4話
「そ、それで話は最初に戻るんだけど……」
何とか気を取り直し、潤はクルルへと向き直る。
「ボクは一体何をすればいいの?」
クルルの話から察するに、世界を存続させるためには『熱情』とやらを集めなければいけないらしい。
だが、そんなものどうやって集めるというのだろうか。
そしてクルルが口にしたその方法とは、潤が思いもしない意外なものだった。
「『熱情』を集める方法は、一言で言えば人助けです」
「人助け? なんだ、それなら喜んで協力するよ」
一体どんな難しいことをしなければならないのか、と考えていた潤は安心した。
「でも、人助けでいいのなら、ボクじゃなくてもいいんじゃない? 例えば、ボランティアをしてる人とかは一杯いるよ?」
「誰でもいいという訳じゃないですよ。潤さんじゃなければだめなんです」
どうして? と疑問顔の潤に、クルルはポシェットから黒い物体──乙女テスターを取り出した。
「これは乙女テスターと呼ばれるものです」
「……また乙女って……はぁ……」
若干呆れつつも、潤は差し出された乙女テスターを見る。ちょっとずれたネーミングセンスはともかく、それは無骨な計測器か何かのように見えた。
クルルはその乙女テスターに、ポシェットから更に取り出した赤と黒の二本のコードを繋ぎ、その二本の先端の電極のようなものを潤へと向けた。
「これをそれぞれ両手で握ってみてください」
「えっと、こう? ね、これってびりびりってこない?」
「はい、大丈夫ですよ」
潤が電極らしきものを握ったのを確認したクルルは、乙女テスターのつまみをがちゃりと弄る。途端、乙女テスターから電子音が鳴り響き、表面の目盛上の赤い針が激しく動く。
「やっぱり47,000OTM以上の乙女力……にゅぅ……」
クルルは乙女テスターを見つめて何やらぶつぶつと呟いているが、潤は何が何だか判らずきょとんとするしかなかった。
そしてクルルは勢いよく顔を上げると、きらきらとした真紅の瞳を潤へと向けた。
「やっぱり潤さんは凄いですっ!! 47,000以上の乙女力なんて初めてですっ!!」
「さっきから言ってるけど、その乙女力って一体何?」
「乙女力とは正式には『純粋なる乙女の如き穢れない想いの力』と言いまして、その名の通り、心から誰かのことを想う優しい心の力のことです。ですから女の人らしいとか、そういうことは意味ではありません」
「はあ……」
乙女力はOTMという単位で表わされ、道に落ちているゴミを拾うと約3OTM程度の乙女力が発生する。
他にはボランティア活動に参加すると8OTM。
コンビニや街角の募金に応じると11OTM。
朝早く出勤して自発的に仕事場を掃除すると38OTM程となる。
また、乙女力は特定の人に対して思いやる気持ち程高くなる傾向がある。
両親や祖父母の肩を叩くと122OTM。
親が生まれたばかり我が子に対面すると179OTM。
娘の結婚式に涙すると316OTM程が発生する。
「その中でも、誰かを好きになるという恋愛感情は、最も高い乙女力を生み出します。具体的にはですね──」
憧れの先輩をそっと影から見つめると351OTM。
その先輩にクッキーを焼くと469OTM。
そしてそのクッキーを焼くのに失敗してしまうと517OTM。
「待って待って待って! クッキーを焼くのに失敗した方が高いのっ!?」
「そりゃそうですよ。当然ですっ!」
「……当然……なの?」
何が当然なのか潤にはさっぱり判らないが、クルルの説明は更に続く。
誰もいない教室で好きなあの娘の机に頬掏りすると588OTM。
その娘のスクール水着姿や体操着姿を妄想すると646OTM。
学校帰りに思わずその娘の後を付け、住んでいる家を確かめたりする729OTM。
「そ、それってストーカーだよっ!? 犯罪だよっ!?」
「例えストーカーだろうが高いものは高いんです。うにゅっ」
「……ああぁ、もぅ……何が何だか……」
潤は思わず頭を抱えて悩み込む。
「でも、最も高い乙女力は、好きな人に告白してそれを受け入れて貰えた瞬間なんです」
誰もいない夕暮れの教室。その教室に好きな人を呼び出し、その胸の内を告げる。
それを聞いた相手も、ずっとまえから君のことが……と照れながらも想いを打ち明ける──。
「──その時の最大瞬間乙女力は、なんと950OTMを超えるですよっ!!」
拳を握って力説するクルル。潤はそんなクルル他に気になることがあった。
──最大瞬間乙女力って一体……?
「……とまあ、幾つかの例を挙げましたが、それでもこれらは1,000OTMにも届きません。ですけど、潤さんの乙女力は平時で47,000以上を計測しています。はっきり言って桁違いですっ!!」
背後にどどーんと荒れる海原を連想させて。クルルは仁王立ちで力説。次いで潤に意味ありげな視線を向けて言い放つ。
何やらきらーんって感じで。
「──潤さん。あなた、好きな人がいますね?」
そして言われた潤は、一瞬で茹で上がったように真っ赤になる。そりゃあもう、それだけでクルルの言葉を肯定したようなものである。
「えっ、えええぇっ? い、いや、その……い、いいきなり何を………っ!?」
「ふっふっふっ。呆けてもだめです。潤さんの異常なまでに高い乙女力が何よりの証拠!」
クルルは全部お見通しだっ! とばかりにずびしっと潤に指を突き付ける。
「そしてその相手は……ずばり、鉄心さんですねっ!!」
「て、てっしぃんっ!?」
思わず声が裏返った。
「ち、違、それ違……ボクと鉄心は幼馴染で、そ、そんなんじゃ……そんな訳が……」
面白いように狼狽える潤を見て、クルルは自分の予測が的中したと確信した。
「いいんですよ、潤さん。誰かを好きになるのは大切なことであり、決して恥ずかしいことではないですよ」
なぜかとってもイイ笑顔でそう告げるクルル。いまだにあたふたしている潤を無視して、彼女のテンションは徐々に上がっていく。
「そして潤さんの高い乙女力と、先程言った人助けが関係するのです!」
絶好調のクルルは右手の人差し指をぴんと伸ばし、それを天を衝くように真上にかざす。
「潤さんっ! あなたにはその高い乙女力を用いて、『象徴』になってもらいますっ!!」
真上にかざした人差し指を、再度潤へと向ける。
「か……かりすま……?」
「そう、『象徴』ですっ! そして『象徴』と言えば、古来よりこれと決まっていますっ!! 人々の心に燦然と光を差し込む至高の存在。天より舞い降りた人々の希望──即ち、魔法少女ですっ!!」
「ま……まほう……しょう……じょ?」
思わず聞き返した潤に、クルルは悠然と頷いた。
「古来より、『熱情』を集めるための『象徴』は魔法少女と決っているですっ! これは有史以来、動かすことできない確定事象なのですっ!!」
「魔法少女……って、あの魔法少女っ!? あのステッキなんかを振り回してキラキラさせて、空を飛んだり力を秘めたアイテムを集めたり、それでいて強力な砲撃を放ったり、魔力の刃で切り結んだりするあれのこと? そ、そんなのボクには無理だよっ!!」
「な、何か違うような気もしなくもないですが……大丈夫です! 潤さんならきっと歴史に名を残す立派な魔法少女になれるですっ!」
「だからっ!! ボクが魔法少女になれる訳ないよっ!?」
「潤さんのその高い乙女力と、誰にも優しい性格なら絶対に魔法少女になれますですっ!!」
「だから無理だってばぁ……」
潤は目尻に涙を浮かべながら、うーって感じでクルルを見つめる。
その視線に思わずたじろぎながらも、更にクルルが説得しようとした時。
潤の口から零れ出た言葉によって、彼女の思考は思わずフリーズする。
「だ、だって……だってボク、男の子だよっ!?」
ごめんなさい。まだ魔法少女は出てきません。
も、もう少し待って……っ!