第19話
片道約十分のスーパーまでの距離が、二人一緒だと十五分かかった。マカナと他愛もない話しをしていたおかげか、はたまた、暑さのせいか。
持っていきたい気持ち的にはマカナを推したいが、実際は……暑さ、だろう。粘りつく暑さが汗を促す。
隣りのマカナは健康的な汗をかいているように見えるのだけど、私は性根が出ているようなねちっこい汗。ねちねちねちねち。
「やっと着いたね。外が暑いからこそ、スーパーの中から漏れ出る冷気に命を感じるよ」
「うん、ねちねちしているよね」
「そうだ……ん? ねちねち?」
おっといけない。ねちねちなんて言葉……生まれて初めて使ったよ。暑さのせいで頭が茹だって、まともな判断ができなさそう。
今の私なら家に封の開けていない醤油ボトルがまだ二本もあるのに、割引価格の値下げ幅次第では即買いしてしまうかも。昨日醤油を買ったのに関わらず。
「さて、マカナさんは弁当のおかずにご希望があるかね?」
こうやって、『何を食べたい?』と聞いても『何でもいいよ』と返されるのが世の常。分かっているよ。相手側も気を遣っていたり、本当に何でも良かったりと。
私もつい……相手に任せてしまうことがあるで、人にもそこまで求めていないがここで希望を言ってくれたら作るほうとしては助かる。
「んー、糸が作ってくれるのだったら何でも美味しいし、嬉しいのだけど……」
「けど?」
けど……という言葉が聞こえた時点で、気持ちが昂ってきた。どうか、リクエストは私が作れるものであってくれ。
「ネバネバ系かな? 暑い日が続いているから……」
「ネバネバ系ね……うん、ネバネバ……いいと思う。さっきまで、ねちねちしていたし」
ネバネバ系の食材は食べ終わった弁当箱を洗うのが面倒くさそうで選択肢になかった。私一人では作らないと思うが、マカナのリクエストだと話しは別。
オクラ、海藻類、山芋もいいな。
……納豆は家で食べる分には好きだけどね。外で食べるとね。ニオイが強烈なのよね。いつの日か私の調理スキルが納豆を上回ったら、弁当に入れたいね。
「……やっぱり、なんかマズそう? 糸が嫌なら、他のでも全然いいよ」
少し考え込んでしまった私を見かねたマカナが、貴重なご意見を引っ込めようとしてしまう。ここまで調理プランを練っていたのだ、白紙に戻されたくない。
「おおよその目安はついたよ。まずは、一通り見てみたいかな?」
「それじゃ、カート持ってくるよ」
「ん。お願いね」
カートと買い物カゴを取り入ったマカナのことをずっと目で追ってもよかったのだが、店内の壁に貼られているチラシが目に入ってしまう。
交通安全の啓発ポスター……か。
あの人は車に轢かれる間際、最期に何を思っていたのだろう?
お父様から交通事故で亡くなったと知らせを受けたときは、それ以上は知りたくもなかった。文句は死ぬほど言いたかったが、死んでほしいのか分からないまま。
訃報を聞いた瞬間、本当に過去の人になってしまった。それが、事情が変わり、一昨日、昨日と事故について独自調査。
その結果、料理交流会での予感は当たっていて……
私には…………
「どのポスターを見ているの?」
「本日のセールについてだよ。折込チラシを見て買いたいものがあったはずなのに、何を買いたいか忘れちゃって……」
すんなりと口からでまかせが出てきてくれた。交通安全の啓発ポスターの横に、折込チラシも貼っているから、全くの嘘ではないけど……嘘みたいなもの。
「分かってしまうよその気持ち。アウもスマホで検索しようとしたこと、スマホを持った瞬間に忘れるから」
「う……ん?」
ちょっとマカナの言いたい意味が分からない。
ごめんね……せっかくフォローしてくれたのに、梯子を外しちゃって。
「コホン……はじめに見るのは野菜コーナー?」
「うん。ネバネバを求めて野菜は最初に見たいね。その次は……海藻類かな」
マカナにカートを押してもらい、野菜、鮮魚、精肉と回っていく。一つ一つの値札をチェックするマカナの姿が微笑ましい。
こうして、買い物カゴの中に食材を入れていくと調理する楽しみも出てくる。
もしかして……私は料理のことが好きなのか?
本当に好きだとしたら、料理に髪の毛なんて入れるはずがないだろう。至極当たり前の話し。
「他に買うものはある?」
「野菜、海藻類、ネバネバ……ねちねち……」
買い物カゴの中とスマホに記したメモを見比べて、買い忘れがないかチェック。買い物カゴの中になくて、メモにだけ書き残していたのは『肉』の文字。
肉は昨日の時点で必要な分を買っている。マカナにリクエストで肉の部位を要望されたら、その限りではないが、重複してまで買う必要性を感じない。
過去の私は、『肉』と記して現在の私に何を伝えたかったのだろうか。メモは伝わらなかったら意味がないと思うのよ。
「そういえば、チラシを見て欲しかったものはあった?」
「あーチラシね。えーっと、特産品の催し物があった……ような……」
でまかせで話していたことなので、設定を忘れていた。どちらかと言えば、マカナが私の話しを覚えてくれていたことを褒め称えないといけない。
「特産品コーナーなら一度通り過ぎたよ。ほらっ、あそこ。ポップが貼っているあの場所」
「本当だ……通り過ぎてた。どれどれ、ああっ! 肉は肉でも梅肉。梅干しを買おうとしていたのだったよ」
夏の弁当は痛みやすい。六月なのに真夏日が続いているぐらいだ。殺菌効果が期待できる梅干しは夏の大エース。
しかも、ネバネバする食材は水分を多く含む傾向がある。水分が多いということは、食中毒が恐ろしい。
汁気を飛ばすような調理は心掛けるつもり。それでも、梅干しはいてくれるだけで、心に余裕が生まれて、調理の幅は広がっていく。
「買い忘れはなさそう?」
「買い忘れたものはないで……しょう! ……たぶん」
外の暑さと、啓発ポスター、あの人関係。悩めることは多々あって、集中力や記憶力は削がれてしまっているが、今日はもう大丈夫だろう。流石に。
「そうだね。レジに行こっか」
「ええ」
カート押し係のマカナが、さも当然のように、買うものがいっぱいに詰まった買い物カゴを、レジにいる店員さんへ手渡そうとカゴを持ち上げる。
バレーボールでケガした右肩は安静にしなくていいのだろうか。マカナから湿布の匂いはしてこないが、ケガは完治していないだろうに。
「マカナ、右肩は安静にしないと――」
「いっ! ……たくないよ」
あえて言葉にしないでマカナの右肩を凝視する。どこ吹く風のように視線を受け流したマカナは一言。
「支払いに電子マネーは使えますか?」
そう、レジにいる店員さんへ告げたのだった。
ここにきて、ようやく買い物にきた狙いが判明する。私が弁当代のお金を貰い渋っていたので、購入した金額を全て払ってしまえばいいと考えたのだろう。
ついでに微笑ましく思えたマカナが値札をチェックしていた姿も、今思うと……価格の確認と私の金銭感覚を見ていたような。
これではマカナに完敗だ。
勝ち負けにこだわっていないが、今日のマカナはやけにグイグイと私の心へ踏み込んできた気がした。
ギラつく日差しを背中に受け、スーパーから家への帰り道。私は軽い買い物袋を二つ。マカナはそこそこに重かった買い物袋を一つ。
先頭はマカナで、すぐ後ろは私。一列になって歩いているので、互いに表情は見えない。
整備された歩道を歩きながら、意地汚く足掻く私は延長戦へ突入してしまう。
「今回のお金をマカナが払ってくれたのは嬉しいけど、食費はお父様から全部貰っているの。しかも、多少多めに」
「それじゃ、今回の額は今までのお弁当代で足りなかった金額を遡った額も含むということで」
「貰い過ぎだから、いくらか返さないと気分が悪いよ」
「赤字経営はよくないでしょ。いつか糸が潰れちゃう」
初めてマカナと口喧嘩するのに、余裕そうな態度に腹が立ってくる。私は濁った感情をマカナへ向けるだけで、心の中が溢れてしまいそうで辛いのに。
……それを突き詰めてしまったら、一方的に想うこの感情も独りよがりということか。私とあの女の血は、思っていた以上に濃いのかもしれない。
人に迷惑をかけてばっかりだ。
「危ない!!」
「えっ?」
――後ろを振り向いたマカナは私に突撃する。
下を向いていて訳も分からなかった私は、体中に走った衝撃と耳を裂く音がして、ことの重大さを遅れて理解した。
「……ッ、ゴメン。いきなりで。痛いところはない?」
「私は大丈夫よ。それよりも、マカナは大丈夫なの!?」
車が車道からガードレールを乗り越え私に突っ込んできたのを、マカナが身を挺して守ってくれたのだ。
私は皮膚を擦った程度だけど、マカナは私の下敷きにもなっている。私より傷が浅いとは考えられない。
「これぐらい…………部活と比べてたら平気」
「……どう見たって……平気じゃない…………でしょ」
事故後すぐに私のお父様、マカナのご両親が駆けつけ、私達は病院に直行。幸いにも、車に直接轢かれたわけでもないので、私達は軽傷と診断された。
……ただし、マカナの右肩は私を庇ったせいでケガが悪化。年内のプレイ復帰は難しいらしい。




