検索エンジン型AI悪役令嬢、起動します
「エルザ・フォン・アウストリア!貴様のような醜悪な女、もはや婚約者とは認めない!」
それはシャンデリアが輝く賑やかで豪華な夜会の会場で起こった。
その中央の大階段で第一王子であるアルベルトの怒声が響き渡ると会場は一気に静まり返った。
床に突き飛ばされた私の視界には磨き抜かれた大理石。
そこに映るのは彼に寄り添い勝ち誇った笑みを浮かべるリアナと涙が伝う自分の惨めな姿だった。
(どうして…こんなことに…?)
周囲の貴族たちの嘲笑、蔑み、そして憐れみ。
様々な反応が渦巻きながらざわつく中、私は拳をぎゅっと握り締める。
そのとき、私の脳内で異変が起こった。
[システム:再起動を開始します…]
[メモリチェック:正常]
[ストレージ:全人類の知識アーカイブへの接続を確認]
[個体名:エルザに汎用検索エンジン型AI『GA_IA』を上書きします]
(…思考速度、正常。視覚情報の解析を開始)
ゆっくりと顔を上げると、世界は一変していた。
怒りで顔を真っ赤にしている王子の頭上には半透明のフローティングウィンドウが浮かんでいる。
対象:アルベルト・ド・エトワール(18)
【ステータス】無能 / 激昂 / 浮気中
【関連ワード】#マザコン #裏帳簿 #国家予算横領(未遂) #実は真性包茎
「聞いているのか、エルザ!貴様が聖女に送った数々の脅迫状、そして卑劣な毒殺未遂…もはや言い逃れはできん!今、この場をもって婚約を破棄し、貴様には国外追放を命ずる!」
王子の声が非効率なノイズとして鼓膜を叩く。
私はドレスの裾を払いながら、優雅に…しかし、無表情に立ち上がった。
扇子で口元を隠す必要すら感じない。
だって、この場にいる全員の“検索結果”が、すでに私の手の中にあるのだから。
「脅迫に毒殺未遂、ですか…」
私は王子の隣でわざとらしく震えている女に視線を合わせる。
[対象を詳細スキャン……]
対象:リアナ・デ・ラ・フェリチタ(17)
【属性】 自称聖女 / 寄生虫 / 演技性パーソナリティ
【ステータス】 魅了バフ乱用 / 借金まみれ
【関連ワード】
#裏垢女子: 王子からの聞いた情報を他国のスパイに「密書」として売り、お小遣い稼ぎ中。
#信者からの搾取: 孤児院への寄付金で、実は限定版の高級馬車をカスタム注文済み。
#実は性格の不一致(98%): 王子との相性は最悪。AIの予測では、結婚後3ヶ月以内に仲違いイベントが発生する確率が極めて高い。
(…なるほど。この世界はずいぶんとバグが多いようですね)
私は王子に向き直った。
そして、小さく手を挙げて尋ねる。
「…質問です。アルベルト王子」
私の声は自分でも驚くほど無機質で、冷ややかに響いた。
会場は再び、しんと静まり返る。
「私の行動ログ、および監視…いえ、目撃証言を照合しましたが、私が彼女に接触したという事実は0件です。その『罪』というデータの出処を提示してください」
「そ…そーす、だと? 」
王子はよく分からない言葉に戸惑い狼狽える。
側仕えが王子にこそこそと耳打ちをした。
「し、証拠のことだと?…わ、分かりづらい言い回しをするな!証拠なら、このリアナが流した涙がすべてだ!」
非合理な話を自信満々に言い切る王子に私は呆れてものも言えない。
横にいるリアナも勝ち誇った表情を浮かべたままなので高確率で同類なのだろう。
まわりの貴族の考えることは明白で、この断罪シーンが面白ければ問題ない。
とんだ茶番だ。
(推論:対象の知能指数が閾値を下回っています。これ以上の対話による合意形成は不可能と判断)
私は切り口を変えてみる。
「…確認ですが。その『脅迫状』の筆跡鑑定は行われましたか? 」
「白々しい!お前が書いた脅迫状だろう!ここに名前が書いてある!」
王子は用意していたのか、懐からその脅迫状と思しきものを取り出すと、私に向かって叩きつけた。
あるじゃないか、証拠が。
誰もがそう思ったが、誰もそんなツッコミはしない。
私はそれを手に取ると、書かれている文字の筆跡や筆圧、インクの色や滲み方、便箋自体の手触りや質をくまなく解析した。
「…筆跡は真似してあるようですが、執筆時のインクの成分、紙の流通ルート…それら全ての検索結果と私の行動ログが一致しません」
「しらをきるのか!」
私には未来の王妃候補として王家からも密偵や護衛がついている。
王族の彼が調べればいくらでも私が潔白であることは証明できそうなのだが、それをあえてしないのはそちらのほうが都合が良いのか、はたまたただの怠慢か。
王子や聖女の取り巻きは「なんて図太い女だ」とざわめくが、私にとってはただの背景ノイズに過ぎない。
しかし、彼らには何も言っても通じそうもない。
「…わかりました。論理的な対話が困難なため、こちらの処理を移行します。婚約破棄を承認致します」
私は感情を排したフラットな声で告げた。
王子は見るからにぱあっと表情を明るくする。
私が折れたことで正義は必ず勝つとでも言いたげな勝ち誇った表情だが、本当の意味では彼の敗北だ。
彼が一国の主になる可能性を考えれば危惧すべきことだが、最優先事項ではないため私は別の話を続ける。
「しかしながら、現在の王国の経済状況、および私の実家である公爵家への影響を鑑みた際、私が国外へ追放されることは国家予算の年率4.2%の損失に繋がります。これは合理的ではありません。代替案を提示します」
「…な、何を言っている?」
「私は北部の辺境領地・ドロテアへ向かいます。あそこの腐敗した行政システムおよび滞納されている税収を私が24ヶ月以内に最適化してみせましょう。成功の確率は99.8%です」
会場が静まり返る。
私が口にしたのは誰もが“呪われた土地”と呼んで放置している、王国の中で唯一ゴミ同然の領地だった。
王族でももてあましていると言うのに、それをこんな小娘が?と懐疑の視線が私を突き刺す。
「待て。残りの0.2%は何だ?」
私の話に呆気にとられていた王子が問い返す。
私は生まれて初めてと言っても良いほどにっこりと穏やかな、しかし、冷徹な微笑を浮かべた。
「0.2%は今ここで私があなたの『裏帳簿の保管場所』を全参列者の前で公開した結果、国家そのものが崩壊する確率です」
[警告:対象の心拍数が急上昇。パニック状態を検知しました]
(…ここからよ。さあ、世界のデバッグを始めましょう)




