第77話 駆けつける者達
ミカが地上へと姿を現した時、すでに企業部隊の全員がホバー型飛行機から降下し終わっていた。
「おいおい、挨拶も無しかよ」
ミカが姿を現した瞬間、企業部隊は一糸乱れぬ動きで攻撃を始める。彼らが使っている散弾銃や小銃を一発で食らってしまえばミカが着ている強化服は一気にダメージを受ける。
だが、それは相手も同様だ。
エネルギーパックの出力を全開にした状態でヴォルトハイブの引き金を引けば、生身の人間に至近距離から散弾銃を撃ち込んだ時のように、一発で殺しきれる。たとえ相手が機械化していたも関係ない。
粉々に破壊する。
「さすがに多いな」
建物の陰に隠れながらヴォルトハイブの弾倉を交換する。敵の数はざっと二十人。これだけの数が一切乱れることなく効率的に攻撃を仕掛けてくる。ミカはその要所を崩しながらうまく切り抜けて敵の数を減らしていくしかない。
建設途中の鉄骨ばかりがむき出しになった工場内でミカと企業部隊の面々が戦闘する。
鉄骨の背後にいればすぐに柱ごと破壊され、複数人でリンチにされる。
常に動き回り、敵をかく乱する。
ミカが唯一企業部隊に勝っているところといえば機動力と単純な火力のみ。しかし単純な火力があれば何も問題はない。
「――っはっははは!」
敵が動いた瞬間、ヴォルトハイブをぶち込む。その瞬間に敵からの銃撃を受けるが関係ない。ミカが受ける損害よりもヴォルトハイブ一発の方が価値がある。たとえ相手が分厚い遮蔽物に隠れていようが、ヴォルトハイブは構わずに遮蔽物ごと破壊してその後ろにいる対象に負傷を与える。
一発では死なないだろう。
しかし負傷し、場合によっては強化服を壊す。
戦線離脱さえさせてしまえば構わない。
とにかく敵の人数を減らしかく乱することだけ。
(次だ次)
戦いの中で、敵に攻撃するのと同時にヴォルトハイブで片っ端から工場の柱を破壊してきたおかげで建物が随分と脆くなった。最後、弾倉に残った一発を撃ちきった瞬間、建物は倒壊する。
巻き込まれないようミカが逃げる――瞬間に、背後から企業部隊が現れる。
(なんでここに、数を間違えたか?)
確かに驚きつつも表には出さず冷静に対処する。ヴォルトハイブの弾丸は無い。敵との距離は近く、周りは鉄骨で囲われている。敵は物陰から飛び出すのと同時に引き金に指を掛けている。
弾丸が撃ち出されるまでは―――。
「――っは!」
彼が引き金を引くのと同時にミカは瞬時にホルスターからマグボルトを引き抜いた。
相手が小銃である以上、ミカを一発で殺すことはできない。対してマグボルトはあらゆる装甲を貫く絶対の武器だ。今はエネルギーパックで威力が大幅に強化されている。
両者が引き金を引いた時、マグボルトから機械音が鳴った。
チャージ音にも似たその音は一瞬で収まり、ミカの手に強化服越しにでも確かに感じるほど大きな衝撃が伝わる。銃口は青白く灯り、撃ち出された弾丸は蒼い彗星となって尾を引きながら飛び立つ。
相手が撃ち出した弾丸を弾き飛ばし、あらゆる障害を無視し、一直線に飛んだ弾丸は敵の頭部を破壊する。撃ち抜くのではない、強化服ごと頭部を吹き飛ばした。
息絶えた敵の死体が地面に落ちるのよりも早く、ミカは崩落する建物から逃げ出す。
「……ぁあ? まだいんのか」
ミカが外を見上げると三機のホバー型飛行機が飛んでいた。
増えている。
一機で二十人も企業部隊員が降りて来たのだ。
それも今度はホバー型飛行機の下部に機関銃やロケット砲が取り付けられている。
これだけの装備であれば。
(出し惜しみしてらんないな)
ミカが決意を固めた瞬間、甲高い音が工場地帯中に響き渡る。直後姿を現したのは数百にも及ぶドローンの大群。すべてミカが製造し、一機一機にウィンドウのAIが組み込まれている。
ドローンは各自、自爆特攻をする個体、下部に取り付けられた機銃を撃ち込む個体、ロケット弾を撃ち込む個体に分けられる。その他にはドローン自体が各自電波を発し、取り囲んだ空間でのみ電磁パルス圏を構築する個体群もいる。
すべてこの時の為に。
いずれ来るであろう企業抗争の時のためにネクストセル・コーポレーション設立時から地道に作り続けていた。これの倍の数がゲルグのエネルギーパック製造施設にも用意してある。
そう簡単には落とさせない。
勝算も無しに真正面から戦うわけではない。
確かな戦力と作戦に基づいた勝利の予測がある。
ミカはドローンと連携しながらホバー型飛行機を撃ち落すためにヴォルトハイブを向ける。
「……なん」
その瞬間、視界が揺れた。こみ上げる嘔吐感、気を失いそうになる感覚。
これは。
「ガス兵器……いや」
強化服に穴は無い。ガス兵器や細菌兵器の類は無効化する。
では何か。
「新兵器か……」
立てないほどに意識が揺らぐ。
ドローンが戦っていてくれているおかげでミカが蜂の巣にされることはないが、あと数十秒もこの状態が続けば殺される。
「まずいッ……」
歯を食いしばり膝に手を付いて立ち上がる。
しかし立ち上がれない。
「クソ、できる」
言い聞かせる。
歯を食いしばり前を見上げる。
「……なんだ、ありゃ」
前を見た時、少女が宙に浮いていた。
(とうとう幻覚まで、ッチ)
少女は消えない。ミカを見下ろしているのみ。
しかし、強化服に内蔵された通信機から聞き馴染みのある声が聞こえてくると共にその少女の虚像は消えた。
『これは特殊な波長の電磁波を放出させる兵器なんだよ』
「っ……」
『今ハックしたから止めるんだよ』
ミカが歯を食いしばりながら口角を上げる。
『クロか!』
『聞かなくても声で分かって欲しいんだよ』
気がつくと頭の痛みも吐き気も無くなっている。
『とっとと立ち上がって戦うんだよ』
『ああ。当たり前だ』
地面に落としたヴォルトハイブを持ち上げて空に浮かぶホバー型飛行機を見上げた。
◆
『本部の防衛線はどうなっていますか』
ダンテがゲルグにいる部下と連絡を取りながら、ビルに襲撃をかけたオートマン・ラボの企業部隊と戦っていた。
『分かりました。何かあったら至急連絡してください。予定ではあと少しでミカさんが仕事を終えるはずです』
通信端末を切って、ダンテはケルンを見る。
「どうやら防衛設備が機能しているようです」
「さすがにあれだけ準備してきましたから」
数百二も及ぶドローンの大群。それら一体一体がミカが作り上げたという独自のAIで独立して動いている。
ネクストセル・コーポレーション設立当時から今のような状況に備えるために少しずつ製造してきた甲斐があった。ドローンの他にも独立して動く外骨格装甲や機械人形、地面毎トラップになっている場所もある。
ゲルグにある施設は正に要塞だ。
上から爆弾を落下させられればまずいことになるだろうが、エネルギーパック製造方法が失われ、出回っているエネルギーパックを解析しても再現が難しい以上、それはできない。
ただやられたとしても、製造方法自体は知っているためどうにか立て直すことはできるが。
取り合えず問題は山積みだがどうにかなっている状況。
どうにかなってないのは一つだけ。
「二階の防衛線が突破されましたか」
すでにビルの一階部分は突破され、企業部隊が二階に入ってきている。現在、ダンテたちがいるのは十二階。部下が殺されている今、どの程度持ってくれるか。すでにダンテは強化服を着て、エネルギーパックが用いられた小銃を手に持ち、いつでも戦える状況だ。
「ケルン、最後ここで待機しておいてくれ」
ネクストセル・コーポレーションはダンテがいなくても存続できる。しかし今ここで誰が生き残るべきか。それはミカから送られて来るであろう情報をすぐに処理することができる能力を持ったケルンだ。
もし命を散らす役割が必要ならば自らが肉壁となる。
ダンテは決意をケルンは受け取り「はい」とただ答えるのみ。同時に、部下の声が無線機から届く。
『報告遅れました! 敵! 五階までしん――』
音声が途中で途切れる。一階の突破から五階まで敵が到達するのが早すぎる。このままではミカが指定した時間まで待つことができない――。
「すみません、私はもう行きます」
ダンテが通信端末をテーブルの上に置き、ケルンに後を任せる。銃声が鳴っている位置からして、もうすぐそこまで来ている。外部から七階か八回に穴を空けられてそこから侵入された。
もう部下は残っていない。
ダンテ自らが出るしかない。
どの程度持つかは分からない。
「頑張ってください」
「はい」
去っていくダンテにケルンは「死なないでください」とは言えなかった。普通に考えてダンテは死ぬ。願掛けは意味を為さず、虚しくなるだけ。今はただ彼を送り出すことしかできない。
「はぁ……」
緊張と不安を紛らわすために息を吐く。
アストラ製薬はケルンにとって因縁の深い相手だ。もともとケルンはダストシティで製造業を営む父の元に生まれた。しかしアストラ製薬並びにその協力企業からの圧力によって工場は稼働を停止し、父もまた命を亡くした。
父の工場の跡地こそが、今、ミカが戦っている工場地帯。
今ではもうアストラ製薬の管轄になっているだろうが。
親を亡くし、家を無くし、法外な手段で金を根こそぎ奪われ、ジャンクヤードに墜ちた。しかしエルドに拾われ、ミカに助けられ、今はここにいる。この機会、この幸運、この恩は返さなければならない。
「――きた」
ダンテの通信端末が音を鳴らす。
それはミカから送られてきたアストラ製薬の基幹システムに眠る情報のすべてだった。
半ば奪い取る形でケルンが通信端末を取り手元のパソコンと接続する。読み取りデバイスが基幹システムから抜き出した情報はまだノイズがかかっている。このままでは公表できず、武器として扱えない。
ミカから同時に送られてきた基幹システムの暗号パターンと照合しながらノイズを取り払っていく。
ケルンの能力ならばすべての暗号を解析するのに十分はかかる。
(いえ、五分で終わらせます)
ミカが命を張って奪った情報、ダンテが命を賭して稼いだこの時間。
一秒も無駄にすることはできない。




