第18話
ピンポーン。
誰かが家のチャイムを鳴らした。日曜もお昼をゆうに超えたところ。六月も中旬を過ぎたら真夏日が増えて、午後もやる気が出てこない。
お父様が外出して家に誰もいなくて、だらけて座っていたソファから立ち上がる。宅配便だろうか? 私が注文した覚えはないけど。
インターホンで来訪者を確認するとマカナが映っていた。……えっ、本当?
「おっス、一日ぶり」
「マカナ!? 今、玄関開けるから、待っていて」
ボサボサの髪を直す暇もなく玄関へ向かう。マカナは今日部活だと聞いていた。こんな格好でマカナに会いたくないが、いつまでも玄関で待たせられない。
「おまたせ。わざわざ、どうしたの?」
「一昨日のお弁当箱を持ってきたの。そういや、マグロのハンバーグなんて初めて食べたよ。美味しさのあまり、右肩を振り上げちゃった」
「弁当箱なら、明日の学校で渡してくれてもよかったのに……」
「……後、家にあがってもいい?」
こっちがマカナの本命だったのだろうか。家に来てくれるのは素直に嬉しい。タイミングがタイミングだけに、ちょっと疑ってしまうのだけど。
自質に置いているレシピ本はちゃんと片付けのだろうか。もし、出しっぱなしの忌まわしきレシピ本を見たら、マカナは察してしまうかもしれない。
マカナにあの人関係のことで心配をかけさせたくないと思っている。どれも全て済んだ話し。私があの女の残り香を気にし過ぎているだろうからね。
「あがっていいよ。散らかっていて、もてなすものはないけど……」
「おじゃまします! くぅ〜クーラーが効いて涼しい! 久しぶりに糸の家に来たよね。小学一年以来だったけ?」
「そうだね。たしか……最後に来てくれたときは、泊まっていった記憶があるような……」
あのころは……今よりも純粋だった。一緒にお風呂へ入れたし、布団も一つで充分。変わってしまったのは私で、マカナが悪いわけではない。
今の私なら到底できそうにないが、昔の私は関係なかったのだろう。羨ましいけど、立派に育ったのがこの様。悲しくもない……退化でごさいます。
「う〜ん、本当なら今日は泊まっていきたいけど、また今度にするね。いきなりだし」
「私としてはいつでも泊まってくれていいよ。お父様が気を遣ってしまうかもしれないけど……マカナは家族みたいなものだから大丈夫でしょう」
「だって、糸とアウはオハナだからね」
私はマカナみたいに自信を持てないので、曖昧に頷くことしかできない。
この気持ちは平行線。私とマカナの距離は限りなく近いのに、交わることはない。マカナが求めている関係性はオハナだから。
「リビングでいい? 私の部屋は掃除していなくて……」
部屋の乱れは心の乱れ。
今の私にピッタリの言葉。普段は私のことを注意しないお父様でも、自室の惨状にはしかめっ面しそう。そんな部屋にマカナを招きたくない。
「糸と一緒ならアウはどこでもいいよ」
「……うん」
真っ直ぐな言葉に何も言えなくなる。ここはホームなのにアウェーみたい。
「それじゃ、好きなところに座っていて。何か持ってくるからさ」
「お構いなく〜アポなし、手土産なし、空っぽの弁当箱のみ。ご迷惑をかけているアウわろし。……あっ! 先週分のお弁当代を渡すね。どのくらいあればいい?」
冷蔵庫に飲み物を取りにいこうとしたが、お金の話しがでてきてしまい、足が止まってしまう。お金が欲しくて弁当を作っているわけでないからいらないのに。
「……一食あたり、一円ほどかな? 一円大事よね、一大事」
「一円は大事だけど、その手には乗らんのよ。一円の話題で、話しを逸らす気が満々でしょう?」
「うぐぅ……」
わざとらしく、変なうめき声をあげてみたが、こちらは触れることもなくスルーされる。醜態を晒しただけとなってしまった。
「前に一食あたり二百円だと言っていたけど、あの話しには嘘も混じっているでしょ。もしかして、糸と糸のお父さん、二人分ならそのぐらいで済んでいたかもね」
「……一体どうしたの?」
こちら側に風向きの悪い不穏な雰囲気を打破しようと試み、いったん会話の間を置く。
仮に私が借金していて詰め寄られるのは分かるのだけど、お金を貰うために金額を詰め寄られるとは予想外だ。
しかも、今までマカナとは口喧嘩らしい口喧嘩をしたことがなかった。それだけに、怖気づいてしまいそう。
「お金の扱いはしっかりしないとね。糸は自分を顧みず貢いじゃうタイプでしょ?」
「ぬわっ!?」
間を取ったはずなのに、言葉のフルスイングをモロに喰らってしまった。貢ぐとしたらマカナだけなのに、今この台詞を言っても弁明にならないだろう……
「どうする? アウはまだ続けていいよ。それが嫌なら、おとなしくお金を受け取りな」
「う、うーん。お金ね……」
マカナのご両親ともマカナからお金を貰うことで、昼食を作ってあげることに納得してもらった。
だけどね……マカナの弁当には私の髪の毛を入れてしまっている。ただでさえ、罪悪感が胸を締め付けるのに、お金も貰ってしまったら、真っ二つになってしまう。
何とかマカナを言いくるめたい。マカナになら無銭飲食大歓迎。どうにかならないか……
――ピピピピ、ピピピピ
私のスマホから助け舟。午前中の私が、サボらず午後に買い出しへ行くようアラームを設定していた。このチャンスを逃してはならない。
「おっと、そろそろ今日の夕飯と明日以降の買い出しに行く時間だね。マカナはどうする?」
「その前にお金を受け取っ……ん……ん…………んっ!」
これは……悪手だったか?
形成が悪い状況で閃いた思い付きは、たかがしれていたようだ。
マカナの表情のグラデーションが全てを物語っている。今の表情は、そう……バレーボールで相手の守備が薄い場所を見つけてしまったようだ。
「買い物にアウも付いていく。右腕は安静だと言われているけど、荷物持ちぐらいはいけるっしょ」
「分かったわ。準備するから、出かけるまでちょっと待っていてね」
「アウもお手洗い借りるね。場所は……廊下の突き当りで合っているっけ?」
「たぶん、そこで合っているよ」
マカナがお手洗いに行った隙をみて、ミキサーを起動させる。先日お父様が職場でいただいたブルーベリー。それと、水、砂糖、レモン汁。
……後は、いつものように、抜きたての髪の毛一本。
全部ミキサーにかけ、出来上がったものを冷凍室に入れる。後は、買い物から帰ってくるころには冷えて固まっているはずだ。
「おまたせ。何か手伝うことはありそうかい?」
「こっちは大丈夫」
スマホと財布は持った。買いたいものはスマホにメモしている。重いものやかさばるものは、昨日の内にお父様の車を使って買えたから、それらは買わなくていい。
一応お父様にメッセージを入れておこう。万が一、冷凍室のブツを食べてしまったら色々と不味いし。
「それじゃ行きましょうか」
「外は暑いよ〜糸が倒れそうになったら、アウが背負ってあげるね」
「マカナの迷惑にならないように気をつけるよ」
真夏日を超えた……体感、猛暑日の中を歩きだす。
帰ってくるころには、冷たくて、甘酸っぱいお出迎えを用意しているが、無事に帰ることはできるだろうか。




