地形的に有利。) だと。
…………しかし真は、これまでに幾度となく戦場に立ちなんとか生き延びて来たけれども、また人を殺める事になるのにはとても憂鬱な気分になっていた。
あの、『人を殺す』という行い、感触が、思い返す度にとても気持ちが悪くなってくるのであった。
(――この手で人を殺め、その死にゆく者の断末魔と表情が脳裏に焼き付いて離れない…………。)
……いや、それよりも寧ろ、自分がいつ殺されてしまうかなどと思うと青色吐息、意気銷沈してしまい、この場から逃げ出したい気分だった。
真は、じりじりと照りつける太陽すらをも嫌気を感じて疎ましく思いながら、ぽたぽたと肌を伝わる汗をまた拭いた。
――――そうこうしているうちに2時間程が過ぎた所で、先鋒が出陣をする太鼓の合図がけたたましく聴こえてきた。
真は、ずしりと重たい気持ちをかかえながら槍を携えて歩き出した。
するとそこへ真の後ろから声をかけてくる者がいた。
「お~い! 真っ!! ここにいたか!! 」
その甲高い声の持ち主は、真の戦友でもあり大親友である、『政』であった。
その政もまた、真と同年代の青年であり同郷の幼馴染みで、義兄弟の契りを交わしている程の已己巳己の意気投合をしている知己で、断金の交わり、水魚の交わり、管鮑の交わり、琴瑟相和、刎剄の友、竹馬の友であった。
政は真よりも背が高くて185cmくらいか。
無精髭を少しだけ生やしていて、身体つきは筋骨隆々とまではいかないものの、とてもがっしりとした体格である。
性格は一意直到、ぶっきらぼうで底抜けて明るくいつも前向きながらも愚痴っぽくてよく一人で呟く。
そして政はいつものように呟いていた。
「ったく、何を焦っているんだか……。
こんなに太陽が高い時に汗がだくだくのぐだぐだだぜ。
なにもこっちからわざわざ動く事もねぇっつうのに…………なにを考えてんだかお偉いさん達はよ〜。あっちからやって来るのを待ってりゃいいのになんで俺達がわざわざあっちに行くんだよ〜。も〜。
ざわざわし過ぎなんだよ〜。あ~っ! ダリい! 」
政も槍を片方の肩に担ぎながら真にもごもっともな事を、なんの忌憚もなく吐き出していた。
真も政もそして他の兵卒達もギラギラと攻撃的にまでに照りつける直射日光を浴びながらとぼとぼと丘を降りていった。
ここは朝国の領土内である。
倭国軍は朝国領に進攻をしているのであった。
倭国の状勢はかなり逼迫をしていた。
倭国は、強大な勢力、版図を誇る巨大帝国、『神聖ガリアニア帝国』の圧力、圧迫を受けて神聖ガリアニア帝国に従属、というより隷属国となっていた。
倭国は神聖ガリアニア帝国により、とても重い税を課されていて聖帝稜墓など、帝国による移山倒海の巨大建造物を建設するための人的労働奴隷をも徴用されていて、物税、人頭税ともに苛酷な使役をされていたのである。
神聖ガリアニア帝国は、聖帝を栄位勢利の頂点とし、幾つものの属国、属州を持ち、王や総督を置き封じて、遠御長駕、世界を席巻し、圧政、暴政の限りを尽くして、正統ガリアニア人以外の人民人種は奴隷、もしくは下流階層の扱いを受けており、確たる階級、厳しい身分制度を敷いて人民を管理統制し、まさに横行覇道、苛政虎の如しであった。
そして今回の戦も神聖ガリアニア帝国の命に従って倭国軍は、朝国へと進攻をしているのである。
――――真と政らが所属をしている倭国軍、先鋒部隊の小隊200名は丘を降りて平原を進軍していると朝国軍側も先鋒の部隊を繰り出して向かえ討って来た。
倭国軍の先鋒部隊200名のほとんどは歩兵なのであるが、朝国軍の先鋒は騎馬兵部隊を繰り出してきて、その数はおよそ100名程度で猪突猛進の勢いに任せて突撃を仕掛けて来た。
真と政よりも更に前方にいる倭国軍の急先鋒、第一番隊の兵卒達、長槍兵隊は、軽く7m~8m位の長さはあろうかと思う長槍を、ぐっと、握り締めて急先鋒隊長の合図とともに一斉に膝を折り腰を落として低い体勢になり、長槍のつっ先を前方に突き出し構えて朝国軍の騎馬兵部隊の突撃に備えた。
疾風迅雷、電光石火のごとく疾駆して来た朝国軍の騎馬兵部隊だったがそのほとんどが、倭国軍の急先鋒隊の長槍の餌食、串刺しになって無惨にもバタバタと倒れ崩れていった。
馬の嘶く声、兵士達の怒号、鎧がすれる音、槍や剣で突き切り結ぶ音――――あらゆる雑音が飛び交っている。
真と政らが所属をしている先鋒、第二番隊の隊長の合図が出た。
真は急先鋒、第一番隊の長槍兵隊の中に入り混じり、落馬をして狼狽えている朝国軍の兵士を槍で突き刺し止めをさしていた。
無我夢中に容赦無く――
もう既にその時の真には倭国軍の本陣の丘の木立にあったあの重苦しい曇天のような心は無かった。
まわりの荒々しい雰囲気、優位的な状況、立場でいて、興奮物資が大放出してゆく高揚感、医鬱排悶、そして生存本能が、人を殺めるという行為が非日常的な事にも関わらずにその罪悪感を消し飛ばしていた。
命が無いと覚って命乞いをし、哀れにも懇願する敵兵士をも躊躇無く突き殺していった。
朝国軍の先鋒の騎馬兵部隊のそのほとんどは討ち取られて、ごく僅かに生き残った騎馬兵士は壊走をしてゆき呆気なく鎧袖一触のうちに潰滅した。
真達、先鋒、第二番隊は元の配置に戻り陣形を立て直すと政が真に近寄り言った。
「おい!! 真っ!! 楽勝だったな!!! 」
「だな。」
「真は何人討ち取った? ――俺は6人だぜっ!! 」
「3人。」
「だけども大将首級の手柄は他のヤツにとられちゃったよ。
俺達も武功をあげて早く出世したいぜ。なあ! 真!! 」
「だな。俺らの目標はとにかく出世しまくってガリアニアの市民権を得て、いつかは総督はおろか王になってデッカイ事を成し遂げて衣錦の栄、衣錦還郷したいよな!! 」
……ほどなくすると後方より倭国軍の第二番小部隊の300名が合流をして倭国軍の先鋒部隊は500名へと膨れ上がりそして尚も進軍を続けた。
更に平原地帯を進むと朝国軍の部隊、その数およそ700~800といった所の歩兵部隊が待ち構えていた。
数には幾らか劣るものの、依然として倭国軍側の先鋒部隊の士気は意気揚々と頗る高かった。
真もまた、新たなる敵を目前にして、ごくりと固唾を飲んで自らを鼓舞するかのように、拳で自分の胸をトントンと叩いた。
倭国軍の先鋒部隊は朝国軍の部隊の約500m程の手前の所で進軍を停止した。
――――朝国軍側は動く気配が無い。
倭国軍側も進軍を停止したまま両軍ともに暫く一触即発のうちに静観をしながら対峙していた。
「あ~っ! 今になってすっごい緊張してきた。」
と政が呟いた。
――――すると先に動いたのは倭国軍の方であった。
倭国軍の長弓兵部隊は長弓を斜めに構え、朝国軍がいる方面の空に向けて弓の弦をギリギリッ、と、めいっぱいに引き、そして一斉に矢を放った。
すると、朝国軍の方から、どよめきが聴こえてきた。
倭国軍の長弓兵部隊は、間髪を入れずに空かさず、第二波、第三波と、長弓で矢を一斉に連続射撃をした。
矢の雨霰の攻撃で更に、朝国軍側の、どよめきが、ざわめきへと変貌をしてゆき陣形は乱れて、それらから察するに、朝国軍にかなりの損害と、心的打撃をも与えた様子だった。
それを見てとって、色めき立った倭国軍の先鋒部隊総隊長は命を下して、倭国軍の先鋒部隊は一斉に突撃をした。
――「全軍! 突撃!!! 朝国軍に攻撃を畳み掛けるのは今ぞっ!! 手柄が欲しい者は思う存分進めいっ!!!! 」
と、倭国軍の先鋒部隊総隊長は檄を飛ばして、先鋒部隊総隊長、自らも騎馬に跨がって進撃をした。
疾風怒濤のごとく。
その疾きこと風の如く。
侵掠すること火の如し。
であった。
真も他の者に出遅れまいと、獲物を狙う猿のごとく、鵜の目鷹の目、我先にへと駆け足、跳び足で、完全に浮き足立って意気沮喪している朝国軍の中に突入をして行った。
真は、一心不乱に狂乱状態で血眼になり、ひたすら敵に槍で突きを喰らわしていた。
すると、いかにも一方の位のありそうな、豪奢な鎧兜を身に付けている騎馬武者を視界に入れた。
真は、御馳走を目の前にした狂狗のごとく、まっしぐらにその騎馬武者にへと、勇み足で跳び付いて行った。
だがしかし、その騎馬武者の身辺を警護している取り巻きの護衛兵の連中らに取り囲まれてしまい、真はこの戦では、はじめて命の危険を感じて背中に、ゾクッと、悪寒が走った。
真は少なくとも、10人程の朝国兵達に囲まれてしまい、身動きがとれなくなってしまった。
――――すると、ほど無くして親友の政が、敵の囲みの一角を破って来て、真と合流をした。
「おいっ! 真っ!! 来たぜ!!!
真!! 大丈夫かっ⁉ 」
「――おうっ! 俺は大丈夫だ!!
政っ!! ありがとう!!
……俺は−−−−頑張り過ぎない程度に頑張っているだけさ。
なんか変な言い種だけど。」
――――「うむ。しかし…………あの敵のお偉いさんの出で立ちは、数寄者だねぇ! 真!! 」
「――だな。確かにあいつ――――傾いているよな。」
朝国軍の将軍と、その護衛の剣士達に囲まれた真と政らは、槍を隙無く構えて牽制をしていた。
しかし、朝国軍の剣士達は、真と政に段々、じりじりと、にじり寄って来た。
――そして遂に焦れた朝国軍の剣士達は、一斉に剣で切りかかってきた。
真と政は、巧みに槍を操り、敵の剣を振り払い捌いて、その槍でもって剣士らを薙ぎ払い、阿吽の呼吸、以心伝心、異体同心、意志疎通をはかり、縦横無尽に立ち回って、遂には朝国軍の剣士達を全滅させた。
――――今度は、真と政らが、朝国軍の将軍に対して挟み撃ちにしながら、じわりじわりと、慎重に詰め寄っていった。
すると、朝国軍の将軍は、馬上から剣を振り降ろして、真の頭上に刃を掠めた所を、政が朝国軍の将軍の背後より、鋭い槍の突きを、喰らわそうとしたのだが、朝国軍の将軍も中々達者なもので、その政の槍の突きを、ひらり、と、かわして、直ぐ様に翻り、剣で政を一刀両断しようとした。
政が危機一髪の瞬間――――ビュンッ! と、朝国軍の将軍に対して、槍が投げつけられたのだが、朝国軍の将軍は、その投げつけられた槍を辛うじて避けた。
槍を投げつけたのは、真であった。
「――真! 助かったぜっ!! ありがとう!!! 」
「これで貸し借り無しだからな!! 政!! 」
真は、腰に差している刀を鞘から抜いた。
陽の光に、キラリ、と、美しい白刃を魅せたその刀は、真の父親の形見であり先祖家宝伝来の銘刀、『虎鉄號』であった。
「――――今日も虎鉄號が吼えるぜっ!!! 」
朝国軍の将軍は、真に向かって騎馬を走らせた。
真は敵の動きを見切り、相手の懷へと、するり、と、入り込むと、
−−「はっ! 」
と、刀と息を合わせて一気呵成に、無駄の無い動きで刀を空に滑らせた。
バサリッ! と、見事に虎鉄號は、朝国軍の将軍の腹から胸にかけて会心撃をして、その鎧すらも切り通した。
朝国軍の将軍は重傷を負い、ぐらり、と、体勢を崩しながも、なんとか気力で騎馬にしがみ付いて、ほうほうの体で、恥も見境も無く、なくなく、すごすごと、真と政らを振り切って逐電、遁走した。
「……逃がしちまったな。真。」
「ああ。もう少しだったのに大魚を逃したな。」
――――真と政らが、局所で死闘を繰り広げていたうちにいつの間にか、周りの戦いも終わっていた。
朝国軍は、蜘蛛の子を散らす様に散走した。
またもや倭国軍の完勝であった。
一息吐いた倭国軍の面々は、腰を曲げて膝に手をついて、ぜえぜえと、息を切らせている者、完全に腰を降ろして、ホッと一息、汗を拭いている者、束の間の勝利の余韻に浸っている者、様々に一時休息をしていた。
真は銘刀虎鉄號を一振りして、刀身に付いた血滴を払い、鞘に収めると先ほど、放り投げた槍を拾った。
「さっきは危なかった所を助けに来てくれてありがとう!! 政。」
「なあに。ウチだってさっきは真に命を助けられたさ。お互い様様さ。――――しかし真のその虎鉄號は、相変わらずスゲエ切れ味だな。俺も欲しいぜ。そんなの。
まあ、もっとも、俺としては得物に、銘槍が欲しいんだけどな。
この軍支給の槍じゃあ、つまらないし頼り無くて心寂しいよな…………。
……なんか、今すぐにでも、ポキッ、と、折れてしまいそうだし。」
――――すると、朝国軍の後詰めの部隊が進軍をして来た。その数、凡そ500。
そのほとんどは歩兵か騎馬兵部隊の編成であり、倭国軍の先鋒部隊と同じ兵力である。
今度は朝国軍の方から進軍の歩みを止めずにそのまま攻め寄せて来た。今度の朝国軍の後詰めの部隊は、かなり統制がとれている精鋭部隊の様子であり、その朝国軍の後詰めの部隊は、兵を中央に密集させていて魚鱗の陣の構え、もしくは、鋒矢の陣の構えであった。
政が呟いた。
――「いや、あの敵の陣形の構えはどちらかというと防御タイプの、方円の陣の構えのようだぜ。」
「だとすると政。敵の方から攻めて来るのに一体、どうして防御型の方円の陣形で来るんだ? 」
「――さあ? ……俺にもわからん…………。」
朝国軍の後詰めの部隊があと、数百メートルほどの所に迫って来ると倭国軍は、例の長弓隊の矢の斉射を行った。
が、しかし――――今度の朝国軍の後詰めの部隊は、それに全く怯む事が無く、まるで日頃からしている訓練通りかのように、とても落ち着いている様子で整然として統一をした動きで一斉に盾を上に構えて、矢の雨を凌ぎ、たゆまずに、ぐんぐんと、進軍して来た。
そして遂に、朝国軍の後詰めの部隊は、倭国軍の先鋒部隊と接触をして、三度目の会戦がはじまった。
真は槍を操り、一閃の突きや、神速の薙ぎ払いを繰り出したのだが、攻めて来た敵兵は何故だか、先守防衛の構えをとり、盾でもってガードをしたり、巧みに攻撃を避けたり捌いたりして、鉄壁の堅い守りで幾ら攻撃を仕掛けても歯が立たずに全然、埒があかなかった。
……すると、辛うじて敵兵に掠り傷程度は与えたものの、やがて朝国軍の後詰めの部隊達は、陣太鼓の音の合図とともに鮮やかに、まるで一斉に潮が引くかのごとく、とても手際が良く撤退を開始しはじめた。
今までに、快進撃の勝ち馬の勢いに乗ってきた倭国軍の先鋒部隊の者達は、満足に敵に打撃を与えられなかったという、不満足感を抱えて調子に乗って何の疑問も抱かずに、無我夢中に、一心不乱に、朝国軍の後詰めの部隊を追撃した。
そこには、敵の意図があるという、思考も打ち消すほどの異様な、士気の高まり具合の意気軒昂、意気昂然、意気衝天、鬱々勃々、有頂天外の倭国軍の兵士達の姿があった。
勿論、その中にも顔を紅潮させて、精神をも高潮、高揚させて思考を停止してしまっていて、周りの兵卒達とともに、ある種の流れに呑まれて、引き下がる朝国軍をひたすら追いかけている、真と政らの姿も見えた。
更に、それに輪をかけるかのように、倭国軍の先鋒部隊総隊長は先頭に立って、自ら兵卒達を先導の煽動して――――
「このまま敵の本陣まで一気に畳み掛けて落とすぞっ!!
我先へと大将首級を狙うのだっ!! 者どもっ!進めいっ!!! 」
と、煽り立てて懸命に鼓舞していた。
――――1km程位は朝国の軍を追いかけたであろうか。
倭国軍は、周り一帯が胸元までの高さにまでに鬱々葱々の鬱蒼とした、草や棘や茅などが生えている草原地帯に入り込んだ。
いや、これは決して、『入り込んだ』、という積極的能動的な行為なのでは無くて、完全に受動的消極的に敵に誘導をされて、その草原地帯に入り込められてしまったのであった。
――――「しまった! 」――――
と、倭国軍の誰もが臍をかんだ。
真も政も先鋒部隊総隊長も兵卒達の誰もが。
だが、もう既にあとの祭りであった。
倭国軍の先鋒部隊は完全に、すっぽりと、敵の計略に嵌まってしまっていた。
釜中に游ぐ魚が如しである。
…………朝国の軍勢は、いつの間にか摩訶不思議、握風捕影、繋風捕影、捕風捉影に、ふわり、と、まるで霧か霞のごとくにかき消えてしまい、辺りは、シーンと、静まりかえってしまった。
鴉雀無声の無音である。
……この異様な空気の静まり具合がより一層に、倭国軍の先鋒部隊の者達にとって、心理的な緊張感、威圧感、圧迫感、恐怖感を充分に与えていた。
これから一体、何が起こるのかがわからずに、倭国軍の先鋒部隊の将兵達は無闇やたらに、身動きが出来なくなってしまって硬直をしてしまい、その、余りにもの不気味な不思議な面妖な、暗雲低迷の空気感に呑み込まれてしまい、思わずに、影駭響震、発狂をしてしまいそうな兵士もいるほどである。
――――全ては朝国軍の、稀代の名軍師――――
『諸馬 孔達』の策略であった。
孔達は、天才、偉才、異才、奇謀、鬼謀、深策、神策、深謀遠慮、海千山千、英雄欺人、瑰意奇行、意趣卓逸の兵法家の異名で世に知れ渡っていた。
孔達の兵法の型は、かの、『中之国』の古の兵法家、孫子の兵法にあるような――――
『百戦百勝は善の善なるものに非ず。
戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。』 (謀攻篇)
の、所謂――
『戦わずにして勝つ。』
と、いうような、兵法スタイルでは無く、孔達の場合は、枉尺直尋――――
『どんな犠牲を払ってでも必ず勝つ。』
であった。
その孔達の容姿風貌、品格、性格、ファッションセンス、嗜好などはというと……
容姿端麗、委々佗々であり、髪の毛は、若くして全体的に白髪、というよりかは白銀色の艶やかで光沢があり、髪の毛の長さは、およそ背中くらいに伸ばしていて、後ろで三つ編みにしていて縛っており、そしてその頭には頭巾がのっている。
頭巾は、茶色と白色の大蛇の革で出来ていて、頭巾の中央には、よく琢磨をされた輝かしい翡翠の宝玉が嵌め込まれており、そして、おおよそ2m位はある、虹のようにとても美しい孔雀の羽が2本、まるで触角のごとく頭巾から伸びている。
孔達の顔相は、まるで淡雪のごとく、肌が透き通るような色白であり、眼球は何処か、遠く彼方のものを見つめているかのように達観をした深く吸い込まれそうに澄んだ瞳で、そしてその瞳の色は、右眼が燃えるような紅蓮の緋色、左眼は凍てつくような氷結の碧色の、金目銀目のオッドアイであり、そして眼鏡を掛けている。
眉毛は細くて柳眉で、耳と犬歯はとんがっていて、鼻はまるで鷹の嘴のごとく高くてシャープであり、唇は、不適な笑みを浮かべている。
年は、20代の半ばくらいであろうか。
髭は全く無くて艶やかで、何処か中性的な雰囲気、面持ちがある。
豹の毛皮の外套を羽織っており、襟首には、ふさふさの鷲の羽根があしらっていて、腰回りには、虎の毛皮が巻いてあり、鞜も、大蛇の革で出来ていた。
身長は、175cm位である。
手には、ものの見事に焔のごとく美しい、鳳凰の羽根で出来た、羽扇を持っていて、ゆらりゆらりと、風流に、風雅に、優雅に、優美に、揺らしている。
そして、芸樂を好み、書画や、句、永字八法にも秀でていて雲烟飛動でいる事は勿論、詩も見事なもので、琴や、笛を嗜み、英華発外、遏雲の曲、哀糸豪竹の演奏家で、博学能文、博学才穎、博学卓識、博学広才、博学多才、有智高才の発明家でもある。
話術、交渉術、弁舌は横説縦説、横説豎説で、剣術、弓術、格闘武術、法術、魔術にも長けており、文武両道の逸材で、検地、鷹狩り、虎狩り、釣り太公望と称しては、よく地形、地勢、天勢、人情を把握し、常日頃より安居危思にて、内政や外渉、戦に備えて怠らずにいる。
孔達は、とても颯爽としていながら、尚かつ、威風堂々としていて、威厳、貫禄、風格漂う人物であった。
だがしかしその反面、孔達という人物は一体、何を考えているのかが誰にも図りかねる事は出来ずに、とてつもなくその存在は異様であり、奇異、怪異、怪人、妖人でもあり、その孔達の本当の真意、本意、真は誰にも知る由は無い…………。
――――さて、だいぶ孔達に関する説明に焦点をあてて、文言をとってしまったのだが、話しを戦の前線の状況に戻そう……。
朝国の軍の兵士達が摩訶不思議に、かき消えたのは、どうやら朝国軍の軍師、孔達による『陰影』の法術によるものであった。
しかも孔達はそこに更に、『恐怖』の魔法をも倭国軍に対してかけていたのである。
…………約10分位であろうか。
暫くの間、静寂が続いていた――――
――――すると……
倭国軍の先鋒部隊の前方より突然、矢の雨が水平に、ビュンビュンと飛んで来た。
水平的に矢が飛んで来るという事は、どうやら朝国の軍は、弩、ボウガンを放って来たようである。
そして続けざまに、倭国軍の先鋒部隊の右翼の方面側からも、水平に矢の雨が飛んで来て、これで十字射撃をされてしまった格好と相成った。
全くもって、最悪の状況である。敵軍を視認する事が出来ない事はおろか、矢のクロスファイアの集中射撃攻撃を喰らって、倭国軍の先鋒部隊は完全に、混乱状態に陥ってしまった。
真と政は、その混乱の中、咄嗟に草の中に、うつ伏せになって、手で頭を覆い隠し、じっとしていた。まわりでは、矢の針鼠、矢の蜂の巣となり、その痛みに悶え苦しみながら倒れ、死んでゆく者らが多数いた。
無数の矢の空を切り裂く音、叫び声、断末魔、呻き声、阿鼻叫喚、阿鼻驚嘆の恐怖の地獄絵図に真は、畏縮逡巡、萎縮震慄の脱力状態で筋肉が弛緩をしてしまい、思わず放尿、脱糞の粗相をしてしまうほどであった。
…………そして暫くして、矢の攻撃が止んだ。
周りには、倭国軍の多数の将兵達の死体が転がっている。
――――すると何か、獣の唸り声、獣の臭い、獣の気配が漂ってきた。
気が付くと、四方八方、まるで狼のようなモンスターどもに、取り囲まれてしまっていた。
その、狼のようなモンスターの様相はというと――――
大きさは約、1m位の体長で、全身には紫色の剛毛が生えていて、背中はしなっており猫背で尻尾は短く耳が大きく、眼は真っ赤に血走り光っていて、牙や爪の大きさ、鋭さから見ても、見るからに獰猛そうなモンスターで、朝国の軍が使役、悪魔調伏をした狼タイプの、群れを成すモンスターであった。
狼タイプのモンスター達は、威嚇をするかのように、盛んに吠えたてている。
……恐ろしい。
恐怖、恐怖の、とにかくとてつもなく恐ろしかった。
だけどもしかし、それでも、真を奮いたたせるものがあった。
「こんな異国の地でむざむざと死んで屍を晒してなるものか! 」
「異域の鬼になるのは御免だ! 」
「越鳥南枝。なんとしてでも生き残って故郷で待っている、家族や恋人の元に帰るんだ!! 」
――――と、なんとか真は、一意奮闘、意気自如を出し、気を取り直して立ち上がった。
…………どうやら、政も覚悟を決めたらしくて立ち上がり、真と政らは、槍を構えた。
「政。これはかなりヤバいな。」
「ここで死ぬのか。俺達は。」
「――いや、ここはなんとしてでもしのぐんだ。
そうすればきっと雲外蒼天、雨過天晴、後から援軍が必ず来るはずだ!! だから政! ビビッていないで戦うんだっ!! 」
「おいっ!! 真っ!!
ビビッて、チビッているのは真の方じゃないか!! ――――くっせ~ぞっ! 」
「っるせ~っ!!
かの、我が国の古の戦国時代の武将、徳川家康公だって、三方ヶ原の戦いで、武田信玄公にビビッて、糞を漏らしたっていう話だぜっ! 」
――――「…………っわかっているさ。真!!
こんな所でくたばってなるもんかよ!! 協力してゆくぞっ!!!! 」
狼タイプのモンスター達は、後ろ脚をバネにして、勢いよく跳びかかり襲ってきた。
真と政らは、そのモンスターどもに間合いに入り込まれないようにと、必死になって槍で、跳びかかって来るモンスター達を突き殺していた。
槍で突き刺しては、そいつを手際よく地面に叩き付けて、槍をひっこ抜き、そしてまた次に跳び付いて来たヤツに槍の突きを喰らわしての繰り返しだった――――
――――一体、何頭の紫色の狼のモンスターどもを倒した事か……。
……倭国軍の味方の他の兵卒達は、周囲で次々と、その獣に、牙で喰い千切られ、爪で引き裂かれて餌食になって死んで逝く…………。
そして、悪戦苦闘をしているそこへ、追い打ちをかけるがごとく、朝国軍は、第三の攻撃を仕掛けてきた。朝国軍の角笛の合図とともに、翼竜、『ワイバーン』の群れが空から突如として襲ってきたのだった。
その空を翔ぶドラゴン――――ワイバーンの大きさは、翼を拡げるとおよそ、8~10m位の大きさで、炎こそ吐かないものの、硬い翠色の鱗に覆われていて、紫色の狼のモンスター以上の凶悪な、牙と爪と尾を持っていた。
――(冗談ではない。いくらなんでも空を飛行するドラゴンの群れと、一体どうやって戦うのだ⁉ )――
真が携えている銘刀、虎鉄號を持ってしても、ワイバーンとは一対一で戦っても勝てるとは限らない。それなのにワイバーンは少なくとも50体ほど、狼のモンスターはまだ100頭以上はいるし、しかも朝国軍の兵士達をも相手にせねばならないのだ。
仕切りに槍を捌いていた真と政であったがあらかた、手近にいた狼のモンスター達を掃討した所で、地面に落ちている長弓と矢筒が、真の眼に留まった。真は瞬時の判断で槍を地面に置き、その長弓と、矢筒から矢を拾った。
真は、はじめて徴兵をされた時に、訓練で少しだけ弓の手解きを受けたのであるがしかし、正式な弓兵部隊には所属はしていなかったので正直、弓術はあまり自信が無かったのであるが、ドラゴンを相手に近づいて戦うのは無謀と判断をしての行動であった。
(……硬い。
とても弓の弦が硬くてキツくて重たい。)
真にはその長弓の弦を最後まで引っ張る事が出来ずに、およそ7~8割方くらいまでにしか弦を引っ張る所が限界で、そのまま数十m先の、地に降りて人を喰らっている、ワイバーンに目掛けて矢を放った。
――しかし第一矢目の矢は力無く、へなへなと情け無く数m先の地面に落っこちた。
「………………。」
だけども真は、目下づに、第二矢、第三矢目の矢を続けざまに放った。
徐々に矢の飛距離が伸びてゆく。
そして、第七矢目で漸く、数十m先のワイバーンの体を掠めた。
「お~しっ!! 真! いいぞ!その調子!! あともうチョイだっ!!! 」
横で政が、狼どもを屠りながら言った。
――第十矢目――
とうとう、ワイバーンの横っ腹に矢が当たった。
だがしかし、真が放った矢は、ワイバーンの硬い鱗を突き通す事は全く出来ずに、呆気なく弾き返されてしまった。
それどころか、当たったその矢が、ワイバーンの逆鱗に触れたようだった。
みるみるうちに、そのワイバーンの眼が横眉怒目と吊り上がり、牙は更に剥き出しになって、鼻息、唸り声はとても荒々しくなり、憤怒の表情を浮かべて、真を、ギロリと睨んでいる。
「お、おいっ!! 真っ!! あ、あれは、かなりヤバいぞっ!!!
……に、逃げるぞっ!! ここは逃げるんだっ!! 真っ!!! 」
「しかし、政!! まだ退却の命令が出て無いんだぞっ!! いいのかっ⁉ 」
「――ッバカヤローッ!! 真っ!! この状況じゃあ、どうせ隊長はもうとっくに死んでいるさっ!!! 」
「……承知っ!! よしっ! 政!! 逃げようっ!!! 」
真は長弓を慌てて放り捨てて、そのまま槍も拾わずに、急いで駆け足で政と共に、倭国軍の本陣へと向かって逃走した。
真と政の背後から、怒り狂ったワイバーンが、バサバサと、翔んで追い掛けてきた。
真は走りながら、ふと、ちょっとだけ考え込むと、何を思ったのか足を止めてワイバーンの方へ振り返った。
「……っお、おいっ⁉ 真っ⁉ ど、どうしたっ??? 」
――「政。俺、お袋から魔法を教わったんだ。だけど魔術の勉強をサボッてばかりいたんで少しだけしか出来ないけれど、ここは一か八か試してみるっ!!
多分、この一発が限界だと思うけれど……。」
「ッオイッ!! 本当に大丈夫なのかっ⁉ 真っ!! 」
真は、とり急ぎ、呪文の詠唱を、一意専心しはじめた。そして真は、呪文の詠唱の最後に――
『氷嵐!!! 』
と、唱えた。
真の手の平に魔法陣が、すっ、と、浮かび出てきたかと思うと、そこから無数の氷の礫がワイバーンに向かって発射をされた。
真の氷嵐の魔法は、見事ワイバーンに直撃をして、ワイバーンの体が、じわりじわりと、凍てついてゆき、そしてとうとうワイバーンの全身は氷に包まれて、轟音とともに凍り付いたワイバーンは地に墜ちた。
「うおっ! 真!! ナイスッ!!! 」
空かさず政は、その凍り付いて地に墜ちたワイバーンの、脳天に槍を突き立てて止めを刺した。
「よし! これで安心して帰陣が出来るな! やったな真!! 」
「そうだな。政。急いで帰ろう! 」
真と政らは、また走りだして倭国軍の本陣へと懸命に向かった。
「……しかし真。」
「なんだ。政? 」
「味方の後詰めの部隊の兵力は、かなり余裕があるはずなのに何故、援軍がこないんだろう? 」
「……さあ? ……わからないよ。」
―――「…………ん⁉ 真!! おいっ! 見てみろよ!! 本陣がある丘をっ!!! 」
「……なんだ⁉ あれはっ! 本陣がある丘から煙が立ち上っているぞっ!! 」
「あれは只の炊飯の煙じゃ無いな! ……だって煙の色が、どす黒いんだぜ!! 」
「すごい気になるな! 政っ! 本陣へ急ごう!! 」
すると、倭国軍の本陣がある丘まであと200~300m位の所まで来た所で、思わず目を疑ってしまう光景が広がっていた。本陣が、丘が、完膚無きまでに焼き討ちをされていて、灰塵に帰し、焦土と化していた……。
……そしてその丘には倭国軍の軍旗は全く無くなってしまっていて、その代わりに、とある国旗が辺り一面に掲げてあった。
その国旗とは、白地の旗に、赤く斜めに交差をしている十字、そして十字の中央に、黒い百合の紋章が画かれていて、その黒百合の紋章のまわりには、黄金色の三匹の龍の紋様がとり囲んでいるという様式であった。
真はその国旗を見て、驚きの声を上げた。
「――――あっ! あれはっ!! 神聖ガリアニア帝国旗!!! 」
「――っ真っ! こ、これは一体どういう事だっ⁉ いくら倭国を支配しているとはいえ、同盟国の神聖ガリアニア帝国軍が俺達の本陣を焼き払っているとはっ!!! 」
「…………おそらく、ガリアニア帝国は裏切ったんだ……。ガリアニア帝国は俺達――――倭国を切り捨てたんだ…………。」
「そ、そんなっ!! 烏白馬角なっ………………そんな理不尽な事ってあるかよっ⁉ 」
「だけど政! この状況じゃあ、それしか考えられないよ……。」
「っぐっ!!! ガリアニア帝国め~っ!! 朝国も憎いが、ガリアニア帝国はもっと酷いし、もっと憎いっ!!!! 」
政は、槍の穂先を地面に叩き付けた。
「政!! 本当そうだよなっ!! 俺達倭国は、あれだけガリアニア帝国に尽くしてきたのに、あれだけガリアニア帝国の圧政に堪えて忠誠を守ってきたのにこんなにあっさりと切り捨てるとは…………!! 」
「そもそも、この戦も、ガリアニア帝国の命令に従ってはじめたんじゃねーかよっ!!! 」
「……………………。」
「俺達は、単なる捨て駒だって言うのかよっ⁉ ッ畜生ーッ!!! やってらんねーぜっ!! 」
「……………………。」
「……………………………………っ!!! 」
「――――しかし政。現実はもう、こうなってしまったんだ。悔しいけれども……。とてもやりきれないけれど、とにかくここは、なんとしてでも倭国に帰ろう!!! 」
「ッチッ!! 真っ! どうやらそれしか無いなっ!! 」
「行こうっ!! 倭国へ帰ろう!!! 」
「おうっ!!! 真っ!!! 」
真と政は、神聖ガリアニア帝国軍が駐屯している丘を避けながら一路、祖国である倭国の方面へと踵を返した。
――――「っ⁉ うっ⁉ うわ~っ!!! 」
すると突然、真の足下の地面が崩れ落ちて、真は8~10mほどの深さの穴の中に落ち込んでしまった。
政は辛うじて、それを避けて無事であった。
陥穽、落とし穴の罠が仕掛けてあったのだ。
幸いな事に、その落とし穴の底には、特に仕掛けなどは無かったので真はなんとか大怪我はせずに手と膝の打撲、捻挫だけで済んだ。
「お、おいっ!! 真っ!! だ、大丈夫かっ⁉ 」
「……う~ん。手と足を打ったけれども、な……なんとか俺は大丈夫みたいだ。」
「真っ! 今、助け出してやるからな。」
政は自分の槍を、穴の中の真へと差し降ろしたのであるがしかし、穴がとても深過ぎて到底、槍が真の元に届かなかったのである。
「うぐっ!! 真っ! 駄目だ!! 届かないっ!!! 」
「う~ん……。」
……すると、遠くにいた翼竜ワイバーンが1体、政の存在に気付いて、政の方へと翔んで向かって来た。
「あっ!! 嗚呼っ!!! ヤッ!! ヤベ~ッ!!! 」
「どうしたんだ⁉ 政っ⁉ 」
「ワ、ワイバーンがこっちに翔んで向かって来やがるっ!!! 」
――「政っ!! 取り敢えず政だけでも逃げてくれっ!!! 」
「……なっ、何を言っているんだよっ!! 真っ!!! 死ぬ時は一緒! 一蓮托生だろっ!! 真だけを残して行けねーよっ!!! 」
「いや、頼むから政だけはここは逃げていつか、俺の敵討ちをしてくれっ!! 頼むっ!! なっ⁉ 」
すると真は、腰に差してあった銘刀虎鉄號を、政の所に放り投げた。
「ほら! その虎鉄號を政にやるから早く逃げてくれっ!!! 」
――――「……うっ!! わ、わかったっ!! 真の覚悟をっ!!! 必ずやこの意趣遺恨を俺が朝国にっ!! 帝国にっ!! 捲土重来!! 復讐をしてやるからなっ!!! 」
そう言うや否や、政は虎鉄號を、ぐっ、と、握り締めて立ち去って行った。
1体の、翼竜ワイバーンが空を飛行している影が、穴の中にいる真からも見てとれた。そのワイバーンは通りすがりに一瞬、ジロリと、穴の中の真を睨んで行ってしまった。
が、しかし暫くすると突然、そのワイバーンは引き返して来て、穴の上から首を伸ばしてきた。
「うっ!! なにいっ⁉ 政はもう、コイツに殺られてしまったのか⁉ ……いや、政はなんとか逃げきれていればよいのだが…………。」
ワイバーンは突如、後ろ足を伸ばして来て、真を掴み込むと空へと舞い上がった。
「う、うわーっ!! な、何をするっ⁉ 」
真は、ワイバーンに抱え込まれたまま空中で必死にもがき、抵抗を試みるも、だがしかしワイバーンの尻尾の強烈な一打を脳天に喰らってしまい、真は失神をしてしまった。
そのワイバーンは、朝国軍の陣地の方面へと向かって翔んで行った……………………。
《第貮章》
――7月24日――
血のような赤い満月が天の斜で、煌々と、照らし出されていた。
刻は、もう日が変わった真夜中である。
真は、地面に立て掛けられている木の棒に、手足を縛られている所で気が付いた。
頭が、身体中が痛む。
――真は、辺りを見渡した……。
辺りには、月に鮮やかに照らし出されている白い野の花が一面に咲いており、そして樹々は疎らにあり、その白い花の香しい匂いが漂ってきていて、月光に林の黒い樹々の形が、まるで影絵のように映し出されていて、その夜の黒い林と、白い花の対比がとても美しくて、暗香疎影の景色が広がっていた。
そして、なにやら、松明の明かりやら、幕屋やら、朝国軍の兵士達やら、九本の尾を持つ、狐の紋様の旗印やら、黒百合の神聖ガリアニアの帝国旗やら、帝国軍の騎士達の姿やらもが見てとれる。
…………木の棒に、括り付け縛られている真の目の前に、椅子に車輪を付けた、安車が、コロコロと、近付いて来た。
その安車は、数人の朝国軍の兵士達に押されていて、真の目の前に来ると止まった。
そしてその安車から立ち上がり、真に近付いて来る者がいた。
「兵は詭道なり。」
と、いう凛と透き通った声とともに、身の丈は約、175cmほど。年齢は真よりも少し上かと思われる、20代の半ば位の男性。そして、長い孔雀の羽根が2本伸びている蛇革の頭巾を被っていて、豹皮の外套を羽織っており、腰から下は、虎の毛皮を巻いていて、それで何よりも、そいつの特徴はその眼や、髪の毛であった。
真の顔に近付けてきたそいつの眼は、右の眼は緋色、左の眼は碧色という、左右色違いの瞳でいて、眼鏡を掛けており、髪の毛は銀色である。
その者の姿格好からしてみて、なんて奇抜なんだろう、と、真のそいつへの、第一印象であった。
――――「これは。これは。シン、君――――ですか。初めまし、て。
お目にかかれて光栄です。
−−−−−−私の名は、孔達。−−−−諸馬孔達と申します。」
と、孔達は、真にやけに丁重に挨拶をした。
「…………………………。」――――(ん⁉ なんでコイツは、この孔達という男は、俺の名前を知っているんだ⁉ )
「フフフ。我が国は、神聖ガリアニア帝国殿に対しては、事前に根回しをさせて頂きました。倭国殿には悪いですが。」
孔達は、手に持っている鳳凰の羽扇で、ひらりひらりと、扇いでいた。
「…………………………っ!!! 」――(やはりコイツ!本当にあの、数々の異名を持つ噂の朝国の軍師、諸馬孔達なんだなっ!! コイツがっ! コイツがっ!! コイツのせいでっ!!!……くそっ!! )
「? おや⁉ シン君。怒っておられるのですか?
――――――――フフフ。勝つも負けるも兵家の常ですよ。何もシン君が悪いのでは無いのですよ。詰めが甘い、倭国殿が悪いのですよ。
……それとも――――
――――神の悪戯かな? フフフ…………。」
(この野郎! 俺の名前までも、なんでもお見通しの軍師なんだな!!
……しかし、只の一兵卒の俺の名前までも知っているとは恐ろしい情報収集力だな! )
孔達は、急に怪訝そうな顔をして真に言った。
「……シン君。折角、こうしてあなたと合縁奇縁があり、お会いを出来たというのに…………。
……だけどもしかし、あなたは私にとって、とても危険な存在。やはり、生かしては置けませんね。」
「…………………………??? 」
「…………残念ですが、ここであなたには死んで頂きます。」
と、孔達は言うと、部下が恭しく両手で差し出している剣の鞘から白刃を抜き、有無を言わさずに、真の胸にそれを刺した。
――「うっ⁉ かはっ!!! 」
・・・・・・殺風景・・・・・・・・・・・・
無機質。
・・・・・・ただひたすら、殺風景なり・・・・・・・・・・・・。
――第參章へと続く――