終章
終章 とある少年と少女の物語
「……増えて……ますね……」
「……うん……増えてるね……」
少女は深々と溜め息を吐き、少年はあははと愛想笑いを零した。
「にゅうううううううううぅぅぅぅっっ!!」
溜め息を吐いた少女が、突如喚き散らす。
「一体全体、どうなってるですかっ!?」
「いや、どうって言われても……ねえ?」
少女は乙女テスターの針の指し示す数値を凝視しながら叫ぶ。
「乙女力58,200OTMっ!? 前より増えてるじゃないですかっ!!」
少女──クルルは、目の前で愛想笑いを浮かべる少年──潤をきっと睨みつける。
「荒事専門の武闘管理官でさえ、その平均乙女力は30,000OTMぐらいって話ですよっ!? それなのに潤さんの乙女力はその倍近くっ!? ふざけてませんかっ!?」
因みにクルルの言う武闘管理官とは、管理官の中でも対『破滅』戦闘専門の上級管理官で、いわゆるエリート職である。
「そんなこと言われても……ねえ?」
喚き散らすクルルに対し、潤はにへらっと笑って同じことを繰り返し口にする。
「にゅ……幸せそうですねぇ、潤さん……」
「え? え? そ、そんなことないよ?」
そう答えながらも、潤の顔はほにゃらっとにやけっぱなしだ。
「まぁ、長年の想いがようやく実ったのですから、幸せなのは当然ですよねぇ? おそらく、乙女力が上昇したのもそれが原因でしょうし」
「お、想いが実ったなんて……あ、あれからあさひちゃんとは殆ど会ってないし……」
「でも、これから会うですよね?」
「うん……」
にんまりと笑うクルルに、顔を赤くした潤はこくんと頷く。
例の『破滅』騒動から、はや2週間が経過した。
今回の事件は大々的に全国ニュースとなって流れた。もちろん、裏で室町が関与して意図的に広めたのだ。
『破滅』の詳細は無用の混乱を避けるために伝えられなかったが、あの黒樹に関しては『魔法少女の宿敵である暗黒魔界植物』として報道された。
魔法少女がいるのだから、その宿敵が存在するのは必然、というのは室町の弁。
事実その報道を聞いた人々は、中には首を傾げたり真っ向から否定する者もいたが、大概の者はこの一言ですんなり納得したらしい。
この話を耳にした時、アルカンシェがどこか遠いところを見るような目をしたのは言うまでもない。
そして今や、アルカンシェの知名度は全国レベルとなり、曜日を問わず日本中から魔法少女目当ての観光客が、ここ勢能市を訪れるようになった。
これらの事実に、その計画が大当たりしたことで室町はその地位を確たるものにし、名実共に「名市長」と呼ばれるようになった。
更には、アルカンシェの直筆サイン色紙やサイン入り生写真などのレアグッズが当たる『魔法少女くじ』や、市役所のホームページから有料でダウンロードできる魔法少女の各種『着ボイス』などの新しい企画も準備中らしい。
そしてクルルもまた、当初の目算以上の『熱情』を収集した功績により、晴れて第13等級管理官に昇進した。
「これだけの実績を上げたのに、1階級しか昇進しないとは納得いきませんっ!! にゅぅぅぅぅぅっ!!」
と、当のクルルは不満たらたらだったが。
そしてあさひはというと──。
あの後、あさひはすぐに目を覚ました。
肉体的な怪我がないことは、服を着せた時にクルルが確認している。だが、精神的なものがないとは限らない。何と言っても彼女は『破滅』に取り込まれたのだから。
アルカンシェとクルル──オカメインコに変身し直している──がじっと見詰める中、あさひがその双眸を開く。
「あさ……じゃない、えっと……大丈夫かな?」
その問いかけに、あさひは横たわったまま視線だけをアルカンシェへと向ける。
「えっと……大丈夫? 気分が悪いとか、ない?」
訝しげに眉を寄せながらじっと自分を見詰めるあさひに、再び同じ質問をする。
あさひはゆっくりと身体を起こしながら、アルカンシェの問いに答える。
「ああ、大丈夫のようだ。多少頭痛は残っているが、それ以外は問題ない。ところで……」
「はい?」
「どうして、そんな真っ赤な顔をしているのだ?」
「えっ!?」
言われて両手を頬に当てるアルカンシェ。そこはかなりの熱を帯びていた。
長年恋心を抱いていた目の前の少女。その少女の心もまた、自分に向いていると知ってしまった以上、アルカンシェは、いや、潤は体温の上昇しっぱなしだった。
しかも、あさひの裸まで見てしまったし。
「こ、ここここここれは、そそそそそ、その……っ!」
ぱたぱたと顔の前で両手を動かしながら、何と言っていいのか判らないアルカンシェは、取り敢えず行動に移ることにした。
その行動とはすなわち、この場からの逃亡であった。
あさひからこれ以上の追求をされる前に、アルカンシェはふわりと舞い上がる。
「あ、おい、ちょっと待──っ!?」
何か言いかけたあさひを無視して、アルカンシェはいつものように優雅に一礼した。
「ほ、ほほほほ本日のところはこれにてフィにゃーレっ!! か、かかかカーテンコールはご容赦ねがいますにぇっ!!」
決め台詞は噛んじゃったけど。
そしてアルカンシェは、そのまま凄い勢いで飛び去った。
それはもう、ばびゅーんって感じで。
残されたあさひが何やら意味ありげな苦笑を浮かべていたことも知らずに。
にまにまと意味ありげに笑うクルルに見送られて、潤は赤崎家を後にした。
あれ以来、潤は妙に意識してしまってあさひを避けていた。なんせ遠くから姿を見ただけで、心拍数は上がり、体温も上がり、おまけに声の音程まで上がってしまうのだ。
そんな不審行動丸出しの情況で、あさひと向き合える訳がない。尤も、学校はすぐに夏休みに突入したのでさほど会う機会もなくなったのだが。
だが先日あさひからメールが届いた。内容は会って話がしたい、というもの。
こうなってはもう逃げる訳にもいかない。そして潤は一つの決心を固めた。
そう、あさひに告白するだ。
そして今日が、そのあさひと会う約束をした日なのである。
あさひの気持ちは知っている。あさひの想いは既に知り得ている。だからと言って、このままなあなあにする訳にはいかない。
「だから……男の子のボクの方からはっきりと言わなくちゃ……ね」
あさひとの待ち合わせ場所に向かいながら、潤は誰にともなく呟く。そして、うん、と一つ気合いを入れ直して、潤は目的地へと足を急がせた。
あさひとの待ち合わせ場所。それは彼らの母校たる水無瀬学園中等部の校門前だった。
「潤。私はおまえのことが好きだ」
と、潤は最初からいきなりとんでもないカウンターをくらった。
潤が校門の見える所まできた時には、既にあさひは待っていた。
どくん、と一つ高鳴る鼓動。それが聞こえた訳でもないだろうが、あさひがこちらへと振り向いた。
「あ、あさひちゃんっ!」
潤は一声かけてあさひへと駆け寄る。そんな潤を出迎えたのが先程の一言だった。
だから、思わず潤は頭から大地へとダイブ。
そりゃもう、ずるべしゃぁっ、って感じで。
実は昨夜、あさひに会ったらどういう段取りで告白へ繋げようかと何パターンも考え、実際に1人で練習なんかもしちゃった潤である。
しかも1時間ぐらい。
それなのに、まさかあさひの方から先制打を浴びせてくるとは。地面にダイブかましたままの格好で潤はパニックに陥る。
告白する一大決心とか、昨夜の告白の練習とかが、あさひの一言で全て無駄となった。
これからどうしようと地面に横たわったままあたふたする潤に、あさひはゆっくりと近づくとその手を差し伸べた。
「ほら、掴まれ。どうしてそんな何もない所で転ぶんだ?」
やや呆れ口調でそう言うあさひの手を取り、潤はようやく身体を起こす。
「あ、ああああ、あの、あのね、あさひちゃんっ!!」
「まあ、待て。待ってくれ潤」
真っ赤になって何か言おうとする潤を、あさひはすっと手を上げて遮った。
「おまえにも色々と言いたいことはあるだろうが、ここはまず、私の話を先に聞いてくれないか?」
潤が頷くのを確認し、あさひは再び言葉を紡ぐ。
真っ正面から潤を見据えて。頬を朱に染めながらも微塵の動揺も見せることなく。
そしてあさひは潤の心に響く会心の一撃を放つ。
「私は潤が好きだ。お前がどんな性癖をしていたとしても、この想いは決して揺るぎはしない。例えそれが……女装癖であったとしても!」
「へ……? ま、待って待って待ってっ!? ぼ、ボクに女装癖なんてないよっ!!」
慌てて否定する潤に、あさひは何だかとってもイイ笑顔を向ける。
「安心してくれ。私は潤の全てを、ありのまま受け入れてみせる」
「き、聞いてよ、あさひちゃんっ!! ボクには女装癖なんて──」
「おまえだって、私の胸が小さくても構わないと言ってくれたじゃないか」
ぴきり、と潤の表情が凍りつく。
「おまえなんだろう? あの魔法少女の正体は」
「ど……どうして……え? え? もしかして、認識迷彩が効いてなかった? あれ?」
狼狽える潤を、とても愛しそうにあさひは見詰める。
「あ……あさひちゃん……」
「おまえは私を救ってくれた。聞こえたんだ。あの闇に捕われている中で、確かにお前の声が聞こえた。おまえは言ってくれたな? 胸の大小は然したる問題ではないと!」
「聞こえたのってそこなのっ!?」
「もちろんだっ!!」
即答だった。何だか色々と台なしになった気分で、心の中でがくりと跪く潤。
「そんな顔をするな。私にしてみればかなり重大な問題なんだ」
あさひは胸に右手を当てながら瞳を閉じる。脳裏に焼きついているのは闇を切り裂く光輝く拳。それは幼い頃より、あさひを魅了し続けた拳と同じもの。
だが実際に彼女を闇から救い出したのは、最近噂の魔法少女だった。
だからあさひは魔法少女の正体に気付いた。いや、あさひだからこそ魔法少女の正体に気付けたのだ。
閉じられていた瞳が再び開かれる。そこに宿っているのは極めて真摯な光。
「何度でも言おう。私、瀬戸あさひは赤崎潤、おまえが──好きだ」
再び真っ正面から告げられて。
頬に熱が宿るのを感じながら、潤も真剣な表情をあさひに向ける。
「うん。ボクもあさひちゃんが好きだよ。ずっと前から……あさひちゃんが好きだったんだ」
共に相手の瞳を見詰めながら。共に長年の想いを抱きながら。
少年と少女は互いの気持ちを確かめ合い、そしてどちらからともなくその手を繋ぎ合わせた。
照れたような、だけどとても幸せそうな笑みを浮かべつつも、潤は溜め息を1つ零した。
「あーあ、ボクから告白しようって決心したのに、結局全部あさひちゃんに言われちゃった」
「当然だ。これから私は強くなるんだ。告白の1つや2つできないでどうする」
それに、とあさひは胸の中で付け加える。
事前にお互いの気持ちを知っていたんだ。この告白はある意味インチキなんだよ、と。
「正直、私は今まで自分が嫌いだった。だが、おまえはそんな私にずっと憧れ続けていたと言ってくれた。それを聞いた時、私は自分が好きになれそうな気がしたんだ」
「あさひちゃん……」
「だからな、潤──」
あさひはしごく真面目な表情で潤に告げる。
「──おまえも好きな時に女装していいんだぞ」
「へ?」
「お前の趣味をもっと理解したいんだ。それにきっと似合って可愛いいだろうし」
「だから違うからっ!! そもそもボクが魔法少女をやることになったのは、色々と複雑な事情があるんだよっ!! ボクに女装癖はないよっ!!」
「むぅ、ならば私が男の格好をしよう。そうすれば見た目ばっちり」
「何がむぅなのっ!? 何が見た目ばっちりなのっ!? それにその無駄にイイ笑顔はっ!?」
手を繋いだまま楽しそうに言葉を交わす少年と少女を、通りかかった主婦が不思議そうに振り向き、次いで微笑ましい表情を浮かべる。
二人の声を吸い込むような蒼穹には、まだ正午には程遠いというのに燦々と自己主張をして止まない太陽の輝き。
手を繋ぎ合わせた少年と少女は、そんな太陽に負けない笑顔を互いの想い人へと向けた。
以上をもちまして、『虹風のアルカンシェ』は完結します。
一応、この続きの構想だけはあるんですが、実際に書くかは現在のところ未定です。
もし、続きが読みたいという方がおられましたら、その時に改めて続きを書いてみようと思います。
短い間でしたがありがとうございました。




