第79話 マキシマム・ザ・クラウン
二週間後。
ダストシティの中位区画にある銃器を専門に取り扱う『ミッドブルック』という武器屋――その店主であるデバが、新人記者のミルコと雑談を交わしていた。記者であるミルコと話す内容は最近話題になっているアストラ製薬及びその他関連企業が行っていた人体実験についてのとだ。
「人体実験……してるとは思ってましたけど、ほんとにしてるもんなんですね」
コーヒーカップ片手にミルコが呟くと、デバがパソコンに目を向けながら返す。
「ま、こうして表に出てくるのは驚きだったがな」
「これからどうなりますかねー」
「ま、しばらくは大きなことできないんじゃねえか?」
「アストラ製薬が五大企業の一つだってことも揺らいでますし」
デバが首を傾ける。
「ま、でもすぐ元通りになる。人体実験をしてる企業なんて探せばいるからな、企業からの追及はほぼないだろうよ。あくまでも傀儡のメディアと民衆から怒られるぐらいだ」
「一年ぐらいですか?」
「長くてな。半年でまあ元通りになる。今回はグリッチャーの案件ってとで色々と言われてるのに加えて、内容が内容だからな。ただの人体実験じゃねえ。これでも半年、長くて一年程度で元に戻るんだから、大企業様様ってところだな」
「そうですねー。私もいつかこんなスキャンダル暴露してみたいですよー」
「やめとけやめとけ。消されるぞ」
「えー、でもこうしてこの事件は世に出てきたじゃないですか。暴露したの誰なんですか?」
「それは不明だ。匿名からのタレコミ……タレコミっつってもあそこまで詳細な事件の写真や文書……おそらくアストラ製薬内部の人間だって噂だ。それかネクストセル・コーポレーションか」
「ネクストセル・コーポレーション? なんでそこが?」
「まあ色々と事件があったんだよ。直接的にはオートマン・ラボと軽くちょっかいを出し合ったって感じだが、色々と証言がある。それによ、今回の事件オートマン・ラボも仲間だからな。ありえない話じゃない」
「そういうもんなんですかねー」
「ま、こういうのは色々と裏調べなくちゃいけねえからな。難しいだろ」
「それもそうっすねー」
「いや、お前は記者なんだから調べろよ」
二人が雑談を交わしていると、店の隅に設置された古いテレビの映像が切り替わった。
「アストラ製薬の会見か……連日この調子だな」
「でもこれ……あ! 社長出席してますよ?!」
「ああ、あのずっと隠居してたっていうアストラ製薬のドンか。姿を見せるのは珍しいな」
「さすがに自分も出てこなくちゃって思ったんでしょうね」
「それもあるだろうな。早めにケリつけとかなにと他企業に付け込まれる」
語り合いながらデバとミルコはテレビに視線を注いでいた。
◆
「さて……無事にすべて終わったな」
ネクストセル・コーポレーションの事務所でミカが呟いた。工場地帯での戦いの後、ミカはクロに救出され、間一髪で一命を取り留めた。最新鋭の医療技術のおかげで後遺症どころか体に傷一つすら残っていない。
負傷中ではあったが、この二週間色々と忙しかった。
各企業との話し合い、争い合い、けん制し合い、ダンテに任せている部分が大きかったがミカも動かなくてはいけなかった。連日の労働のせいでもう疲労困憊だ。色々と終わって肩の荷が下りたのも大きい。
それとウィンドウが使えなくなってしまった不安感も疲労を増長させている。
「慣れるしかないか」
事務所で一人ミカはテレビを見ていた。
内容はアストラ製薬の謝罪会見だ。
アストラ製薬の役員一同が並び、真ん中には社長がいる。
全員が義体、電脳化をして百何年と生きた化け物だ。
今後は彼らと直接的な取り引きをしていかなくてはならない。
骨が折れるが。
「いや……そうはならないな」
ミカやダンテが彼らと話すことはない。少なくとも社長と話すことは絶対に無い。
「……」
無言でテレビを眺めていると画面に突如ノイズが走った。直後、カメラの中心にいたアストラ製薬の社長が鼻や耳、口からオイルを垂れ流す。ガタガタと震え、頭からは煙が上がる。
「っっはは。こりゃひでぇ」
直後、社長の頭が爆発した。
「そりゃ、こうなるだろ」
社長に続いて次々と役員の頭部が吹き飛ぶ。
電脳化をしていない者は義体を操られ首を自分でへし折る。
会見は阿鼻叫喚。
カメラマンはカメラの映像を切ることも忘れて逃げ出している。
直後テレビは打ち切られ暗転した。
「偽レオン……か」
静かになった部屋でミカが呟く。
電脳や義体は高いセキュリティで守られているもののハックされないわけじゃない。偽レオンのような化け物ととしか思えないニューロダイバーの手であれば強固に築かれたセキュリティを破壊して操ることができる。
それでも偽レオンが規格外であることには変わりない。
「お前の目的はこれで果たせたか」
「完璧さ」
突如、暗転したはずのテレビが映し出される。映像には偽レオンが映っていた。
「また勝手にハックしやがって」
「すまないね。でも君には恩がある。今後何かあったら、少しだけは手を貸してあげるよ」
「お前がグリッチャーにならなかったらな」
「そりゃ痛いところを突くね」
偽レオンはアストラ製薬が行っていた人体実験の被験者だ。あの地下施設で拷問され、研究され、実験体として様々な扱いを受けた。だから電脳化も義体化もしているし、深く電脳の世界に潜ったからこそニューロダイバーとして力がある。
「最後に聞いてもいいか、アストラ製薬上層部はなんであんな人体実験をしてたんだ。単なる金儲けか?」
「違うね。それはあくまでも副次的なこと。目的は死への恐怖……グリッチャーへの恐怖といったところかな」
「……ああ」
「その反応はある程度予測できていたみたいだね」
グリッチャーは義体化、電脳化をしているものならば誰であろうとも突如として発症する危険性を秘めている。それこそ、アストラ製薬の上層部も社長であろうとも同じ恐怖を味わっている。
「人の限界を超えて生きることへの罰さ。だから僕がグリッチャーになるのは運命だ」
大企業の上層部や社長は皆、電脳化や義体化によって無限の命を獲得した。しかしその無限の命にはグリッチャーという爆弾が潜在的に潜んでいる。生きれば生きるほど相対的に発症する可能性は高まる。
それが怖く、恐ろしい。
だからこそアストラ製薬はグリッチャーの研究を行い、治療薬を探した。
彼らの研究に他の大企業が協力していたのは、他の企業の上層部もまたグリッチャーの恐怖に怯えていたからだ。
「神から与えられた肉体を機械に改造することへの罰。生物の枠組みを超えた命への執着に対する罰。僕はグリッチャーは神から与えられた罰だと思う。だからこのままでいい。解決不可能な命題として立ちふさがるべきだ。こうしないと短絡的に電脳化をしてしまう人が増える。デメリットはあった方がいい」
「確かにな」
「ちなみに君は」
「俺は人のまま死ぬよ」
「じゃあ僕は君の味方のままさ。あの隠居していたジジイを表に引っ張りだしてくれた、それだけで十分ではあるけどね」
テレビの中で偽レオンは笑っていた。
「君はこれからどうするんだい」
「変わらないな。ネクストセル・コーポレーションをでかくすることだけだ」
「ダストシティの王、アストラ製薬は地に堕ちた。空いた王座には誰が座るのかな?」
アストラ製薬は半年程度で回復するはずだった。しかし偽レオンが上層部のほとんどを殺したことで話が変わって来る。すぐには立て直すことができない。それまでの間、ダストシティの王座は空席となる。
「当然、俺が獲る」
ダストシティの王座に座り、王冠を取るのは自分だと、ミカは宣言する。
偽レオンは興奮したように前のめりになってさらに質問を投げかける。
「その《《次》》はどうするんだい!」
「次?」
「世界はダストシティだけじゃない。五大企業は他にもある。そいつらをぶっ倒して取るんだろ? もっと刺激的な王冠をさ!」
確かに、そこまでは考えていなかった。
しかしいい目標だ。
ダストシティ程度でくすぶっているわけにはいかない。
その先が、さらに先が、永遠と続いているのだ。
その果てに辿り着くまで止まれない。
「獲ってやるよ」
「いいねいいね!」
目指す。
仲間と共に。
築き上げてきたものと共に新しい王冠を獲りに行く。
刺激的な王冠を。
そう。
言うなれば。
「マキシマム・ザ・クラウンをな」




