第20話
いつものように昼休み、学校の調理室を借りてマカナと一緒の昼食。隣りに座るマカナの右肩からは、湿布の匂いが今まで以上に強く漂っている。
「ヤバ〜今日も糸のご飯が美味しいよ! ……今日こそは、迷惑じゃなかった?」
「生きるためには食事を取らないといけないからね。買ってきてもいいけど、味付けは自分好みにしたいのよ。そうなると、やっぱり自炊よね」
精神が追い詰められているからこそ、たとえ、簡単な料理でも、料理中は気を紛らわすことができる。
今日の弁当は、私比で手抜き弁当になってしまったけどね。
結局昨日は、病院から家に帰ったときには夜で、台所に立つ気力も湧かなかった。
お父様も「学校を休めばいい。ついでに、父さんも会社休むよ」と、お父様なりに心配してくれたが、今の私に必要なのは日常生活。
昨日のあわや車との衝突事故になってしまいそうな出来事を特別扱いしてはいけない。あの人が、交通事故で亡くなったことと関係を見出してしまいそうだから。
「それにしても、本日のお昼は炊き込みご飯のおにぎりだとは……作る手間がかかっていそう」
「この炊き込みご飯は、米を炊くときにサバ缶と干し椎茸、だし醤油をちょっと入れるだけ。簡単だよ」
マカナと昨日スーパーで買ったものは、ほとんどダメになってしまった。突っ込んできた車をかわして倒れた拍子に、買い物袋を下敷きに。
炎天下、事故後の対応ですぐに家に帰れないことも重なり、泣く泣く買った食材は処分した。ネバネバ系の料理は近い内にリベンジ予定。
「糸が言う簡単は簡単じゃないからなあ。……ほらっ! さっきは言ってなかったけど、炊き込みおにぎりに鳥肉が入っているじゃない! 鳥さんおいしい……」
「ああ、お父様と土曜日に買い物へ行ったとき、鳥肉を買っていたからついでに入れたの。鳥肉を入れていたことすら忘れていたわ」
不自然なほどに、どちらも昨日の事故については直接的に触れない。
もし、昨日の事故の話題になったら、私の口からは謝罪の言葉が止まらないだろう。
だって、昨日のスーパーからの帰り道。口喧嘩に負けて、拗ねた態度で下を向いていなかったら、突っ込む車に気付いていたかもしれない。
そうしたら、マカナは私を助けようとしてケガすることもなかった。
「ふぅ、食べたー。糸さんや、お茶を貰えるかね?」「はいどうぞ。今日はおにぎりしかないから、デザートも用意してあるよ」
マカナに御櫛原家特性のお茶(初代は私、茶葉は市販)を出し、調理室の冷凍庫で冷やしていたデザートを持ってくる。
昨日スーパーから帰ったときに出す予定だったブルーベリーのソルベ。一見するとシャーベットに似た氷菓子で、さらに似た系統でグラニテという料理もある。
今朝、登校したときに調理室の冷凍庫を使い冷やさせてもらった。どう考えても私的な理由で、当然先生方の許可も、もらっていない。
後ほど、料理同好会の活動に生かすつもりなので、今回のところは見逃してほしい所存。
「シャーベット! しかも、手作りの!?」
「おしい、これはソルベ。シャーベットみたいなものだけど、大判焼きと回転焼きぐらい違うよ」
「……ほぼ同じなのでは?」
「OK、分かったわ。真面目に違いを説明するね。まずシャーベットとソルベには、乳脂肪が含まれているかの違い……」
「いっただきまーす!」
元気な、いただきますに自然と頬を緩めてしまう。いくら私が落ち込んでいても、日本とハワイで距離が離れていても、マカナのおかげで頑張ってこれた。
マカナは万能薬だ。いささか私には副作用が強いけど。
「スッ……スッ……」
「どうしたのマカナ? 左手で食べる動作の素振りなんてして。早く食べてしまわないとソルベが溶けちゃうよ。あっ……」
体が痛い素振りを見せないで、普通そうにおにぎりを食べていたから気付けなかったが、今のマカナの右肩は大変なことになっている。
右手でスプーンを持つことすら厳しいのか……
やはり、あの時。私のせいでマカナは、ケガを悪化させてしまった……
「そ、そんな、糸が深刻な表情をしなくて大丈夫だよ」
「無理してない?」
「今のはちょっぴり悪ふざけをしたかっただけ。ゴメン。本当はスプーンを使えるけど、糸にあーんしてもらいたかったの」
「そう……なのね」
理由が理由なだけに何とも言えなくなる。
「うん。糸に食べさせてもらうのが、アウにとって一番贅沢な食べ方なのよ。そもそも、食べさせてもらう行為自体、糸がアウのそばにいてくれないと成立しないし」
「食べさせてもらうことに、食べさせてあげること。……たしかに、一人ではどっちもできないね」
私のスプーンでソルベをすくい、マカナの口へ差し出す。もちろん、あ〜ん付きで。
「おお、甘酸っっぱい! ブルーベリーの酸味がダイレクトに伝わってくるよ」
「顔を見るとけっこう酸っぱそうだね。もう少し砂糖を入れたほうがマカナの口にはあっていたかしら? 無理して食べなくてもいいからね」
ソルベの味見はしたのだが、そんなに違和感はなかった。ソルベはシャーベットとは違って牛乳やヨーグルトといった乳脂肪分を使わないらしい。
昨日の日中が暑いあまりに、氷だけを追い求めてしまった。そのため、口の中に甘さが残らないぐらい、スッキリとした味のソルベを作ったのだ。
でも、マカナに食べさせたくて作ったのが一番大きな理由。ならば、マカナが好きそうな味にしないといけなかった。これは反省もの。
「いや、この味がいいよ」
「そう?」
「糸が作ってくれた味をアウは知りたいの。糸が私の世界を広げてくれるのだから」
マカナが私に求める関係性のオハナ。オハナの広い意味として、家族の意味がある。
私が持つ家族のイメージはあの人のせいで、あんまり良くはない。
……ないのだけど、お父様が男手一つで私に向き合ってくれたおかげもあり、信じたいとは思えた。
マカナが私に何を求めてオハナという言葉を当てはめたのか、まだ理解が及んでいないし、理由を尋ねるほどの度胸もない。
レシピノートが三十品に達したら、当初の思いつきで再び繋がることができた今の関係が途絶えてしまう。
現在は一七品。先に私へ踏み出してくれたマカナに応えるためにも、グズグズしてはいられない。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
私も何口かいただいたが、デザートで用意したソルベも全てマカナが食べてくれた。これから、デザートも用意しようかしら。
デザートにカットフルーツなら、用意できるのだけど……お菓子系は専門外だ。ここは、お菓子に詳しい麦島さんに教えを乞おうかしら。
「今日でレシピノートは二品進んだの?」
「マカナどうしたの急に?」
レシピノートに決まりは設けていないが、なんとなく一回の食事で一品記載している。
一回の食事で一品ずつとしていることは、私の作成したレシピノートを随時読み物として見ているマカナも分かっているのだろう。
「炊き込みご飯のおにぎりに、ブルーベリーのソルベ。これで、二品分のレシピが埋まったのかなーって」
「ソルベのほうはレシピノートにまとめるつもりはなかったよ」
「えっ、でも……おにぎりとソルベの両方に…………いや、なんでもないや。今の忘れて、変なことを聞いちゃったね」
「いーや。せっかくマカナが言ってくれたのだから、ソルベもレシピノートにまとめるよ」
もう一つだけ、レシピノートへ記載している料理には規則性がある……
それは、私の髪の毛を入れていることだ。
レシピノートの材料や作り方には、髪の毛のことを一切記載していないが、マカナに食べさせるときには異物が入っている。
デザートに用意したソルベは、昨日作っているときに思いつきで髪の毛を入れたものをそのまま持ってきた。
そして、今日作った炊き込みご飯のおにぎりにも髪の毛が入っている。
バレーボールの県予選決勝戦の前日にあった竜田揚げの件も然り。
米沢さんから聞いた話で、私は直接見ていないが、マカナは髪の毛が入っていた竜田揚げだけは、他の部員から死守して食べ切ったと話していた。
マカナはどこまで気付いているのだろうか?
もし、気付いていたのなら、どんな気持ちで私にオハナだと告げてくれたのか?
分からない。知るのが怖い……
あんなにも、マカナの全てが欲しかったのに、かえって私がマカナに飲み込まれてしまいそうだ。




