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虹風のアルカンシェ  作者: ムク文鳥
勢能市の魔法少女編
13/30

    2話

 それから1ヶ月程経ち、梅雨明けも間近な頃。潤はその間、放課後や休日などの暇を見ては、魔法少女となって町中を見回った。

 そして困った人や動物を見付けると、正に風のように現われては彼らに救いの手を差し伸べた。

 迷子の親探しや重い荷物を持った老人の手伝い、買物途中で故障した主婦の車の修理、転んで怪我をした子供の傷の治療、木に登って降りられなくなった猫を降ろしてやり、火事の鎮火の協力や逃げ遅れた飼犬の救出、ひったくり犯の捕縛など。

 もちろん、それらの活躍はクルルや室町配下のスタッフたちの手によりニュースとして報道される。やがてその話題は勢能市だけに留まらず、あっという間に全国規模にまで発展した。

 最近では市が販売している魔法少女関連の土産物やキャラクターグッズが飛ぶように売れ、魔法少女目当てと思しき人たちが、市内のそこかしこで見受けられるようになった。

 彼らは市が発行している『魔法少女活躍マニュアル』なる冊子を眺めながら、以前にアルカンシェが活躍した場所を巡ったり、活躍する現場に遭遇しないかとデジカメやハンディカムを片手に町中を歩き回っている。

 中には市外どころか県外から泊まりがけで訪れるような者もいて、市内にある数少ない宿泊施設はかなりの賑わいを見せているそうだ。

 そして本来の目的である『熱情』集めの方も順調で、クルルは上司から誉められましたぁ、と上機嫌なことこの上ない。

 無論、勢能市の市長である室町もご機嫌である。最近では各所からアルカンシェの問い合わせが殺到し、それを裁くのに一苦労する程だった。




「──ですから彼女の正体に関しては私も全く知らないのですよ。は? 何でもいいから教えてくれ?」


 室町は今日も市長室で、魔法少女に関する問い合わせの電話に対応していた。今回の相手は全国区の大手テレビ局である。

「私が彼女に関して知り得ているのは、彼女も我が市を愛する市民の1人、ということぐらいです。何? 具体的なプロフィールが是非とも知りたい? いやそれはできない相談ですな。仮に私が知っていたとしても、それを教えると個人情報保護法に抵触しますからな」


 それからしばらく押し問答を続けた後、ようやく相手が諦めて電話が切れると、室町はふうと一息ついて椅子の背もたれに身体を預けた。

 するとそれを見計らって、秘書が一杯の珈琲を指し出す。


「よろしいのですか?」

「ん? 何がかね?」


 差し出された珈琲を一口飲むと、室町は秘書に向かって切り換えした。


「彼女……アルカンシェのことです。スタッフに命じれば、彼女の正体を探ることは難しくないかと」


 秘書の問いかけに、室町は軽く笑うとその必要はないと断言した。


「彼女たちは誠意を以って我々に協力してくれている。彼女たちなりの目的はあるとはいえ、一切の見返りを要求することもなく、だ。ならば我々も誠意を以って相対するのが人としての礼儀というもの。だから正体を詮索しないという彼女たちとの約束は守らねばならん」


 上司である室町がそう言う以上、秘書は黙って引き下がる。

 それからしばらくすると、こんこんと市長室のドアがノックされた。


「おお、来たか。入りたまえ」


 室町に命じられるより早く秘書がドアを開けると、そこに待っていたのはアルカンシェとオカメインコ形態のクルルだった。

 なおその背後には、噂の魔法少女の実物を一目見ようと、市役所の職員たちが遠巻きにこちらの様子を窺っているのが市長室からもよく見えた。


「あの、市長さん? 今日はどういう用件ですか?」

「そんなに慌てることもあるまい。まずは座りたまえ。お茶の用意をさせよう」


 数日前、クルルの端末に室町より連絡が入った。何でも話があるから市役所まで来て欲しいそうだ。

 潤とクルルは相談の上、市長の要請を受けて市役所を訪れることにした。

 特に日時は指定されていなかったので、学校が休みである次の土曜日に面会すると決めて、本日こうして市役所まで足を運んだのだ。

 先日と同じようにソファに腰を下ろすと、秘書の女性がアルカンシェの前に紅茶を差し出す。

 小さな容器できちんとクルルの分も用意する辺り、この女性の細やかな気配りが伺えた。


「うむ、話と言うのは他でもない。きちんと礼を言おうと思ってな」

「お礼、ですか?」


 こく、とアルカンシェが小さく首を傾げる。


「そうだ。現在我がプランは順調と言っていいだろう。市外県外からの観光客は日増しに増え続け、君をモデルにした防犯防災のポスターも好評だ。市で発行している魔法少女関連の冊子は順調にさばけているし、『アルカンシェ饅頭』や『魔法少女煎餅』を始めとした土産物、マグカップやタオル、同人誌などのキャラクターグッズの売れ行きも好調だ。これも全て君の活躍の賜物だよ」


 と、機嫌よく笑う室町。だが、アルカンシェはそれどころではなかった。


「待って待って待って! ど、同人誌って何ですかっ!?」

「おや? 知らないのかね? 同人誌とはだね……」

「ボ、ボクも同人誌ぐらいは知ってます! だけど……」


 問題はそこじゃないと突っ込みたいアルカンシェ。だが室町はそんなアルカンシェを制して立ち上がると、市長の机の引き出しから表紙はきらびやかだが、妙に薄い冊子を数冊取り出して戻って来た。


「そう言えば、まだ君には見せていなかったかな? これが現物だ」


 それは明らかにアルカンシェをモデルとした、何ともカラフルでリリカルな表紙の数種類の同人誌だった。慌てて中をぱらぱらと確認してみると、自分自身が実際に活躍した話を元にした漫画が描かれていた。しかも無駄に絵が上手い。


「にゅぅ、凄いです。とっても上手です」

「い……一体誰がこんな漫画を描いたんだろう……?」

「私だ」

「し、市長さんがっ!?」

「市が発行する同人誌だ。市長が執筆するのは当然だろう?」


 と、よく理解できない理由を述べる現職市長。


「こう見えても、若い頃は色々なことに挑戦してね。プロの漫画家を目指していた時期もあり、一時は売れっ子同人作家と呼ばれたものだよ。まあ、昔取った杵柄という奴だね」

「凄いですよ、市長さん! 見直しましたっ!!」


 呆然とするアルカンシェ。それとは反対にクルルは大喜び。

 そんな彼らに気を良くしたのか、室町は更なるプランもあるんだ、とそのプランの試作品を見せてくれた。

 それは彼が描いた同人誌を元にしたと思われる、アルカンシェ自身は取ったこともないような、これまた無駄に躍動感溢れるポーズを決めたフィギュアだった。


「…………も、もしかしてこれも…………?」

「うむ。私が原型を造った。それを元に、現在市内の工場で急ピッチで生産している。実際に販売されるまではもう少しかかるが、既に初回ロットは先行予約で一杯になっていてね、店頭販売は更に後になるかな」


 上機嫌な室町とは真逆に、アルカンシェの心は深く深く沈み込む。

 確かに市の経済状況はよくなり、仕事が増えたことで就業率も上がるだろう。だが。それでも。やっぱり。


──この町はどこに向かって行くのかなぁ。


 そんな思いで胸が一杯になるアルカンシェ。そして、それとは真逆に。


「凄いですっ! こんな営業展開もあったんですねっ! これならもっともっと『熱情』が集められそうですっ! 尊敬しますよ、市長さんっ!」


 クルルは尊敬の眼差しで室町を見つめる。

 いや、と言ってもオカメインコ状態だから普段とさほど変わりないけど。




「おや、なんだ居たのか、鉄心。しかも一人とは珍しい」


 不意に聞こえた声。だがそれは見知らぬものではなく、よく知った声だった。


「ん? あさひ? どうしてあさひが俺の家に? ってか、玄関鍵かかってなかったか?」


 学校が休日の土曜日の午後。鉄心が自宅のリビングでテレビを眺めていると、そこにあさひが姿を見せた。


「かかっていたさ。何度もチャイムを鳴らしたんだがな」

「ああ、悪ぃ悪ぃ。テレビに夢中で気付かなかった」


 あさひがそのテレビに注意を向ければ、地方局製作による、最近よく耳にする噂の魔法少女の特集番組だった。


「鍵ならこの前、叔父さんから預かった。もし誰も居なくとも、いつでも書斎の本を持って行っていいと言われたぞ」


 と、あさひは手にした鍵を鉄心に見せる。


「そう言や昨夜、親父から言われたっけ。もしあさひが来たら渡してくれって。これだろ?」


 そう言って鉄心は、昨夜父親から預かって、そのままリビングのテーブルに置きっぱなしにしていた小説をあさひに差し出した。だが当のあさひは、差し出された小説を受け取ることもせず、きょろきょろとリビングを見回している。


「どうした? これじゃないのか?」

「あ……いや、その……鉄心一人……なのか?」

「おう。見た通り俺だけだぞ。親父もお袋も土曜日は出勤だしな」


 彼の両親が土曜も出勤するのは、当然姪であるあさひも知っている。だがそれでもあさひは、相変わらずリビングの中を見回すばかり。

 鉄心が不思議そうな顔をしているのに気付くと、あさひは慌ててその理由を口にした。


「い、いや、お前が一人なのは珍しいと思ってな。潤は今日は一緒じゃないのか?」


 僅かに頬を朱に染め、視線を彷徨わせながら尋ねるあさひ。


「おいおい、いくら俺と潤が親友だと言っても、四六時中一緒にいる訳じゃないぞ。それに潤はここんと忙しいらしくてな」

「潤が忙しい?」

「ああ。何でもクルルの手伝いをするとか何とか。今日も2人で出かけたよ」

「クルル?」


 ぴくん、と。あさひの形の良い眉が僅かに動く。


「そういや、あさひはクルルのこと知らなかったっけな。クルルってのは、ちょっと前に俺と潤が拾った外人の女の子でな、何でも仕事が上手く行かなくて住むとこがないってんで、今は潤の家で居候してる」

「拾った外人? 女の子? 潤の家に居候?」


 あさひにとって初耳のことばかりだ。


「潤とも妙にウマが合うみたいで、あっという間に仲良くなったな。ま、きっと潤のことだからクルルの仕事探しの手伝いでもしてんだろ?」


 鉄心のクルルに対する認識は、海外から出稼ぎに来た外人で、日本に来たのはいいが職に就けずに路頭に迷っていた、というものだった。

 だから、ここ最近潤とクルルが2人で出かけるのもクルルの職探しのためで、潤がそれを手伝っているのだと思っている。


「そんなことがあったのか……」


 あさひはそう呟くと、そのまま口元に右手を当てて何やら考え込む。

 ぶつぶつと口の中で何やら呟いているあさひに、鉄心は首を傾げつつも視線をテレビに戻そうとした。

 ここのところ、すっかり噂の魔法少女のファンになっている鉄心。

 最近の彼の部屋は、買い込んだアルカンシェ関連のキャラクターグッズで浸食されつつあるほどだ。

 先日、学校帰りにこの家に立ち寄った時、彼の部屋の様子を目撃してしまった潤は、思わず手にしていた鞄を取り落として、しばらく固まったまま身動き1つしなかった。

 そんな彼にしてみれば、突然訪ねて来た従兄妹よりも、魔法少女の特集番組の方が重要なのである。

 だが、鉄心の意識は再び従兄妹へと引き戻されることになる。


「そ、それで、その……クルルという人はどのような人物なのだ? そ、その、お前の目から見て、なんだが……」


 頬を朱に染めたまま、クルルのことを気にするあさひ。


「クルル? 何でまたお前がそんなことを?」

「何でって、その……そ、そう! ふ、普段から浮いた噂の1つもない従兄妹殿の口から女性の名前が出たんだ。気になっても当然だろう? も、もちろん従兄妹として、だぞ?」


 『浮いた噂の1つもない』などと口にしたあさひが、実際は鉄心に関わるそっち方面の噂は何度か耳にしたことがあった。

 と言っても、その噂の7割は潤と一緒にいるところを勘違いされたものなのは言うまでもない。ちなみに、残る3割はあさひ本人との噂であったりする。

 どこか不自然な態度のあさひに首を傾げながらも、鉄心はクルルの姿を脳裏の浮かべながら説明する。


「髪は金髪で背は潤よりもちっこい。見た目は可愛いタイプだけど、ありゃ小動物的な可愛さって奴だな。性格は何というか、おどおどしているというか……下っ端?」

「何だ、それは」


 鉄心の言いたいことが今一つ明確に理解できずに、首を傾げるあさひ。


「いやな、下っ端ってイメージがどうにもしっくりくるんだ。おお、そうそう……」


 鉄心がふと思い出したように付け加え、にへらっと笑った。


「胸はでかいな。ありゃ、冬華姉よりでかいんじゃね?」


 鉄心の脳裏に浮かぶはクルルの二連邦。ちょっとしたことでふるふると揺れるその双丘に思わず目が行ってしまうのは、思春期の男の子としては仕方のないことだろう。

 鉄心の言葉を聞き、思わず自分の胸を見下ろするあさひ。その起伏は何とも乏しく、彼女の気持ちを暗くする。


──む、胸? やっぱり大きな胸の方がいいのか?


 自分の胸に手を当てたまま、ぶつぶつと尚も何やら呟くあさひ。

 そんなあさひにどこか薄ら寒いものを感じた鉄心の耳に、澄んだ声が飛び込んでくる。


『────にてフィナーレ。カーテンコールはご容赦願います』

「うおっ! しまったっ! 一番いいところを見逃したっ!?」


 慌てて振り向けば、画面の中ではアルカンシェが空へ舞い上がったところだった。


「だ、大丈夫だ! この特番はちゃんと録画して……あ、あれ? 録画動いてねえぞ?……ぎゃあああああっ!! もしかして、録画設定間違えたっ!?」


 余りの悔しさに血の涙を流す勢いの鉄心。今の彼は間違いなく真っ白に燃え尽きていた。

「そ、そうだ、潤の奴がこの番組を録画……してないだろうなぁ……あいつアルちゃんのこと興味なさそうだし……」


 魔法少女に関しては、極めて淡白な親友の態度を思い出し、改めて鉄心は落ち込む。

 ひょっとしてクラスの誰かが録画していないかと思考を巡らしつつも、鉄心はクルルについての説明を続けた。


「そういやこの前も、近所のおばちゃんにクルルのこと聞かれたな……って、あれ?」


 視線をテレビに向けたままだった鉄心は、自分の言葉に返事がないことに気付く。

 不審に思って振り返れば、そこに既にあさひの姿はない。


「あれ?」


 もう一度呟く鉄心。それはテーブルの上に置き去りにされたままの小説が眼に入ったから。彼女はこれが目的でこの家に来た筈ではなかったろうか。

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