第3話
どうして?
どうして、マカナが私の席に座っているの?
そもそも、この時間はまだ部活をしているはず。明日からは、バレーボールの県予選の大会が土日に三週へわたってあると聞いている。
一週目の土日がグループ予選。二週目が決勝リーグの準決勝まで。そして、三週目の土曜日に決勝戦らしい。
私達は二年生で来年もあるけど、三年生の先輩方にとっては高校生活最後になるかもしれない大会。
そんな大事な大会の前日に、私の席なんかに座っていて大丈夫なのだろうか?
席で座っているマカナに近付きながら考えていると、先に言葉を出したのはマカナからだった。
「勝手に糸の席を借りてごめんね」
「別に構わないよ。それよりも、部活は大丈夫なの?」
別に構わないよ、と言ったが本当のところはかなり動揺していた。理由すら聞いていないのに、マカナが私を選んでくれた……そう思いたいから。
「今日の部活は軽く身体を動かして終わり。明日から県予選があるからね。ケガをしてしまったらしょうがない」
「そう……なのね。それにしても、マカナが私の席に座っていてビックリ」
マカナからすれば触れて欲しくない話題だったかもしれないが、私からすればどうしても気になってしまう。
……いや、どうしてもマカナが私の席へ座っていた事実に、私の望んだ目的と一致してほしいと強く願っていたからかもしれない。
「少し魔が差してしまってね。聞いたら引いてしまうかもしれないけど……」
「そんなことは絶対にないよ」
真っ直ぐマカナの目だけを見つめて言い切る。これだけは絶対。何があっても私はマカナの味方だから。
「……ありがとうね。ちょっと回りくどくなっちゃうけどちゃんと糸に説明するよ」
「うん」
頑張って私に伝えようとするマカナへエールを送るつもりで、机の上で組まれていたマカナの両手に私の両手で覆い被せる。
十年くらい前にも、今と同じようなことを何度もしていた。あの時の私は恐れ知らず。そして、マカナは周りを怖がっていた。
手で覆っているだけなのに、マカナの今まで頑張ってきた努力が伝わってくる。バレーボールに、それ以外にも沢山あったのだろう。たくましくなった手だ。
もう、昔と違って、私はいらないのかもしれない。
「糸は分かっていると思うけど、アウはね、臆病なんだよ」
「昔はそうだったね。常に私の後ろで隠れていた記憶があるよ」
だけど、今は違うよね。
日本とハワイで分れていた八年がマカナを成長させてくれた。
「ううん、今もおんなじ。正直、明日からの大会も実感が湧いてこないんだ」
「それは……自覚してしまったら緊張しちゃうとか」
あんなにも自信溢れて、堂々とした姿だったので気付くことができなかった。幼馴染なのに……マカナの感情を察することすらできていない。
「どうなんだろう、アウのことなのにね。ただ、一つだけ、はっきりと言えることがあるよ」
「はっきりと言えること?」
マカナの手が、私の手の内で震える。その震えが私にも伝わり、昔の記憶を呼び起こす。目の前にいるマカナの面影が八年前と重なって見えた。
「アウは糸を頼りにしてここまで来られたんだよ」
「私を頼りに?」
私は頼られる程の人だろうか……
昔も、今も自覚がない。
「このことを伝えるのに一年もかかっちゃった。本当は去年、高校で再会してすぐに伝えるつもりだったのだけど……なんだか、段々と恥ずかしくなって……」
「そうだったんだ」
私も去年はどこかよそよそしい態度をしていたのかもしれない。成長したマカナに対して、戸惑ってしまったのだから。
「それでね、明日から県予選があるのに気持ちは追いついてこない。だから、一度原点に戻ろうと思って、糸の席に座っていたの」
マカナの原点が私の席にあるらしい。この言葉を都合の良いように捉えてしまってもいいのだろうか。あまりにも出来過ぎている。
「私の席に座って何か分かった?」
「残念ながら五里霧中。座って考えているよりも、こうして、糸とお話しているほうがアウにはあっていそう」
そう言ったマカナは、机の上で組んでいた手を解き、机の中から私のスマホを取り出した。
「はい、忘れ物。スマホは個人情報の塊だから危ないよ」
「マカナありがとう。でも、もし私が来なかったら、このスマホどうしていたの?」
明日は大会なのに、いつまでも教室で待たせてはコンディションに関わってしまう。それで、プレーにも悪影響が出てしまったらお詫びしきれない。
「とりあえず持って帰ったと思う。そして、糸の机の中にアウがスマホを持っていったことを説明したメモを入れて、家の固定電話にも連絡を入れるつもりだったよ」
「……よく考えてくれているね」
すらすらと答えられて意表を突かれてしまう。冷静な状況判断に感服です。
「さて、帰ろっか。糸」
「そうだね」
薄暗い廊下に足音が二つ。私とマカナだけ。
「放課後の告白の件どうだった?」
唐突な質問になってしまったが、今日一日中、上の空へ飛びさっていた理由だ。やはり聞いておきたい。
「ああ、アレね。やっぱり告白で断ったよ」
「へぇ、へー」
口角が上がってしまいそう。相手に悪いと思ってしまう気持ちもあるのに、自分の欲には抗えない。
「なんで、そんなに告白する人がいるのかなぁ? ハーフだと希少性があるんか」
「マナカが魅力的だからじゃないかな」
「糸の方が魅力的じゃん」
間髪を入れずに当然の事実のごとく褒めてくれる。しかも、食い気味で、もろに褒め言葉を食らってしまう。
廊下が薄暗くて良かった。こんなだらしない顔は見せられない。
「わ、私は……恋愛が苦手だから。それで、母も消えてしまったし」
「ごめんね。変なことを思い出させてしまって」
「マカナが悪いわけではないよ。お父様と私を残して、勝手に消えたあの人が悪いのだから」
八年前、マカナが親の都合でハワイに行ってしまった後のことだ。
当時の私は小学二年生で、学校から帰ってきても、誰も家にいなかった。本来なら母がいたはずなのに、予兆なく消えてしまったのだ。
後から知った話しになるが、お父様の職場の部下と二人で蒸発したらしい。要は、お父様と私はあんなやつに捨てられた。
せめて、お金ぐらいは置いてほしい。そうしたら、一晩で使い切っていただろう。
「まぁ、そのおかげで、お父様が私へ構うようになったからプラス。私の趣味に合わせようと、不器用に頑張る父の姿は評価点高いよ」
「たしかに、糸のお父さんは眉間のシワが厳ついけど、萌えキャラだね」
人生のパートナーだと思っていた人に裏切られたのに、私の前では愚痴すら言わなかった。これも後から知ったが、私のためを思って耐えていたらしい。
そんな、感謝をしても足りないお父様だけど、夕飯はどうしましょうか。白米だけでも受け入れてくれそうで、良心が痛む。
グゥ〜〜とお腹の音が廊下に鳴り響く。
私の音ではない。
「……誰だろうね。アウでもないよ」
「今日のお昼は何を食べたの?」
わざわざ、すぐバレる嘘はツッコまない。あえて、もう少し泳がせば、大物も釣れそうな予感がした。
「スパムおにぎり一つとヨッフーからもらった菓子パン……」
「栄養が偏っているのも問題だけど、マカナにしては量が少ないよね。ついでに、朝はどうしたの?」
ここも、ツッコんでもしょうがない。何か怪しい臭いがする。
「バスケの朝練と自主昼練でね……食べる時間が惜しくて……」
「良いパフォーマンスには、健康的な体調管理じゃないかしら」
これではアスリートにとって本末転倒な気がする。自信がなくて、練習に注ぎ込みたいのは理解できるけど、マカナが倒れてしまったら意味がないでしょう。
「お母さんも忙しいから……ついでに、アウとお父さんは戦力外。台所を汚すことの天災。そもそも、台所にすら立たせてもらえない。ヨッ!」
ふと、脳裏をよぎったのは一冊のレシピノート。
まだページが余っているのに、途中で飽きた辞めたことが伝わってくるレシピノート。
「もし、マカナとマカナの両親が良かったらだけど……」
「ん?」
私の中で潜む仄暗い感情に、マカナを巻き込ませてしまうことに迷いがある。
それでも、私の自身の中で渦巻く心に整理をつけるためには、必要なことだと思ってしまったのだ。三十回分のワガママをどうか許してほしい。
「マカナのお昼の弁当を作ってあげようか?」
マカナのことが好きなのに、私は母を乗り越えないと、愛を信じられないようだ。




