第1話
「はいマカナ、あ~ん」
「うんうん、モグモグ…………衣はカリカリ、お肉がジューシー! 今日も美味しいよ。ありがとうね、糸!」
「ふぅ、マカナのお口に合ったそうで良かったよ」
同い年の幼馴染、和泉マカナはほっぺたを抑え、肩で私の肩を歌うように小突いてきた。
人懐っこい大型犬のように、私よりも大きな体でじゃれてくる。そうした、本当に美味しかったような反応のおかげで、心の中でも一安心。
この嬉しそうなマカナの顔を見るためなら、梅雨特有のジメッた六月の朝をなんとか起きられる。
調理室の窓から入った心地よい風が私達を撫でた。今朝もこのぐらいなら、髪の手入れも簡単に済み、時間ギリギリにならなかったかもしれない。
「今回は唐揚げの衣に野菜を入れてみたの。玉ねぎとにんじんをすりおろしてね」
「ほへぇ〜、お野菜が入るとこんなに甘いんだ。でも、朝から揚げ物って手間がかかって大変でしょう。アウのためにいいの?」
アウとは、ハワイの言葉で「私」を指すらしい。
マカナは日本人のお母さんと、ハワイ出身のお父さんとの間で生まれたと聞いている。
そのため、マカナという名前も贈り物という意味が込められているとのこと。
明るくて、みんなから親しまれている。両親からの愛情を一身で受けてきたマカナにとってピッタリの名前でしょう。
「お父様の分も一緒に揚げたから、そんな手間じゃないよ。あっちの方は、少々焦げちゃったけど……」
「糸のファザーが泣いちゃうよ!」
確かに、それはそう思う。お父様は私を男手一つで育てあげてくれたようなものだ。
今日の唐揚げの件は少し雑な対応をしてしまったが、いつもは感謝しているんだよ。尊敬の念を込めて様呼びまでしてしまうぐらいに。
「う〜ん、マカナの分を揚げ終わってから気付いたんだけど、お父様の分を揚げるのに時間がおしていてね……朝の一分一秒は貴重だったの」
揚げ物自体は夕飯でたまに作る。油の温度と、揚げ時間も目安は大体決まっていた。それが、時間がなくて、火力を上げてしまったのが敗因。
弁当に入れる唐揚げは、今まで冷凍食品を使っていた。冷食も嫌いじゃない。便利なのは良いことだ。
ところが、昨日の昼休み、何気なくマカナに要望を聞いたら、マカナの目が唐揚げに飢えていた。目玉が唐揚げになっていたと思う。
唐揚げは弁当の花形。いつかは作りたいと思っていたから、こちらとしてもちょうどよい機会となった。
高校入学とともに始めた弁当作りも今年で二年目、レパートリーの幅を広げていきたい。
そのせいで、朝のタイムスケジュールに慢心があったのだろうね。今回の失敗を糧にして、次こそは成功を。
「それにしても、アウに糸のファザー……そして、糸自身の三食分もお弁当を作るのは大変だよ。面倒ならいつでも辞めていいからね」
「私は作るのが好きだけど、食べる量はそこそこだし。マカナも、お父様も、ほっとけば偏食気味になっちゃうでしょ?」
「菓子パン美味しいよね! 部活前に食べとけばカロリーはパワーに変化する!」
栄養については独学で学んでいるが、ついつい満開の笑顔に流されてしまいそう。
マカナは運動神経抜群でバレー部のエースだ。一年生のころからエースなので、二年生になった今は大エースなのかも。
本来ならこうしてお昼を一緒に食べるのも厳しいと思う。私と部活も違うし、クラスも今年から別になってしまった。家も離れていて登下校でも会えない。
せっかく、八年ぶりに高校で去年再会したのに、クラス替えのあった高校二年の四月、五月は話すキッカケすら躊躇う日々が続いてしまう。
違うクラスで日に日に知らない人と仲良くなってしまうマカナへ見て、焦りを抱いてしまった。だから、繋がりを求めてしまう。
「でも、マカナには助かっているの。私も料理同好会との活動とは別にレシピノートを作りたかったからね」
「いや〜味見役どころか、一食まるごと作ってくれて感謝。ええと、レシピノートの方は、とりあえず三十品が目標だっけ?」
「そうね」
目標は途中で投げ出さないように低く設定したつもり。このレシピ数なら、絶対に投げ出すことはないだろう。
「今日で五日目だよね。後、二十五日も糸の料理が食べられるのか〜贅沢〜〜」
「そういえば、バレー部の方は大丈夫なの? 県予選と重なっていて大事な時期でしょ」
昨年は惜しくも準決勝で負けてしまった。
マカナの応援しに行った私でさえ、悔しかったぐらいなのだから、プレーしていた本人はもっと悔しいのだろう。
今年も明日の決勝トーナメントから応援しに行くつもりだ。勝ち進んで全国大会へ行ってほしい。
「みんなやる気で満ち溢れているのに、緊張感はほどよくて、全員がベストに近いと思うよ。先週のグループ予選も無事に四組中、一位通過だし」
「それもあるけど、昼休みに決起集会とか誘われていないの?」
昨年の、この時期、バレー部は常に昼休み集まっていた。なんでも、決起集会で親睦を深めていたらしい。そのせいで、ちょっと寂しかった。
「あー、あれは今まで仲間だった二、三年生はともかく、一年生は肩身が狭いからね。今年も三年生組は集まっているけど、それ以外は有志になったよ」
「令和味を感じる……部活内改革があったのね」
言われてみたら、同じクラスのバレー部の子も目がキラキラしていた気がする。去年は梅雨空よりもドンヨリしていた記憶があったのに。
「そう、フフフ、だから……」
「だから?」
「糸の美味しい手料理を食べられる! ……ということよ。あっ、唐揚げをもう一個食べさせてもらっていい?」
こちらへお口を「あー」と、大きく開けて待ち構える。はい、かわいい。いつまでも親鳥のように食事を与えてあげたくなる。
「はいどうぞ」
「うんうんうん、何度食べても美味しい!」
私もマカナの笑顔を見ると、何度でも嬉しくなってしまう。
「美味しい食事を、美しい黒髪ロングの美麗な幼馴染にあ~んしてもらう。ここは、天国では?」
「天国ならハワイにもあったんじゃない? 昔、私に送ってきた砂浜の写真。凄くキレイだったよ」
八年間、日本とハワイ。物理的には距離が離れてしまっても、手紙やメッセージでのやり取りは続けてきた。
マカナの近況を知るたびに、胸の内に異物を感じる。私の知らない世界で笑って楽しそうにするマカナは魅惑の毒餌のよう。
それでも、知らないことよりも知っていたかったのだ。
「すご〜くキレイではあったけど、ねぇ。だって……ほらぁ、ねぇ」
「どうしたの、もったいぶって?」
「……糸がいないと全てが物足りなくて」
「…………」
あ――――、そういうことを言っちゃう?
へー言っちゃうんだ。
……勘違いしちゃうよ。
「糸……なんか言ってよ。ツッコんでくれないと、アウは恥ずかしいぃぃ」
「私も恥ずかしいのだけど……」
――これを真に受けてしまったらダメだ。
マカナは友愛の表現が極端。
幼いころのマカナは、話せる言葉が日本語と英語、ハワイ語の三種類が混ざってしまい内向的な性格だった。
言葉だけではなく、文化の違いにも戸惑いはあったのだろう。当時、幼稚園児のマカナはそれが原因でイジメの対象になることも。
イジメ……というよりは、イジメていた当人からすれば、弄っていたぐらいなのだろうかもしれないが、私からすればイジメに変わりなかった。
それが今は人懐っこい大型犬。
小学二年で別れて、八年後に高校で再会したとき、あまりの変わりようでビックリ。
再会したマカナは誰にでも、へーい! するぐらいに陽気だった。手紙やメッセージ上ではあまり変わらなかったのに……
イジメられていた原因のアウも、明るいキャラ作りに落とし込んだ。マカナ曰く、『堂々としていれば恥ずかしない』だと。
いつの間にか、マカナが遠くにいると感じてしまい、去年はそこまで仲良くできなかった。そうしている間に、クラスも変わって現在に至る。
いつまでも待ちの姿勢ではダメなんだ。
だから、レシピノートが三十品に到達したら…………
「ふぅー、ごちそうさま。幸せ、あぁ幸せ」
「お粗末さまでした」
昼休みが終わるまで十五分近く残っている。食べ終わっても、マカナとおしゃべりできることに幸せを噛み締めてしまう。
「……糸、疲れていない? 無理していない?」
「急にどうしたのよ」
「食欲がなさそうで……お弁当の量がアウの半分もないし」
マカナの半分の量は普通に多いと思うの。いや、ただ心配しくれているんだよね。
それに、食べたくない理由は……
「朝、弁当を詰めているときに、入り切らなかったおかずを摘んでいるから、マカナが思っているよりは大丈夫」
「それなら良かったよ〜」
今日のお昼休みもそろそろお開きだ。
午後の授業では調理室を使わないはず。放課後にちゃちゃっと掃除すればいいだろう。
「明日と明後日の、土日分の弁当はどうする?」
「う〜ん、断腸の思いで遠慮しておくよ。明後日は準決勝まで勝ち進まないとそもそもないし、明日の分もすでに部で用意してもらっているはず」
「了解。次は来週の月曜日になるね」
「お恵みありがとうございます。糸様〜」
マカナの応援も頑張りたいけど、弁当の方も考えておかないと。アレはそのまま調理すると、どうしても口当たりが気になってしまう。
「それじゃ、まずは明日勝って、明後日も勝つよ」
「ええ、応援してる!」
私は職員室に調理室の鍵を返さないといけないから、マカナは教室へ戻ってもらう。
独り、誰もいない廊下で「くぅー」とお腹が鳴る。
マカナに対しての罪悪感と、自分への生理的な嫌悪感で、最近はあまり食べられなくなった。
決して満たされることはないのだろうね。
だって、全部私が悪いので。
アレがマカナにバレてしまったら、絶縁されてもしょうがない。なのに、私はもう止まれなくなってしまった。
マカナに食べてもらう三十品。
その全てに、私の髪の毛を一本だけ混ぜる。
今日だと唐揚げの衣に、少し粗めにすりおろした野菜と一緒に揚げたので気付きづらいだろう。当然、髪の毛は爪の先よりも小さめにカットしている。
離れていきそうなマカナを繋ぎとめるには、私にはこの呪いじみた方法しか思いつかなかった。
今日で五日目。残りは二十五日。
建て前のレシピノートが三十品を迎えたら、私はマカナに告白できるのだろうか。
アハハ。これでは、告白は告白でも、罪の告白になってしまいそうだ。
……どうせなら、マカナが私を全部食べてくれたらいいのにな。そうしたら、あんなやつとは違って、捨てられる心配もなく安心できたのに。




