第8話
県予選の決勝戦、前日。
学校で普通通りに授業を受けていると、どうしても明日のバレーボールが気になってしまう。
プレーするのは私ではなくてマカナ達なのにね。
ここ一週間……痛めた右肩を厳重に庇っているマカナが心配だったのだ。
……午前中最後の授業が終わり、昼休みに入る。
今日はマカナがバレー部の決起集会に参加して一緒に食べることができないため、私も調理室ではなく教室で弁当を食べようと準備。
マカナには朝一番で弁当を渡してきた。レシピノートは十品目。今日で三分の一が経過する。
「糸ちゃんお疲れさま〜今日は、教室でお昼食べるのね」
「麦島さんもお疲れ様。マカナが部活の集まりでいないからね」
「それじゃあ、今日は一緒に食べていいかしら?」
私は「いいよ」と答え、麦島さんが椅子を持ってくる間までに散らかった机の上を片付けた。これで、麦島さんの弁当箱を置くスペースが確保できる。
一人でご飯を食べるのも嫌いではない。お父様の帰りが遅くなって、自分で作った料理を独りで食べているので慣れた。
でも、誰かと一緒に食べたら、もっと味に深みを感じられる。料理の美味しさにおいて味は重要だけど、それだけが全て美味しさに通じているわけではない。
「うわぁ〜糸ちゃんのお弁当すごいな〜〜その、唐揚げみたいなのは……竜田揚げ?」
「そうなの。これは、カツオの竜田揚げ」
カツオと勝つお……お、は字余りということで。
「それに、ウィンナー入りのジャーマンポテトと、オクラの肉巻きですか……たしか、和泉さんにも作ってあげているのでしたっけ?」
「そうだね、レシピノートを作るのに協力してもらっているの」
ウィンナーはWINNER(勝者)、オクラはボールを拾い続ける粘り強さを願った。カツオの竜田揚げと合わせて、どれも言葉遊び。
「わたしは、お菓子作りは好きなんだけどね。糸ちゃんみたいに料理の味付けがしっくりこないから、尊敬しちゃう」
「いやいや、麦島さんも凄いよ。料理同好会の活動も麦島さんがいてからこそだし。逆にお菓子は、私が上手くいかないことも多いから」
お父様はお菓子を食べない。朝昼晩の三食をしっかり食べれば、間食を摂らないので。健康的でいいと思う。作ってあげたら、食べてくれそうだけど。
そのおかげで、私も間食はほとんど摂らない。お菓子作りの経験が未熟で、完成予想と異なる仕上がりを作ってしまうことも時々ある。
「味覚の差もありそうだよね。わたしは、ついつい手癖で、甘めか、濃い味付けになっちゃうし」
「料理同好会のときはちゃんと味付けしてくれるよね。フィーリングでレシピの手順や分量を変えようとする私とは大違い」
「でもさ、糸ちゃんは同じ失敗をしないからすごい。事前に練習も抜かりなくして、対策した結果を本番で出すタイプだよ」
まあね、失敗が悪いことではない。それはそれとして、人に失敗した姿を見られたいわけでもなかった。
「ありがとう? と言ってもいいのかな。ところで、麦島さんのサンドイッチも手作りでいいね。参考にしてもいいかしら」
「こんなのでも気に入ってくれたのならいいよ。やっぱり、手作りはいいよね。自分の好きな味を、弁当一面に敷き詰めることが爽快」
ハムサラダに、ハムエッグ、ハムチーズ。
麦島さんのサンドイッチを見ていると、段々とハムを食べたくなってきた。
「おおぅ、糸ちゃんもハムの口になってきたかしら。おかずをくれるなら、どれでもお一つどうぞ」
……その提案は不味い。
味の問題ではなくて、竜田揚げには異物が混じっている。私の髪の毛が。
「私は大丈夫だよ」
「ええっと、本当はわたしが糸ちゃんのお弁当を食べたかったの。だからね、お一つもらっていい?」
ダメだというよりも……髪の毛を食べてしまい、麦島さんの身に何か起こってしまったら大変。それを言ったら、マカナに対しても同じだけど。
「ど、どうぞ……」
結局、言い訳が思いつかなくて、麦島さんに弁当箱を差し出す。
竜田揚げは……竜田揚げだけは取らないで…………
「どれも美味しそうなおかずだこと。どれを頂こう〜か〜し〜ら〜〜」
どこからか爪楊枝を取り出した麦島さんは、迷い箸ならぬ迷い爪楊枝。いくら迷ってもいいから、竜田揚げを選ばないでほしい。
「ふんふん…………これに決めた!」
――麦島さんが取ったのはジャーマン。
「皮付きのじゃがいもは洗うのが面倒なのよね。おぉ、マスタードがアクセントで効いて、じゃがいもがホクホクしている〜」
心の中で、ホッと一息付く。ホッとどころか、大の字になっていたかもしれない。
そのまま麦島さんとお昼をともにしていたけど、喉の渇きを感じて退席。学校内の自動販売機へ。ついでに、麦島さんの分も買っておこう。
先週の同好会の活動でも、レシピノートのせいで上の空になっていた私のサポートをしてくれていた。お礼は気持ちなのだから、感謝を押し付けておく。
「御櫛原さんじゃん。オッス〜」
「米沢さんお疲れ様です。部活の方は大丈夫なの?」
体育館側からやってきた米沢さんと廊下で出会う。米沢さんもバレー部だから、決起集会に参加しているはずなのでは?
「ちょっと飲み物がほしくね。いくら明日が決勝戦とはいえ、みんな騒ぎ過ぎてさ」
「ふふっ、明日の決勝戦頑張ってね。私も観客席で応援するよ」
マカナも他の部員と一緒に盛り上がっているのかな。私の知らないマカナがいると思うと辛い。
……だけど、マカナの中に私がいる……髪の毛だけでもいると思えば、ほんの少しだけ落ち着く。
「あぁ、応援に来てくれたら、マカナにも力が入るよ」
「そういえば……マカナの右肩は大丈夫そう?」
マカナ本人は弱音を吐かないから、同じ部員の米沢さんに聞いてしまう。答えは何となく予想がつくのに。
「うーん。湿布して、テーピングを巻いて……たぶん、痛み止めも服用しているだろうね。御櫛原さんからすると大丈夫ではないと感じるけど、私からすれば大丈夫」
「……そうなんだ」
痛み止めについては知らなかった。この前、一緒に駅前へ行ったときに、スポーツクリニックで処方してもらったのだろうか。
湿布のことしか私に伝えてくれなかったことを深く受け止めてしまう。伝えるタイミングがなかったのか、言いたくなかったのか。または、それ以外か……
「おっと、私が欲しい飲み物は売れ切れだよ。ヨーグルト味の気分だったのになぁ。御櫛原さん、先にどうぞ」
「米沢さん、ありがとう」
私は迷いなく飲み慣れた日本茶。麦島さんには……同好会の活動のときでも飲んでいた記憶のあるカフェオレを。
「お茶かぁ。たまには、いいかもな」
米沢さんも私と同じ日本茶を選ぶ。
「なんだろうな……こうしてしまうと、マカナの気持ちが少し分かってしまうよ」
「どうしたの米沢さん?」
米沢さんの口から出てきた、マカナという言葉に思わず食いついてしまう。マカナに関する反射神経なら、運動部に負けないかも。
「マカナ……あいつは御櫛原さんのことをいっっっつも考えているんよ。思春期かッ! …………思春期だわ」
「え、えっと……どう反応すれば、よろしいですか?」
マカナが私のこと考えてくれているのは嬉しいけど、米沢さん的には思うことがあるようだ。キレッキレの言葉のパスは、私に受け止めきれない。
「ゴメンな。勝手に盛り上がってしまって……でもなぁ、今日もスゴかったから」
「どんなふうに?」
「今日のマカナのお弁当さ、御櫛原さんが作った弁当でしょう?」
「合ってるね」
いきなり弁当の話題が出てきて、さっきぶりに肝を冷やす。ここでも、私の入れた髪の毛が首を絞めてくる。そりゃ、早弁しない限り、お昼に弁当を食べるよね。
「お弁当を大事に抱えてさ、他の部員がおかずを一口もらおうとしても断固拒否。最終的には一通り食べた後、竜田揚げ以外のおかずはあげていたけど……」
「えっ!」
髪の毛を入れていたのは竜田揚げのみ。他のおかずには入れていない。
「マカナのやつ、あんなに竜田揚げが好物だっけ? まぁいずれにせよ、マカナは御櫛原さんが居てくれると、気合いの入れようが違うのよ」
何と答えたのか記憶が曖昧のまま、来た道を戻り、米沢さんとも別れる。
マカナは私が作った料理に、髪の毛が入っていたに気付いていたかもしれない。その事実かもしれない、出来事が重くのしかかってきた。
……明日の決勝戦は、午前中に男子の部。午後は女子の部でお昼ご飯が必要。マカナからお昼ご飯の弁当をお願いされていた。
廊下を歩く足の震えが止まらない。私がはじめたことなのになぁ。
教室の扉を開け、待っていた麦島さんにカフェラテを渡す。止まらない震えの理由を尋ねられて、私は一言。
「飲み物が重かっただけ」と。




