序章
あぁ、今日もまたあの人の部屋のドアが開いている。
それを見つけてしまったら、私は必ずその部屋に行かなければならない。
待っているのは、飢えた目で私を見つめる男の人。ふたりきりになった時はいつも、そうして私を求めるのだ。
母さんと一緒にいる時とは違う、どこか残虐さを含んだあの目で。
抵抗することも泣くことも許されない、————仮の父としての立場を利用して。
夜中、目が覚めた。
たくさん眠った訳でもないのに頭はどんどん冴えていく。
冬の寒さのせいかな、と肩をさすりながら水を飲むべく一階へと降りて行った。
月明かりの差し込む薄暗い居間。そこに不意に気配を感じ、びくっと体を震わせた。
母さんがダイニングテーブルに頬杖をついてテレビを観ていた。
時計を観れば、午前三時を指している。ちょうど母さんが仕事から帰ってくる時間だった。
母さんは目だけで私を見やり、眉根を寄せてまたテレビに視線を戻した。
この人は気付いているのだろうか。
自分が愛して再婚までした相手が、娘である私のことを抱いていることを。
———きっと、わかっているのだろう。時々感じる剥き出しの殺意は、決して我が子に向けるようなものではない。
私はこんな時いつも、どうしたらいいのかわからなくなる。
殺したいほど憎いのなら、言えばいい。私にだって、あの人にだって。
結局は、弱い人なのだ。母さんは今までちやほやされて生きて来たから、一人では何もできないのだろう。
顔を合わせる度に向けられる強い視線の中には、すがりつくようなどろりとしたものがいつも混ざっている。
そんな目で見ないで。いなくなればいいと私に言うくせに、助けを求めるなんてずるいじゃないか。
でも心のどこかで、何とかしなければと思ってしまう自分がいる。
もう十七歳という年齢なのに、それでもまだこの家に留まっているのは、私自身も弱いからなのだ。
母さん、私を愛してよ。
そしたら二人でやり直そう。私たちは弱いけれど、あの人さえいなければまた、二人でかんばれるから。
空になったコップを静かに洗う。
ガタッと椅子を引く音がした。反射的に振り返った瞬間、何かを投げつけられた。
ポタポタと頬から血が流れる。床には、テーブルの上にあったはずの花瓶の破片が散らばっていた。
目に当たらなくてよかった、とひとまず安心する。
しゃがみ込み耳に髪の毛をかけたところで、甲高い悲鳴のような声が聞こえた。
「 またあの人の匂いを漂わせて! なんで、なんでアンタが 」
あの人は今頃、他の女の人と過ごしているのだろう。
母さんと再婚したことも、そして私を抱くことも、彼にとっては遊びにしか過ぎない。
それなのに、母さんは愛している。あの人を、死んでしまった父さんと同じように。
「 かあさ・・・ 」
「 うるさい、うるさいっ 母さんだなんて呼ばないで! 」
しっかり化粧が施されている綺麗な顔を歪めて、きちんとまとめた長い髪を振り乱して、母さんは半狂乱になって叫んだ。
「あんたさえいなければ・・・っ」と何度聞いたかもわからない言葉が聞こえる。
私は口に流れ込んでくる血を手の甲で拭い、母さんの脇を通り過ぎる。
こうなってしまったら、何を言ったって母さんとまともな会話なんてできやしない。
朝になれば元に戻る。そう思いながらドアノブに手を掛けた時だった。
母さんがドタドタとキッチンへ駆け込んだ。束の間の沈黙。
この時胸のざわつきを感じたのは、予感だったのかもしれない。
もう随分と前から、私たちは壊れていたのだ。
包丁を手に持ち、虚ろな瞳にギラギラとした怒りを宿らせて、母さんはゆっくりと近付いてきた。
かちゃ、と背中のドアが音を立てる。敏感になっている母さんはそれにさえ反応して、こちらに真っ直ぐ走って来た。
私は目を瞑った。
生きていたいとなんて、もう思わなかった。
まだまだ未熟な私ですが、連載始めてしまいました!
完結させることを目標にがんばっていきます!
女の子の人物像は、お話が進むごとにわかっていく・・・という感じを目指して書いていきたいです!よろしくお願いします