第9話 面倒な状況
「何が起きた」
エルドファミリーの構成員であるダンテが商業組合の拠点に至るまでの道のりを見て唖然としていた。
荒野へと続く南地区のスラムでは傭兵達の死体が散らばり、悲惨な戦闘の跡が残っている。誰一人としても生存者はおらず、頭を撃ち抜かれていたり、ナイフで腹を切り裂かれていたり、肉片されていたり。
死因は様々。
どちらかが死ぬまで終わらない。
このスラムの流儀を忠実に守っている。
「まさか……報告とは違うな」
商業組合襲撃に当たって、その間接的な原因となったミカのことはダンテにも知らされていた。スラムで営業する優れた修理工だという話。商業組合には入っておらず、しかし嫌がらせはされども攻撃されなかったのは彼に力があったから。
武力や権力、人脈。
個人で組織である商業組合から見放されるほどの武力。あるいは権力や人脈。
スラムの住民から優秀な修理工として評価されていたという話から、パウペルゾーンにおける重要性の高さ、つまりは人脈や権力の面が大きく働いて見逃されていたと思っていた。
少なからず戦闘はできるだろうが、それが主要な要因だとは考えられなかった。
しかし結果は違う。
転がった死体を見るに、その腕っぷし一つで商業組合から見放されていたということ。
商業組合のせいで数年前からパウペルゾーンに立ち入ることができなくなったエルドファミリーは、彼のことを知らない。しかし、この事態を鑑みるにスラムではそれなりに名の通った強者だったというわけか。
この辺は色々と聞きこみをしなければ分からなそうではある。
ただ、現状揃った情報のみで十分だ。
「……一人でか」
転がった夥しい数の死体を眺め、ダンテが呟く。
一人でこれだけの数を殺した。変に手を出せば火傷するのはエルドファミリーも同じかもしれない。
「エルドさんに報告しておけ。今からすぐに拠点に向かう」
部下に指示を伝え、ダンテたちはすぐに商業組合の拠点へと向かった。
◆
「ぐるなっ……やめ――」
部屋に発砲音が響き渡る。
脳天を撃ち抜かれた幹部の一人は沈黙した。
ミカが拳銃の弾倉を入れ替えながら、最後に一人生き残った者の元まで歩き近づく。
「お前、自分が何をしたのか分かってるのか」
ただ一人残った幹部は尻もちをついて壁際に追い詰められながらも、気丈に言い放つ。
その表情は知ってか知らずか酷く歪んでいた。冷や汗をかき、仲間の血で汚れている。すでに自分の終着点を認識し、しかし許容するわけもいかず、男は隙を探る。
「俺を殺せば、お前を殺しに来る」
ゆっくりと弾倉を入れ替えたミカが、男に銃口を向ける。
「誰がだ?」
「《《ギルバーン》》だ!」
「そうか」
商業組合に協力者がいることは予測できていた。エルドファミリーと敵対しているということは、その協力者も同様の立場にある組織。おおかた、ギルバーンだとか他のスラムの徒党だとか、予測はできていた。
驚きはない。
ただやはり、ギルバーンを敵に回すのはミカとて好ましくないのは事実。
「どうだ、これでお――」
「いや、いいよ」
男の頭を撃ち抜く。
どうせここまでやってしまったのだから、この男一人の命で状況が左右するわけでもない。
ギルバーンと敵に回してしまったかもしれないのは良くない事実だが、今更どうこうなるわけでもない。
「さてさて……」
男を殺したミカは次の仕事に取り掛かった。
仕事、とはいってもただの物色だ。商業組合の拠点ということもあってかなりの金品が溜め込まれているはず。それをすべて頂く予定だ。
だが、物事というのは何事も上手くはいかないもの。特にミカに至ってはそんなことばかりだ。
「増援か?」
拠点の窓から外を見る。そこには三台の車両が拠点へと向かってきているのが見えた。
まだ生き残っている傭兵が仇討ちにでも来たのか、それにしても車両が三台とは多い。ギルバーンの可能性がある。
「ったくよ」
すぐに迎撃の準備を始めた。
マグボルトとヴォルトハイブの動作確認を済ませ、拳銃の弾倉を確認する。そこら辺の衣服を破って腕や足の傷を止血して、万全の状態を整えながら車両を待つ。そして、ミカの準備が終わるのと同時に車両がミカの破壊した穴をさらに押し広げながら強引に突入した。
ヴォルトハイブの銃口を車両に向けたまま待機する。
すると車両から数人が降りて来た。
(あいつは……)
中にはパウペルゾーンで商売をしている時に来たエルドファミリーの構成員である、ライアンの姿もあった。
ライアンの姿があるということは、少なくともギルバーンではない。かといって商業組合の増援とも考えられない。
だとすると。
「俺か……?」
他にも可能性はありえる。
しかしタイミングが良すぎる。ミカが拠点の襲撃を行ってからまだ三時間と経っていない。その間に商業組合の拠点に入るだけの動機を裏付ける根拠を捻出したとは考えられない。
ライアンならばミカを知っている。
そのつながりを辿った方が早い。
事実、ミカの予測は合っていた。
「おーい! 生きてるか!」
ライアンがミカのいる部屋に向かって声を出す。マジックミラーとなっていて外からはミカの姿を確認できないはず。やはり、ここにいるのがミカだと気がついている。
「今からそっちに行く! 敵じゃないから即攻撃だけはやめてくれよ!」
ライアンが建物の中へと入っていく。
「……」
果たしてどの選択を取るのが最適か。
この状況で訪れたライアンを信用することはできない。かといって敵対的に動けば未来は最悪だ。ギルバーンとエルドファミリー。スラムを支配する二大徒党ににらまれればミカはまず生きて行けない。
ここは穏便に話しを聞くのが最善だろう。
「開けるぞー!」
ライアンは言葉を言い切る前に扉を蹴り破った。
そして部屋の中央に置かれた巨大なテーブルの上に座るミカを見て笑う。
「まさか生きてるとはな。どうやら想像以上だったみたいだ」
事実、ライアンからしてみれば50は下らない数の傭兵を差し向けられた時点で生を諦める。しかしミカは傭兵を殺しきった上で防衛設備が潤沢に配備された商業組合の拠点にまで攻め込んだ。
単独で。
馬鹿なのか、あるいは自分の実力に自信があるのか。過信しているのか。
いずれにしても、もし生きていればいい、程度の予測だったところを大きく裏切られた形になる。
「こいつ一人だけにしろ」
ライアンに続いて一緒に入ってこようとした部下たちを睨み、止める。もしここで入られてしまえば数的有利を相手に作る。まあ、この状況で気にしても仕方のないとは思うが、これは意思表示も兼ねての発言だ。
ライアンが後ろの仲間に目配せをして止める。
そして自分だけが部屋の中に入った。
「何しに来た」
ミカはヴォルトハイブから手を離さず、警戒を解かずにライアンに問いかける。
「そうだな……まあ少し長くなる。少し付き合ってくれ」
ライアンは返り血で汚れた椅子に座り込んで最初から語る。
ミカの屋台が壊されていたこと。もしここで恩を売れば優秀な修理工を引き入れられるかもしれないと考えた事。これを機に敵対組織の一つであった商業組合を潰そうとしたこと。
すべての詳細を説明した。
そして最後に、ミカの実力が想定を遥かに上回ったことで計画の一部が崩れたこと。
「まあこんなんだ。お前に恩を売って引き入れることもできなくなっちまった。一応聞いとくが、エルドファミリーに入らないか」
「無理だ」
「だろうな。まあいい。俺から提案したいことは幾つかある。それを聞いてもらってもいいか?」
ライアンの言葉にミカは目配せで頷いた。
「分かった。じゃあまず一つ目だ。この拠点を寄越せ」
「は?」
機関銃も狙撃兵も、幹部もすべて殺したのはミカ。スラムでは力がすべて。殺された者は、殺した者にすべてを奪われる。当然、この拠点はミカの物だ。
「おっと。すぐに手を出そうとするなよ? これはお前にとってもいい提案だと思うんだ」
無理矢理奪うというのならば、ここにいる全員を殺す。たった一つの拠点のために、傷だらけの体を投げ売って、ギルバーンだけではなくエルドファミリーまで敵に回そうとする。
メリットとデメリットが明らかに釣り合っていない、通常ではありえぬ選択だ。しかしミカの視線と雰囲気からそれが本気であるとライアンはすぐに気がついた。だからこそ茶化さず、すぐに本題へと入る。
「お前が気がついているのかは知らないが、商業組合はギルバーンとも組んでる。別に俺らがここで帰ってもいいが、その後はお前ひとりでここを管理することになる。商業組合を潰された仇討ちという名目で、拠点を獲りに来るギルバーンの襲撃に耐えながら、ここを守り抜けるか? お前にいくら力があろうが、休憩も無しに昼夜問わず仕掛けてくるギルバーンを相手に戦えるか? 結局は個人。拠点の防衛って面では、ちと不利だとは思わねえか?」
ライアンの言葉は筋が通っている。
疑う余地は残されない。商業組合がギルバーンに通じていることを、すでにミカは知っている。故に、提案が合理的だと嫌でも分かる。
だが、せっかく手に入れた拠点を失うのは、成すがままに手放すのは耐えがたい屈辱だ。
「そこでだ」
ライアンが人差し指をあげて、提案する。
「当然、俺らもただで貰おうってわけじゃねえ。防衛設備の破壊から幹部と傭兵の殺害。それだけの労力をかけておいて、最後に横取りってのは受け入れがたいよな」
商業組合を潰した対象がエルドファミリーがそこまでの労力をかけずとも殺せる相手であれば、有無を言わさず漁夫の利で横取りしていた。しかし相手はミカ。下手に手を出せば火傷するのはエルドファミリーとて同じ。
「この拠点に保管されている金のすべてを持って行っていい。お前が望むなら、なくなった家の代わりを用意してやってもいい」
ミカの家が壊されたことをライアンはすでに把握していた。
保有している金と新しい家。悪くない条件ではある。
「お前がこの拠点を手に入れるメリットとデメリット。そして俺の提案のメリットとデメリット。よく考えておけよ?」
にやっとライアンが笑う。
残念ながら提案に不備はなかった。
しかし即決できるというわけでもない。
「五分待てるか」
「いいぜ、すぐには決めかねることだしな。外で待ってる」
ミカが相当の狂人でない限り勝率の高い提案だとは思っている。そして屋台で喋った時の雰囲気から、合理的な一面もあると理解していた。だからこそ、すぐに制圧に出るのではなく対話を試みた。
ライアンの選択は正解だった。
「どうでしたか」
外に出たライアンに、通路で待機していたダンテが話しかける。ライアンはドヤ顔を浮かべて答えた。
「まあうまくいったんじゃないか? あいつは話が分からない奴じゃない。それに、今回はマジで詐欺な提案ってわけでもないしな。勘ぐっても何も出てこない」
「珍しいですね」
「無駄に吹っ掛けられたらバレて即殺し合いルート、ってのをあいつの顔を見た瞬間に思い浮かんだから辞めた。あいつに無駄な嘘はつかんほうがいい」
「まああなたの勘はいつも正しいですからね」
ダンテはライアンの肩に手を置いた。
「これからもよろしくお願いします。《《エルド》》さん」
ダンテの言葉に、エルド・ライアンは親指を立てた。
「任せておけってことよ」




