第12話
「あれー? ここの雰囲気……昔、糸と来たときとは変わったね」
「……たしかに、そんな感じがする。変わっていないのは、海だけかも」
昔の記憶が正しければ、目的のベンチは背もたれすらない、板一枚に足を付けたぐらいの二人掛けで簡素なものだった。
今やそれが、背もたれに、手すりとグレートアップが施され、ベンチそのものに真新しさを覚える。
他にも、歩道は石畳で、ヨーロッパにありそうなランプ型の街灯も設置されていた。
同じ場所なはずなのに、初めて来た場所みたい。
「だいぶ、あのころと変わっちゃったね」
「あのころと変わっていたけど、場所自体は残っているし。なによりも……隣りに糸がいてくれる」
今日のマカナはいつになく情熱的だ。言葉の一つ一つが私を期待させてしまう。マカナにだらしない口元を見られたくないのでキツく結ぶ。
「この場所に来ることはアウだけなら来られたけど……糸がいないと意味はないから」
「うん。私もだったよ」
マカナと私。二人揃ってはじめて意味が生まれる。
……それだと、自惚れが過ぎているか…………
「そっか……嬉しいな」
二人して一度はお別れを悲しんだベンチの前に、マカナが立ちはばかる。左手を前に出し、ストップの合図。
「どうしたの?」
「ちょっと待っていてね」
マカナはポケットからハンカチを一つ取り出して、ベンチに敷いた。これで、一人分は座っても服を汚さないで済む。
「さぁ、糸お嬢様。どうぞ」
執事みたくカッコつけ、お辞儀までしている。これでようやく、ハンカチをベンチに敷いた理由を察することができた。
「あら、マカナさん。あなたの腰をお掛けになる場所には、何か敷くものはあってのこと?」
「えっ……アウは大丈夫だよ。鍛えているし」
「まったく……昔の私の真似をしたかったのは分かるけど、どうせやるなら二人分用意しないと」
私もハンカチを取り出して、マカナの敷いたハンカチに隣り合わせで敷く。おかげで、前にこの場所で別れを悲しみ、泣き合ったを思い出してしまう。
……あのときは、背伸びしたがっていた私が、ハンカチをベンチに敷いてしまったせいで、涙が拭うことができなかった。
当時の私達にとっては真剣だったのだが、今思い出すと、二人ともあまりにも泣き濡れてしまったので、くすりと笑みが溢れ出る。
「ありがとうね、糸。アウの小芝居に付き合ってくれて」
「満足したようで良かったよ。じゃあ……座ろっか」
思い出のベンチに二人で座ったからといって、劇的に変わったことはない。離れ離れだった時間が戻ってくることもなく、ただ潮風を浴びているだけ。
「どう? この場所に戻ってきた、ご感想は」
マカナが思っていることと、違う意見を言いたくなくて先に感想を求めてしまう。
「うんうん……あまり、うん、座っても実感が湧いてこないや。だけどね……」
言葉を溜め、意思を丁寧に伝ようと、間をたっぷり空けて話し続けようとする。いくら時間がかかったとしても、マカナの言葉を聞き遂げたい。
「日本に帰ってから……一年も経ってしまったけど、ようやく帰ってこれた気がするんだ。……ただいま、糸」
「うん、おかえりなさい。マカナ」
「うわぁ〜これ全部、糸の手作りだよね。おにぎりをリクエストしたのは昨日の夕方なのに……レパートリーが豊富でヤバくない?」
新鮮な反応のおかげで、おにぎりを握ったかいがあって嬉しくなる。
具材のバリエーションを豊富に見せたくて、お父様の酒のツマミで買っていたものを、何個か使ってしまった。近いうちに、何か酒のアテを作ってあげようと思う。
「えへへ、そうかな。おかか、サケ、枝豆、明太クリームチーズ。それと……」
「スパムおにぎり! おにぎり……というよりは、パッと見は寿司? 大将、ついに寿司握っちゃった!?」
おにぎりのサイズに対してスパムが大きかったので、ボリューム感を生かすためにカットせず、お寿司をイメージした形で握った。
スパムは醤油をベースにした甘辛いタレで、表面に焼き目をつけ、香ばしく。スパムとお米の間には、卵焼きとマヨネーズを挟み、ボリュームとコクを出した。
ラップが一枚だけだと、スパムのタレがラップを貫通して撒き散らしそうな予感がしたため、ラップを何重にも重ねて巻いている。
「お醤油のタレがスパムの肉々しさと、卵、マヨネーズを優しく包み込ーむ〜よ〜」
「私の分もあげるし、ゆっくり食べていいからね。もしまた食べたいのならいつでも握るよ」
今回のスパムが好評らしいので、心の中でガッツポーズをしてしまう。そろそろ、前々から計画していたハワイ料理の弁当を作ってみてもいいのかもしれない。
「ふへぇ、枝豆のおにぎりは香りがいいよね。枝豆以外には何か入れているの?」
「ごま油と白ごまをね。てか、マカナの食べるペース早くない?」
どんどん食べ進めていくから、他にも出したいものがあるのについていけない。美味しそうに食べてくれるマカナが一番大切なのでいいのだけど。
「ははは、だいじょゴホッ。ゴホゴホ」
「言わんこっちゃない。お茶も持ってきたら、どうぞ」
水筒を二つ持ってきたので、一瞬迷ってしまう。お茶ではないほうの水筒を渡したら、トドメまでいかないが、追い打ちをかけてしまうことになりそう。
「ぷはー。ふぅ……糸の家のお茶は落ち着くよ」
「茶葉は市販のものだけどね。色々試したけど、熱湯を注いでから冷やしたお茶が一番飲みやすいのよ」
我が御櫛原家における、ほとんどの水分をこのお茶が担ってくれている。お父様はお酒も飲むが、休み前に一、ニ缶を嗜む程度だ。
「今ちょっと見えたけど、カバンの中に水筒がもう一つあるよね。そっちは、中に何が入っているの?」
おにぎりだけだと物足りないかなと思い、もう一品、スープを作って持ってきてしまった。
昨日の天気予報では今日は肌寒い可能性があると聞いていたが、実際の今日は夏のはじまりを予感させるぐらいに暑い。
思いつきのノープランで作ったから味の自信もないし、スープはこのまま出さなくてもいいのかな……と思ってしまうほど、日差しも眩しかった。
「ええっと、中にスープが入っているのだけど。外は暑いし、味も自信がないし、具もほぼ入っていないしで……」
「いやーご謙遜を。どれどれ、一口。ズズッと」
自信がないあまり、段々と声もか細くなってしまう。
お父様がもらってきた岩塩と、コンソメの素……後は、微妙に残っていた玉ねぎしか入っていない。
手癖でだけ作ってしまったスープ。自分用に飲む分にはまずまず。人に……ましては、マカナへ飲ませるには忍びない。
「あぁ……温まる味だ」
「正直に言ってもいいのよ?」
「普段の工夫した味付けもいいんだけど、家庭の味? が薫ってきて好きかな。たぶん、毎日味噌汁を飲みたい……のと同じ」
……そのニュアンスだと、マカナが告白しているようで顔が熱くなりそうだ。いや、もうなっているのだろう。
ニヤけた口元を隠したくて、おかかのおにぎりを自分の口に突っ込む。切り刻んだ、髪の毛数ミリ分ぐらいは落ち着いた気がする。
「おおっと。おかかも美味しそうだね。ほむっ……ほむほむ。もしかして、このおかかも手作り?」
「そうね。かつお節を、醤油とみりん、砂糖、料理酒で炒めたら割と簡単にできるよ」
胸の内におかかが突き刺さってくる。マカナには当然伝えていないが、今回はおかかに髪の毛を混ぜた。
「あっ……糸の割と簡単は、困難なんで間に合っています」
「私はマカナの料理も食べてみたいけどなぁ〜」
「いつかは作るかもね。い、つ、か、は!」
たぶん……髪の毛を食べさせようと、歪んだままに料理する私よりも、マカナのほうが気持ちのこもった料理を作れると思うよ。
「ふぅーお腹いっぱい」
「全部おにぎりを食べてくれて良かったよ。食べてくれて、ありがとう」
五種類のおにぎりを二つずつ、計十個のおにぎり。私は三つも食べてお腹いっぱい。今はスープの入った水筒を適当に回し飲み。
「こちらこそ、今日はアウに付き合ってくれてありがとう」
「来てよかった?」
同意してくれると思い深く考えずに聞いてしまったが、マカナはこちらの意に反して首を横に振った。
「まだだよ。この場所へ、今日来た理由を糸に伝えきれていないからね」
私は臆病になってしまった。人に気持ちをぶつけることはできないけど……マカナの気持ちは受け止めたい。
「うん、マカナの想いを教えて」
こんな私でも頼ってくれるのなら、応えてあげたいんだ。




