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虹風のアルカンシェ  作者: ムク文鳥
勢能市の魔法少女編
14/30

    3話

 クルルはとってもご機嫌だった。

 潤と一緒に始めた『熱情』集めは実に順調。先日も上司である支部長から直接連絡が入り、規定量以上の『熱情』が集まっていると労いの言葉と共に、ほんの僅かだが臨時ボーナスの支給もあった。

 尤も、その臨時ボーナスは既にお菓子と化して彼女のお腹に納まってしまったが。


「にゅにゅぅっ! この調子だと、自分の出世も間違いなしっ! かもです。これも潤さんと市長さんのおかげですね」


 先程の市長との面会を思い出すクルル。あの時、何故か潤はとても落ち込んでいた。


「この町の未来がちょっと心配になって。いや、市政とか財政とかじゃなくて別の方向で」


 と理由を訪ねたら潤は答えていた。クルルには何が心配なのか今1つ判らなかったけど。

 その潤はといえば、夕飯の買物のためスーパーに行くからと別行動。

 何でも豚肉の特売があるそうで、その豚肉で人参とチーズを巻いて衣をつけ、油で揚げたものが今晩の主菜らしい。


「うふふふ。とっても楽しみです。潤さんの作るご飯はとっても美味しいのです。にゅぅぅぅ」


 ちなみに、最後の『にゅぅぅぅ』は思わず溢れ出た涎を吸い上げる音だったり。

 普段、潤の学校のある時の買物は、これまでは初穂が行っていたが最近はクルルの担当になっていた。潤が考えたその日の晩ご飯の献立に合わせて、予め彼から何を買っておくかメモを渡されるので、それに従って買物をするのがクルルの仕事である。

 潤はどこで何が安いのか事前に広告などで完璧にチェックしているから、クルルは特に何も考えず潤のメモ通りの品物を、メモ通りの場所で買物を済ますだけ。

 クルルは今晩もきっと美味しいはずです、と夕食に思いを馳せ幸せな気分に浸る。だが、その幸せ気分もほんの僅かの間だった。

 不意に彼女のポシェットから、ぴりぴりぴりと電子音が響いたのだ。


「え──?」


 思わず足を止めるクルル。そして我に返ると、慌ててポシェットから乙女テスターを取り出す。


「お、乙女テスターが……」


 乙女テスターに設定された針が、大きく揺れ動いていた。


「……乙女力3,910OTM……? これって……」


 潤の47,000OTMには到底及ばないものの、それでもかなり大きな乙女力である。そんな乙女力の持ち主がこの付近にいるらしい。


「既に潤さんが『象徴』になってくれましたが……取りあえず、この乙女力の持ち主が誰なのかだけでも、確認しておいた方がいいですよね」


 クルルはそう判断すると、乙女テスターが反応する方向へと駆け出した。




──いつまで経っても私は弱いまま──


 そんな思いが胸の中でざわめき続ける。

 彼の傍に自分の知らない女の子がいる。

 それだけのことで胸が押し潰されそうになる。

 長年剣道を続けて来て、肉体的だけではなく精神的にも少しは強くなったと思ったのに。

 少しは彼の強さに近づけたと思ったのに。

 だが実際には自分は弱いままで。彼の背中は遠いままで。

 あさひは現実に打ちのめされた気分のまま、一人ブランコを軋ませた。

 鉄心の家からどこをどう通って、この公園に辿り着いたのかまるで覚えていない。

 気付いたらこの公園にいて、何とはなしにブランコに乗った。

 公園内に人影はなく、あさひは一人俯いたままブランコを軋ませる。

 どれくらいそうしていただろうか。ずっと一人でブランコに乗っていたあさひの前に人影が立った。


「こんな所にいたのか」


 自分にかけられた声。幼い頃より聞き慣れた声。その声にあさひは伏せていた顔を上げる。

 見上げた先には思った通り、呆れ顔の従兄妹が立っていた。


「急にいなくなるからびっくりしただろ」

「……ちょっと考え事をしたかっただけだ。心配させたのは誤る……」


 あさひは力のない声で答えると、再びきいきいとブランコを軋ませる。

 相変わらずだな、こいつは。

 鉄心は内心でそう呟くと、彼女の隣りのブランコに腰を下ろす。

 あさひはこう見えて昔からかなり落ち込みやすい。今回は一体何が原因でいきなり落ち込んだのか知らないが、こうなった時は無理をせず根気よく待つのが一番。

 付き合いの長い鉄心は、そのことをよく承知していた。

 しばらく二人は無言でブランコを軋ませていたが、ふと思い出したように鉄心が呟いた。


「──そういや、ここだったよな」


 その呟きを耳にしたあさひが俯き加減で無言のまま、何のことだと言いたげに視線だけを鉄心に向ける。


「なあ、おまえって潤が小学生の頃、一時期苛められてたの覚えてるか?」

「小学生の頃?……ああ、覚えている。その時は同じクラスだったからな」


 ブランコを揺らし、再び地面を見詰めながらあさひは答えた。

 それはあさひにとって、ある意味今の彼女を形作った元となる事件でもあった。

 だからあの時のことは忘れようがない。だがあさひは、辛うじて覚えているような振りをした。

 苛めの始まりは些細なこと。それまで苛められていた生徒を潤が庇ったため、苛めの標的が潤へと移行したのだ。


「俺、その時はクラスが別だったから、しばらくそのことに気付かなくてさ。気付いた時にはあいつ、クラス中から無視されていた」

「そうだったな」


 当時、あさひだけは普通に潤に対応しようとしたのだが、それを他ならぬ潤自身が断った。


「ボクに話しかけたりすると、今度はあさひちゃんまで苛められちゃうもの。だからボクには話しかけないほうがいいよ」


 その時の弱々しい笑顔を、あさひは今でも鮮明に思い出せる。

 いつもの花のような爽やかな笑顔ではない、彼には似合わない沈んだ暗い笑顔。


「だが、そんな状態もいつの間にか納まっていたな」


 あさひの記憶によれば、確かに潤はクラスで孤立していた。だがそんな状態も長続きはせず、いつの間にか元に戻っていた。


「ああ、それは俺が潤を苛めた連中をボコったからだろ」

「な、なに? おまえ、そんなことしたのか?」


 驚きの余り、思わず鉄心の方を振り向くあさひ。だが当の鉄心はといえば、当然だとばかりに言い放つ。


「当たり前だ。潤を苛める奴を、許しておける訳ないだろ?」


 当時、空手の経験者であることもあり、鉄心は学年中でも一目置かれた存在だった。

 その鉄心が潤を全面的に庇ったことにより、潤への苛めはあっという間に沈静化した。

 元よりクラスメイトたちは、潤を直接苛めていた連中が怖くて、彼のことを無視していたに過ぎない。

 もし潤を庇ったり、潤と仲良くしたりすれば、今度は自分が苛められるのではないか、と考えたからだ。

 しかし、その中心人物たちが潤に関らなくなった以上、彼に冷たく当たる必要がなくなったのだ。

 それで潤の問題は終息を迎えた訳だが、鉄心の方はそれで終わらなかった。


「ということは、その後に何かあったのか?」

「まあな。このことは潤には絶対オフレコだぞ? 苛めた奴らをボコったことと併せてな」


 自分の言葉にあさひが頷いたのを見届けると、鉄心は続きを話し始める。


「あの後、俺がボコった奴の一人の兄貴ってのがしゃしゃり出てきてな。この公園に呼び出された。もちろん、俺を痛めつけるのが目的でな」

「あ、兄貴が? 一体幾つだったんだその兄貴というのは?」

「んー、確か当時の俺たちが小学4年生だったか? んで、その兄貴ってのは中学3年生とか言っていたな」

「ご、五歳も年上じゃないか。なんて大人げない奴だ。そ、それでおまえはどうなったんだ?」

「結果から言うと引き分け?」


 当時の鉄心たちにとって五歳の年齢差は、肉体的にも精神的にも極めて大きな差であった。

 だが鉄心はそんな差など気にすることもなく、真っ向から中学生に立ち向かった。

 いくら殴っても泣きもせず、誤りもしない鉄心。それどころか、逆に殴り返してさえ来る。

 そんな鉄心にやがて中学生の方が嫌になり、捨て台詞を残して立ち去って行ったのだ。


「けど引き分けといっても、小学4年生と中学3年生だ。実質俺の勝ちだよな?」


 自慢げにそう告げる鉄心に、あさひは呆れて苦笑を浮かべる。

 それに釣られるように、鉄心もまた静かに笑い出す。

 一頻り笑い合う2人。何とかあさひの精神状態も向上し、穏やかになりかけた時。鉄心がふと思い出したように呟いた。


「あ、クルルを拾ったのもこの公園だったな」


 ぴきり。

 ようやく穏やかになってきた空気が、一瞬で元の冷たさに逆戻りした。

 もしこの場に第三者がいたならば、きっとこう言っただろう。


「何かが割れる音がした。物理的に。ぱきんって感じで」


 と。




 公園に足を踏み入れたクルルは、何かが地面に落ちていることに気付いた。

 一体何だろうと思った彼女は、近付いてみてそれが人であることに更に気付いた。

 しかも、それはクルルがよく知っている人物だったりした。


「にゅにゅ? 鉄心さん?」

「ん? あー、クルルか……」


 地面に寝転がったまま、首だけ持ち上げて鉄心は答えた。


「地面に寝転がって何やってるです? 新しい遊びですか?」

「あー……まぁ、その、何ていうか……俺にもよく判らん」

「にゅぅ?」


 それまで穏やかに笑っていた筈の従兄妹が、急に立ち上がったかと思うと、実に切れのいい回し蹴りを鉄心に叩き込んだ。

 不意を突かれたこともあり、しかも振り上げた従兄妹の形の良い足──とその奥の乙女の秘密地帯──に思わず目を奪われた鉄心は、その回し蹴りをまともにくらって大地と抱擁を交わすことになったのだ。

 鉄心を蹴り飛ばした従兄妹は無言のまま再び立ち去り、そこに運良くというか悪くというか、クルルが現れたのだった。


「それよりも鉄心さん、ここに誰か居ませんでしたか?」


 辺りを見回したクルルは、未だに伸びている鉄心を見下ろしながら尋ねる。


「あー……、うん……いや、誰も居なかったぞ」


 鉄心はまさか女の子にやられたとは言いづらくて、思わず本当とは真逆なことを言う。


「うーん……おかしいですねぇ……」


 クルルは手の中の乙女テスターを見詰める。先程までは確かに反応していた乙女テスターが、今はすっかり沈黙してしまった。

 どうやら先程の乙女力の持ち主は、既にテスターの感知範囲から出てしまったようだ。


「仕方ないです。もしかすると、また反応があるかもしれないです。それより、鉄心さん立てますか?」


 今だに地面に寝転んだままの鉄心を助け起こそうと、クルルは彼の元へと近づいていく。

 その時、彼女のポシェットから再び電子音が鳴り響いた。


「あれ? この音は……潤さん?」


 しかしそれは乙女テスターの反応音ではなく、クルルが持つ端末の呼出音。しかも潤専用に設定した呼出音だ。


「もしもし、潤さんですか? 今、鉄心さんが──」


『大変なんだよクルルっ!! 今すぐこっちに来てっ!!』


 端末を耳に当てた途端、飛び出したのは切羽詰まったような潤の声。

 こんな潤の声を聞くのは初めてのクルルは、思わずびくりと身を震わせる。


「潤さんっ!? 今、どこですかっ!?」

『商店街っ!! オカメインコに変身してすぐに来てっ!! ボクもどこかでアルカンシェに変身するからっ!!』

「だから、あれはオカメインコじゃなくて神鳥ガルーダの幼生……って、どうやらそんなこと言ってる場合じゃないみたいですねっ! 判りましたっ!! すぐに行きますですっ!!」


 どうやら事態は、潤が変身を必要とする程のようだ。潤の声の様子と合わせてそう判断したクルルは、端末をポシェットにしまうとそのまま身を翻した。


「お、おいっ! 潤からだろ、今のっ!? 何かあったのかっ!? おぅわっ!?」


 会話の様子で潤からの電話だと悟った鉄心は、慌ててクルルの後を追うために立ち上がろうとした。

 しかし、先程のあさひの蹴りが思いのほか効いていたようで、再び地面に倒れ込む。


「く、くそっ!! お、おい、クルルっ!! 待てってばっ!!」


 鉄心は必死に呼び止めようとするが、クルルはそのまま公園から走り去って行く。


「ちぃっ!! くそっ!!」


 それでも何とか鉄心は立ち上がる。そしてよろめきながらも、クルルの後を追って公園を飛び出して行った。

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