第4話
――トントン、トントン。
一定のリズムで心地いい音が耳をくすぐる。
朝日を浴びながら包丁を使っている、この時間が一番落ち着く。
――トントン、トントン。
ネギ、ニンジン、ごぼう、ピーマン、アスパラガス。
包丁を使う食材は他になかったよね。一度洗ったのを、また洗うとちょっと面倒。
あっ! ダイコンを昨日の夜から漬けておくんだった。普段、漬物を食べないマカナでも食べやすいように蜂蜜とゆずも加えるつもりだったのに。
別にダイコンの蜂蜜漬けは明日の弁当でも問題ない。今はきんぴらごぼうの準備をしないと。
さっき切って、水にさらし、アク抜きしたごぼうをボウルから取り出す。ここで昔、しっかり水気を切っておかなくて、油はねで痛い目にあったことが懐かしい。
お父様に、私、そして……マカナの分。
一度に三人分の弁当を作るのは今日が初めて。料理同好会での活動を除けば、いつもはお父様と私の二人分で充分だから。慣れには気をつけないと。
…………一昨日の土曜日は最悪だった。
もう全ての事が済んでいたことも相まって、この気持ちはどこへ向ければいいのだろうか。
本当なら昨日は、バレーボールの県予選のグループ予選に行く予定を立てていた。もちろん、マカナを応援しに。
それが、体力も、気力も全て失くなったのが一昨日。引きずるように昨日もノックダウンしていた。あの顔では、外に出られないのでどうしようもない。
レシピノートを受け取っ……押し付けられたあの瞬間から、会いに行こうと決めていたので後悔はないけど。
私はあの人の娘だから、半ば義務感かもしれないが、とにかく会いに行きたかった。
だけど、お父様は会いに行きたくなかったと思う。私の方からも遠慮したが、それでも、一緒に付き合ってくれた。
行って帰ってきただけなのにね。
――ジューッ。
少量の油を引いたフライパンが香ばしい音を立てる。きんぴらごぼうに続いて、卵焼きを作るべく、卵に白だしを入れて溶く。
あぁ、頭の中がとっちらかってしまう。
料理をしているときは料理だけに集中してきたが、今日も心は上の空。
無事に今日から、マカナの分の弁当も作ることになった。
この週末に電話でいきなりマカナ家へ伝えたこともあり、マカナのご両親に渋い顔をされると思ったが、思いの外上手く話が進んだ。
ただし、「調理師を目指しているのでマカナから食事の感想をもらいたい」と伝えたから、対価として食材費と調理費を合わせた金額、私がマカナから頂く条件付きで……
お金を頂くつもりがなかっただけに、流石にお父様へ相談するが、「いいんじゃないかな」と繰り返すだけ。
マカナもマカナだ。「アウのお小遣いから糸へ渡すのでしょう? それなら、問題ないね」と私の擁護になっていない。
これも、あれも全部、レシピノートのせいにしたくなる。あのノートに張り合おうとしなければ良かったとも思ってしまう。
……それでは、マカナと距離が空いたままになってしまう……か。意気地なしな私にとって、それぐらいの薬が必要だったのかな。
いや。それにしては、過剰な効力だと思う。副作用も辛い。
ジュワーッとフライパンへ広がっていく卵液を横目に、昨日、クラスのグループラインに上げられた動画を思い出す。
内容はバレー部が予選グループ戦を一位通過した瞬間を収めた映像。予選最後の試合を逆転勝ちし、チームメンバー全員が喜びを分かち合っていた。
全員テンションがハイになっていたのは分かるのだけど、マカナに忍び寄る影が一人。ドサクサに紛れ、米沢さんがマカナの頬にキスをする。
米沢さんは、マカナへ恋愛感情がないとは思う。試合後の熱狂感に身を任せただけ。
なのに私は、内からくすぶった感情を抑えきれない。自分勝手なこの想いがマカナを苦しませてしまうのを分かっているのに漏れ出る。
意味もなくコンロの火を強くしてしまう。
やっぱり、恋愛は嫌い。母と同じく気が変になりそうだ。
悪いことばかり考えてしまい額に汗が浮かぶ。それを拭うと、一本の髪の毛が目の前に。
…………魔が指すとは言い得て妙だ。
――チョキチョキ。
――チョキチョキ。
調理用のハサミで、私の髪の毛を一本だけ切り刻む。切り刻まれた髪の毛を豚バラ肉の上に散らし、そのまま、ネギとアスパラガスを巻いて焼く。
後は甘辛いタレで絡め、私を込めた肉巻きの完成。
気持ち悪さのあまり震える手で、弁当箱に一品、一品詰め込む。
罰してほしい。料理であなたを汚そうとする私を。あなたに軽蔑されるなら、この気持ちにも諦めがつく。
私はあんなにも母が嫌いだったのに、結局血は濃いようだ。シンクに映った私の姿が、記憶に残っている母の姿とあまりにも似ていた。




