第78話 かつての世界と共に
『クロ……聞こえてるか』
ミカが強化服に内蔵された通信機に語り掛けるが応答はない。すでに強化服はエネルギーを使い果たし、壊れている。
アストラ製薬の精鋭百人程度との連戦。加えてホバー型飛行機七機を相手に立ち回った。その結果、強化服は完全に壊れ、ヴォルトハイブも銃身が折れ曲がってしまった。
残っているのは壊れかけのマグボルト。それとまともに動かない体だけ。
「……はぁ……ったく」
地下施設の基幹システムの前で、ミカがデバイス片手に倒れている。壊れかけの強化服からは抉れた肉や、剥がれた皮膚が見えている。血が流れだし、床に水たまりを作っていた。
地下施設で殺した者達と同じように、ミカもまたここで死体になる。
「死ぬわけにはいかねえんだけどな」
自分がいなければネクストセル・コーポレーションは飛躍できない。ウィンドウの情報が無ければ次の製品が作れない。アストラ製薬が弱った今、急速に飛躍す機会だというのに、自分がいなくなったら計画がとん挫する。
だから生き残らなければならない。
ならないというのに、体が動かない。
瞼が重い。
「……っ」
歯を食いしばるがどうにもならない。
ミカの意識はゆっくりと沈んでいった。
◆
「持ちこたえなければッ!」
ビルの十一階の狭い通路でダンテが小銃を乱射していた。足元には薬莢と弾倉が転がっている。ケルンのいる十二階に行くためには必ずこの細い通路を通らなければならない。
ダンテが弾幕を張り続けている今だけは誰一人としてここを通過することはできない。
エネルギーパックが組み込まれた小銃を使っているおかげで、企業部隊が無理矢理突破することも難しい。
だが、限界は確実に近づいていた。
ダンテの小銃に組み込まれたエネルギーパックは、警告灯を赤く点滅させながら出力を落とし始めている。射撃の反動がわずかに弱まり、銃身の振動が不規則になった。残量は底をつきかけていた。
「……クソ、持たないか」
弾倉もすでに空だ。足元に転がる金属片は、彼がここに来てからどれだけ撃ち続けたかを物語っている。銃身は連続射撃の熱で赤く染まり、握る手袋越しにも焼けるような熱が伝わってくる。それでも取り換える時間などない。交換動作の一瞬を狙われれば、通路は突破され、十二階のケルンに敵が殺到する。
そのときだった。
「手榴弾ッ!」
企業部隊の一人が通路の角から腕だけを伸ばし、黒い円筒を放り込んだ。ダンテが反応した瞬間には、すでに床を転がり、金属音を響かせていた。
爆発。
衝撃波が通路全体を揺らし、ダンテの身体を強化服ごと壁に叩きつけた。胸部装甲が軋み、内部の警告表示が一斉に赤へと切り替わる。視界が白く弾け、耳鳴りが世界を支配した。
「ぐっ……まだだ……!」
膝をつきながらも、ダンテは崩れ落ちることを拒んだ。強化服が悲鳴を上げている。腕は痺れ、握っていた小銃は半ば溶けた銃身から煙を上げていた。
それでも、彼は立ち上がる。
「持ちこたえなければッ!」
通路の奥から、企業部隊の足音が迫ってくる。
ダンテは壊れかけた小銃を構え、残されたわずかなエネルギーを絞り出すように引き金へ指をかけた。
その瞬間、頭部装甲に数発の弾丸が命中しダンテが後ろに倒れる。その際に小銃からは自然と手が離れた。
「あ……が」
頭部装甲は弾け跳び、右目の部分がかけている。モニター越しではなく初めてダンテは企業部隊の者達を目に収めた。
「ネクストセル・コーポレーションのダンテだな。確保する」
ダンテに人質としての価値はない。好きなようにしろ。
だがケルンの元にはいかせない。
強化服内部に込められた自爆装置を起動する――――寸前に、彼らが来た通路の奥から発砲音が鳴り、企業部隊員の頭を次々と撃ち抜いていく。彼らが着ている強化服の装甲を一発で貫けほどの威力を持つ武器をダンテは一つしかしらない。
通路の奥で鳴った発砲音はエネルギーパックが組み込まれた銃器によるもの。
(誰だ……)
不意打ちで遮蔽物が無い状態だったため企業部隊は瞬く間に殲滅させられる。ダンテは辛うじて開く片目を発砲音の鳴った方向に向けた。そこにはこの状況には場違いなスーツの恰好をしている女性がいた。
「あなたは……」
「ここに行けと言われたんでな、君たちか。ミカの仲間というのは」
「はい」
「ま、《《課長》》とでも呼んでくれ。ミカの警察《PCD》時代の上司だ」
◆
「……あ?」
ミカが目を覚ました。しかし見えたのは病院の天井でも無く、青空でもない。というより、寝てすらいなかった。ミカは現在、どこまでも続く白い空間に立っていた。
「どこだここ」
とうとう死んでしまったのか、と思いつつ周りを見渡した。
「何もねえ……」
どうすればいいのか。
「懺悔でもしろってのか?」
「――いいえ」
突如背後から聞こえた声にミカが振り向いた。
「おまえ」
そこには企業部隊と戦っている時に見えた少女が立っていた。やはりあの時の兵器を食らったせいで頭がおかしくなってしまったのだ。
「あなたは至って正常ですので、安心してください」
「……こいつ……」
思考が読まれている? と疑問を抱いたがこれが自分の作り出した偶像だとすると読まれていて当然かとも考える。果たして目の前の少女は自らが作り出した幻覚なのか、はたまた違うものなのか。
「私は……あなたがウィンドウのAIと呼ぶ者です」
「……」
ミカはウィンドウのことについて知っていることは少ない。ほとんどは原理が不明のまま使ってきた。なぜ自分がウィンドウを使えるのか、そもそもウィンドウとは何なのか。
何も知らない。
「今回は幾つかお伝えしたいことがあって、意識を繋げさせていただきました」
「待て……その前にお前何なんだ」
少女は少し黙って、それから口を開いた。
「崩壊後復興論というのはご存じですか?」
その単語を聞いてミカの頭の中にクレイトンの顔が思い浮かんだ。
「あいつが言ってた学説とやらか」
「はい。すでに世界は一度滅びている、というよくある学説です。これは細かいところを除いてすべて合っています」
「その根拠は」
「私です」
「……」
ミカが訳が分からないと言った視線を少女に向けると、彼女は丁寧に説明を始めた。
「私はあなた達の世界が構築される前に作られた情報生命体です」
「信じられないな」
「あなたがよく使っているウィンドウ。あれに載っているカタログの情報について疑問に思いませんでしたか?」
ミカはそこで今まで積み重ねていた違和感が繋がったような気がした。
「ウィンドウに載っているカタログの中には現存の技術では構築はおろか、技術の提唱すらも考えられてないようなものまであります。あれだけの情報、普通に考えておかしいですよね」
「……」
「つまり、カタログに載っていたのは前の時代に作られた武器や機械ということです」
「エネルギーパックもか」
「はい。私がいた世界ではエネルギーパックが主に電力として使われていました。だからカタログの乗っている商品のほとんどがエネルギーパックを前提とした作りをしているわけです」
「……そうか」
納得できる。納得できてしまう。
これは自分の妄想なのか、幻覚なのか。
「じゃあ待て、なんでお前は生きている。俺はウィンドウが見える」
「私は情報生命体。資源の再分配によって世界が一度構築され直した今でも、生きることは可能です。きっとこの世界の技術がもう少しだけ進化すれば私の存在も知覚できるようになるはずですが」
「……」
「えーと、それとなぜあなたにだけウィンドウが見えるのか、という問題についてですね。これは私があなたを選んだからです。脳を少し弄って私をみえるようにしました」
「選考の理由は」
「私の創造主、その恩人と似ていたから、でしょうか」
「その創造主ってのは」
「名前をマーセラフィム・ワルスキャナ。エネルギーパック開発し、私達の世界の礎を築いた凄い人物です。その方が子供の頃に出会われた恩人とあなたの雰囲気が似ていたので、少し干渉してしまいました。ま、でもいいですよね。こうしてエネルギーパックが流行ることで、二度目のリセットは必要なくなったんですから」
ぶつぶつと何かを喋っている少女を無視してミカは考える。少女の発言の意味をまとめ、繋げ、そのうえで質問した。
「で、なんで今出て来たんだ」
疑問はある。ただ今はその質問の答えが聞きたかった。
「私はこれ以上世界に干渉しすぎるのは駄目なので、そろそろ身を退かなくちゃいけません」
「つまり、ウィンドウが使えなくなるってことか」
「当たりです」
すでに察していたミカは特に驚かずに受け入れる。
「俺はどうなる」
「変わりません。ただウィンドウが使えなくなるだけです。ま、そもそも生きて帰れたら、ですけど」
「ッチ。そうだった」
今自分は死にかけなんだった、とミカは思い出す。
「俺はどうすればいい」
「知りません。私は伝えに来ただけですので」
「ったく、じゃあウィンドウのAIも使えなくなるのか」
「その通りです」
「はぁ……」
「ま、いいじゃないですか。あなたにはもう私は必要じゃありませんし。それに、ウィンドウの情報については随分と調べたんでしょう?」
「まあな」
「あなたは記憶力がいいからどうせすべて覚えてる。事業が軌道に乗ったら必要ないじゃないですか」
「……まあ」
ウィンドウには何年も頼ってきた。さすがに失うと分かれば不安を覚える。
「大丈夫ですよ。仲間がいます。ほら……お迎えですよ」
彼女がそう言った瞬間、白い世界が崩れ黒塗りになっていく。
「頑張ってください。どこかで応援しているので」
「ッチ。技術が進展すれば会えるようになるんだよな」
「旧世界との技術レベルが一致すれば干渉しても問題はありません」
「だったらそれまで待ってろ。まだ感謝しきれてねーからな」
「はい。では待っています」
彼女はそう言うと笑ってミカを白い世界から追い出した。ミカは黒塗りで何も見えぬ場所で浮遊感に身を任せている。
(ったく……)
何もかもが急すぎる。
ため息を吐くと同時に声が聞こえた。聞き馴染みのある声だ。
「起きるんだよ。まだ死ぬには早いんだよ」
「……」
目を覚ます。
目の前にはクロの姿があった。
「あぁ……助かった。ありがとう」
「ったく、ニューロダイバーを現場に来させるもんじゃないんだよ」
「はは……悪かった」
ミカは疲れた表情で笑顔を浮かべた。




