表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹風のアルカンシェ  作者: ムク文鳥
プロローグ
1/30

序章

序章 とある上司と部下の遣り取り


「実に由々しき事態だ」


 と、彼は少女を前にしてそう切り出した。彼と少女の関係は上司と部下。上司である彼の呼出を受けた少女は、彼の執務室とでもいうべきここを訪れた。

 そして開口一番、上司の口から零れ出したのが、先程の言葉だった。

 少女は上司の言葉の意味を計りかねたが、それでも彼女なりに状況の把握に務める。

 だが、その努力が結実するよりも早く、上司の更なる言葉が少女の耳に届いた。


「この不況のあおりを受けて、このままでは我が支部は遠からず潰れるだろう。今暫くはこれまでの蓄えを切り崩すことで持ち堪えるだろうが、それもいつまで続くか……」


 そう言うと彼は、机に肘を着き、両手の指を組んでそこに広々とした額をのせ、肩を落としながらふぅと溜め息を吐いた。

 その際、ここ最近随分と寂しくなり、すっかりバーコード状になってしまった彼の頭髪が力なく揺れた。

 彼女とて以前から、自分が所属する支部の未来が明るくないのは薄々気付いてはいた。だが、所詮は下っ端でしかない彼女にできることなどそう多くはない。

 しかし、こうして上司に呼ばれて話を聞かされている。これはひょっとすると、噂に聞く経費削減のための雇用縮小──所謂リストラ──の対象に自分が選ばれたのだろうか?


「……あのー……我が支部の状況が芳しくないことと、自分にどのような関係が……?」


 それでも一応、少女は上司に尋ねてみる。もし本当にリストラの対象となってしまったのなら、何とかしてそれを撤回してもらわねば。


「君には我が支部の立て直しに尽力してもらいたいのだよ、クルル・ミルル・パルル君」

「あのですね? 自分、下っ端もいいとこですよ? その自分に一体何を……」


 どうやらいきなり解雇される訳ではないようだ。そう思い少女はこっそりと安堵の溜め息を吐く。

 だがしかし、この簾頭の支部長が、人の名前をフルネームで呼ぶ時はろくなことがない。そのことをクルルと呼ばれた少女は、数少ない支部の同僚から聞き及んでいた。

 そしてそれは事実となる。やっぱり、かなり良くない方向で。


「君には現地に直接出向いて貰いたい」

「う、うにゅっ!? じ、自分が現地に直接行くですかっ!?」

「現地にて我が支部を運営する上で、必要不可欠なものの調達。それが君の業務内容だ」


 端的に業務内容だけを告げる上司に、クルルはその詳細な内容を問い質す。


「あ、あの……具体的に自分はどうすれば……?」

 クルルのこの問いに支部長は、黙って執務机の引き出しから何かを取り出した。

「これは一体……何ですか?」


 支部長が取り出したもの。

 それは煙草の箱ほどの大きさで色は黒。

 上面にある扇形の窓には目盛が刻まれていて、その目盛を指す赤くて細長い針が視認できる。

 その目盛盤の下には、スイッチと思われる大きなノブ式のダイヤル。そして本体側面にある小さな突起は、おそらく引き出してアンテナとなるのだろう。

 それが支部長が取り出したものの外観だった。


「乙女テスター……君も聞いたことぐらいあるだろう?」

「にゅっ!? こ、これがあの乙女テスターですかっ!?」


 乙女テスター。それにまつわる噂は数多い。

 それは、選ばれし勇者を見極める選定の剣。

 それは、瓦礫の中に紛れた黄金を見つけ出す試金石。

 それは、幾千の扉の中からたった一つの扉を見付け出す真実の合鍵。

 そしてそれを持つ者は、勇者にはなれぬものの、その勇者を導く賢者となる……等など。

 それらの噂をクルルも耳にしていたが、こうして実物を目の当たりにするのはもちろん初めてである。

 

「この乙女テスターに反応する者を見つけ出す……それが君の業務の第一歩となるだろう」


 手にした乙女テスターを呆然と見詰める彼女に、支部長は更に続ける。

「今、現地でこの乙女テスターに反応する者は極めて少ないだろう。だが、君は何があっても乙女テスターに反応する者を見つけ出さねばならない。そして、その人物に我が支部の窮状を懇切丁寧に説明し、支部の未来のために協力してもらうのだ」

「……つまりその人に『象徴カリスマ』になってもらう──ですか?」


 呆然と聞き返すクルルに、支部長はそうだと重々しく頷く。


「『象徴』の存在なくして、君の業務は遂行され得ない!」


 くわっと目を見開き、簾頭を揺らして支部長が力説する。

 その得体の知れない迫力に、クルルは思わず涙を浮かべてびくりと身を縮める。


「そして更に、由由しき情報もある」


 重々しく告げる上司を言葉に、クルルは涙を堪えながら耳を傾ける。


「現地において、奴らの反応が見受けられるそうだ」

「奴ら……? そ、それってまさか……」

「そう。君が今思い描いた通りの奴らだよ」


 どうしてこう都合の悪いことばかり重なるのだ、と思い悩む上司の姿を、クルルは可哀想にと他人事のように眺める。

 そんな彼女の思いなど知る訳もなく、支部長は再びくわっと目を見開いてクルルに命令を下す。


「行くのだクルル君! 早速現地へと赴き、支部の運営に必要なものを集めるのだっ!!」

「は、は、はいですっ!!」


 迫力に押されたクルルは、思わずびしっと敬礼する。

 そう。今この瞬間から、クルル・ミルル・パルルの長い長い業務が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ