第14話
思い出のベンチでマカナから、オハナ……家族、だと言ってくれて数日が経った。
学校内でマカナとすれ違うたび、今まで以上に柔らかい笑顔を私へ向けてくれる。なんとか、こっちも笑顔を返そうと思っていたが……引きつっていたかもしれない。
マカナは私を思って踏み込んでくれたのにね。
ベンチで震えながらも……絡めた手。その震えに、昔のマカナの面影を感じた。私の後ろで隠れていた臆病なマカナ。
勇気を出して、オハナだと告げたのだろう。それなのに、私はマカナの全てを欲してしまった。欲張りな私でごめんなさい……
「今日のお弁当はなぁに?」
「え、えっと……今日はそぼろ丼。炒り卵とほうれん草のナムル風を合わせて、三色丼にしてみました」
毎日のように、昼休みはマカナと調理室に入り浸っている。イスにテーブル、電子レンジも完備されていて至れり尽くせりだ。
「ほぅ、どれどれ」
宝箱を開けるように弁当箱の蓋を開けて、弁当の中身を見たマカナが「ほおぉ……」と感嘆の声をあげる。
弁当の中身を見てもらうときと、一口目を口にしてもらったとき。この二つの瞬間は、何度経験しても、つい緊張してしまう。
だから、毎回全身を使って美味しいことを伝えてくれるマカナには大変助かっている。
「あれぇ? ……おかしいなぁ。アウの目には三色じゃなくて、四色丼に見えるよ」
「え!?」
四色目? そぼろ、炒り卵、ほうれん草……他に入れたものがあったかしら。
「あ……そういえば、サケフレーム。微妙に余っていたから、使い切りたくて余っていた残りを全部入れていたのよね」
「……四色丼なんて豪華だよ。ありがとうね、糸」
優しい眼差しが心苦しい。今のありがとうは……含みを持たせている。でも、それを紐解いてしまうと、罪悪感で胸が破裂しそう。
「もぐもぐ。おお! このそぼろ、コリコリと食感がいいね。軟骨? が混ざっているでしょ」
「正解。マカナの舌も中々、肥えてきたんじゃない?」
レシピノートの十六品目は、軟骨入りの鶏そぼろ〜切り刻んだ一本の髪の毛をともに煮詰めて〜。
結局のところ私は、良くも、悪くも、変われずにいた。混入させる髪の毛の本数を増やすこともないし、とは言っても、髪の毛を一本だけ入れ続けている。
「糸の料理が美味しいおかげだよ。これを毎日食べているお父さんがズルいなあ〜」
「うん、そうだね。最近のお父様は食レポのリアクションがちょっと薄いんだよ。マカナみたいに飛び跳ねて喜んで欲しいものだね」
特に最近は……あの人が亡くなったこともあり、心労が溜まっているのだろう。勝手に蒸発したとはいえ、一応は元妻なので、思うところがあるのでしょうね。
……でも、あの人……常に、お父様の悪口を言っていたような記憶がある。よくもまぁ、お父様はあんな人と結婚したもんだ。
仕方ない、明日の金曜日はお父様の晩酌に付き合うとしますか。次の日は仕事が休みだったはず。お酒は用意できないが、ツマミの準備を今日明日でしないと。
「ふっふ、マジで跳ねちゃおうかな。今なら、感謝のスパイクを決めちゃうよ! 調理室だから、誰にも見られていないし」
「調理室を使ったら毎回掃除しているとはいえ、埃が舞うからやめてね」
右腕を使って、軽くスパイクのポーズをしたマカナにやんわりと釘を刺す。本気でやるつもりは無いと思うから、一応ね。一応。
「右腕を使ってスパイクのポーズをしたけど、右肩の痛みはいったん落ち着いた?」
今週の月曜日には、県予選の決勝戦から日が少し経ってしまったが、駅前のスポーツクリニックで診てもらったらしい。
診断結果は、マカナ本人の見立てどおりに骨折ではなかったが、競技復帰までは一ヶ月間のドクターストップがかかった。はい、絶対安静。
「バレーをしなければ余裕よ、余裕。日常生活には、影響はありませぬ」
「部活のほうは大丈夫なの? 詳しくは分かっていないけど、マカナはスポーツ特待生で高校に入学したから、部活を休むことはよくないのよね?」
語学に関してマカナは、日本語と英語はどちらもネイティブレベルで凄い。
……語学以外の教科は、ギリギリ赤点回避レベル。
そのため、どうしても私と一緒の高校に行きたかったマカナは、スポーツ特待生の制度を使い、余裕を持って入学できたと……去年再会したときに語ってくれた。
私と日本で再会するためだけに、マカナは使えるものを全て使ってでも戻ってきたのだ。私には、そこまでの覚悟はあったのだろうか……
「あの特待生制度は……アウもよく分かっていないけど、県予選で準優勝に貢献したし、日頃の練習も良いから大丈夫……でしょう!」
「せっかく、マカナとこうして一緒に居ることができたのに、また別れてしまうと思ったら不安になっちゃった。ごめんね、不安にさせることを聞いて」
「糸とアウはオハナだから大丈夫」
「……うん」
マカナの力強い大丈夫に、胸が窒息するぐらいに詰まってしまいそう。マカナの信頼するオハナの繋がりの形が、私の求める繋がりの形と一致しない。
「あっ、明日のお昼ご飯だけど……料理同好会の用事があって、朝に弁当をマカナへ渡して、食べるのは別々でいい?」
明日のお昼は、その日の放課後に私と麦島さんが、ある小学生の女の子と料理交流をするため、直前になってしまったが打ち合わせをすることに。
本当なら顧問の先生の付き添いの元、その子の家から最寄りの公民館へ訪問する予定だったが、今日明日と教育委員会関係で急遽用事が入ってしまったらしい。
顧問の先生がいないので、活動日を延期にする話しもあったが、相手方の女の子は家庭の事情により不登校気味だと聞いて、居ても立っても居られなかった。
その子は小学二年生らしく、ちょうど私があの人に捨てられたのと同じ年齢。他人事のように思えなくて、麦島さんや先生方に私の無理を聞いてもらったのだ。
「アウのほうはそれで構わないよ。食べ終わった弁当箱はどうする?」
「あっ……そこまで、考えていなかったよ。明日は先方の車にて、行き帰り送迎してくれるおかけで学校に戻る予定がないのよね」
社会貢献目的で設立した本同好会。気付けば、近隣校や警察組織と協力して小学生の育成支援活動に参加していることもある。
……今回は警察とも連携し、移動費が支給される活動。こちら側で赴けば、移動費を計算するのが面倒で、先方に色々と任せてしまったが。
「前にパトカーが学校にいたときはびっくりしたよ。しかも、堂々と糸がパトカーに乗っていってしまったし」
「あのときは悪いことじゃなくて、ボランティア活動で移動するために、警察官が迎えに来てくれたのよね。後ろめたいことがないから、乗り心地は案外いいものよ」
マカナに対しては後ろめたさしかないけど。
「料理同好会という名目だけど、実際のところはボランティア部だよね」
「団体を立ち上げた設立当初と目的が変わっていくことはよくあることだよ、マカナくん」
想いの形も変わってしまった。昔の私なら、マカナからオハナだと言われたら、もっと喜んでいただろうに。
「ええっと、話しは戻って、弁当箱の件になりますが……糸様どうされますか?」
「いっそのこと明日は弁当箱を使わないで……ラップと風呂敷で包んだおにぎりかな。でもなぁ……明日のメインがもう冷蔵庫に入っているから…………」
しかも、生もの。メインの食材を冷凍させてもいいが……それだと、土日を挟んで来週の月曜日の弁当で、マカナへ出すことになってしまう。
もともと加熱調理はするつもりだが、昨日買って、次の月曜日だと五日が経つ。味はかなり落ちてしまいそうだし、何よりも食べるのに抵抗感しかない。
「とりあえず、糸の指針に従うよ。一度、弁当箱を持って帰って、アウのほうで洗ったのを月曜日に返してもいいし」
「それもいいね。一応、明日は弁当箱の場合は夜に確認のメッセージを送っておくよ」
「了解。明日のお弁当は楽しみだけど、糸が無理することもないからね」
ふふっ、と笑って受け流し、明日の弁当について考えてしまう。どんな料理をマカナへ作ってあげようかと。




