第75話 取り引き
「さて、お座りください」
先に建物中で待機していたダンテが来たばかりのオートマン・ラボの社員に座るよう促す。
今回の取引はオートマン・ラボ側から提案してきたもの。場所をセッティングする権利も待ち構える権利もダンテ側にある。
「ありがとうございます。では早速、事前にご説明させていただいた通り、お話を」
ダンテが無駄な雑談を嫌う人物だと知られているのか、オートマン・ラボの担当者は本題から入る。
資本提携、出資の打診か、共同開発契約の提案か、買収か、考えられる線は幾つもある。基本的には後々ネクストセル・コーポレーションが不利になる可能性が高い契約ばかり。
断りたいところではあったが、断れる相手ではない。
「資本提携・出資、共同開発契約の締結の提案について、今一度確認させてもらいたいと思います」
担当者は書類を広げながら説明を始めようとする。本来ならばここで一つ口を挟み主導権を握りたいところだが、ダンテは敢えて口を噤み、担当者の説明に耳を傾ける。
「我々としてはあなた方が持つエネルギーパックの技術を非常に高く評価しています。液体電源としては革新的。いずれクロームギアや義体、インプラント類にも活用されるでしょう。その上で、我々と資本提携……あるいは共同研究の締結について考えてもらいたいと思います」
予想通り。ここまでは事前に渡されていた資料で把握している。問題はここからだ。
バトルシステムズと丸め込んだということもあってダンテを見縊ってくれているはずがない。オートマン・ラボはダンテを対等な、あるいは有能な経営者として扱い戦ってくる。
侮ってくれたらよいものの、そう上手くはいかない。
「具体的なことについてはそちらの資料に」
テーブルを滑らせてダンテの元に資料が渡される。
ダンテは担当者の方を一度見て視線を合わせると、資料を手に取る。
相手はインプラントや義体、電脳を専門に扱う大企業。エネルギーパックの有用性を即座に見抜き、自らの事業に転用できると考え今回の話を持ち掛けた。共同研究の話が出てくるのは予想できる。
問題はその内容だ。
(独占ライセンス契約……それと出資……工場はあっちか)
相手は大企業だ。少額だからといって資本提供を受ければじわじわと浸食され、いずれ逆らえなくなる。基本的には断りたい。独占ライセンス契約に関しては高額なライセンス料が貰える事も含め、ネクストセル・コーポレーション側にもメリットがある。
ただ、オートマン・ラボとネクストセル・コーポレーションの力の差を考えた時、交渉力の差が大きすぎるせいで、どう頑張っても不利な条件を飲まされるリスクがある。
加えて意思決定権の比重が大企業側有利になることが多く、その企業の業績・戦略変更に左右され、最悪の場合プロジェクトが止まることもある。ミカたちのような駆け出しの企業故に得られるメリットがそれで潰される可能性は否定できない。
(もしくはエネルギーパック技術が塩漬けにされる可能性……か)
エネルギーパックはあまりにも革新的な技術。オートマン・ラボといえ使い方を間違えればよくない方向に作用するかもしれない。であるのならば技術を凍結させてしまった方がいい。可能性としては限りなく低いがあり得る未来。そうなればネクストセル・コーポレーションは消える。
ダンテは資料をじっくりと読み込んでからすぐに解答を出す。
「私達としてはこの独占ライセンス契約……契約期間を一年。クロームギアに絞っての独占であれば頷くこともできますが」
「契約期間が一年? それでは研究の開発にかかる期間として短すぎます。それにクロームギアに絞って、とは我々を馬鹿にしていますか?」
案外直球な物言いをされたためダンテは素直に驚き露にする。しかし確かに、彼らの反応も当然だった。独占ライセンス契約の期間が一年ではとてもエネルギーパックを用いた新商品の開発に間に合わない。
加えてクロームギアだけの独占となるとオートマン・ラボの本来の目的である、エネルギーパック技術の独占ができなくなる。ダンテの発言はあまりにも馬鹿馬鹿しく、この商談の意味すら否定するものであった。
だが、これでいい。
(元から協力なんていらない。傲慢にいく)
最初からオートマン・ラボの話を飲もうなどと一切思っていない。資金・人材・設備あらゆるものが不足しているが、それでも助力は最低限に、エネルギーパックという革新的な技術をもってして市場を支配する。
大企業の力を借りずに実現するには無理難題な目標であることには分かっている。
しかし無理難題を成功させなければマザーシティの王冠は取れない。
数回会話を交わしたのみでダンテの意思を確認した担当者は、一度息を吐いて座り直す。
そして改めて仕切り直した。
「これでも譲歩してやってるんです。あなた方に今できるのは頷くことだけ、分かりますか」
「選択権は常に私達にあります」
「では端的に言い換えましょう。企業部隊をネクストセル・コーポレーションの工場の近くに待機させています」
「……」
「私は……穏便に行きたいのですよ。会社が消えるか。それとも私達の元で働くか。どちらか、というわけです」
武力行使はある程度分かり切っていたがここまで露骨だとは思わなかった。企業が支配するこの世の中において世論は正しく機能しない。オートマン・ラボが責められることはまずない。
ただ、今回は違う。
エネルギーパックというという分かりやすい新技術、企業部隊にも銃の販売をしている。ネクストセル・コーポレーションは民間でこそ知名度はないが、多くの企業から関心を向けられている。
世論ならば握りつぶせる。
しかしそれにも程度はあるし、今最も注目されているネクストセル・コーポレーションが相手だ。
もし実力行使をすれば他の企業からの追求は避けられない。
ただ、オートマン・ラボがその危険性を考慮していないわけがなかった。
「私達は現在、アストラ製薬と神経系インプラントの開発、義体、クロームギアの共同研究を行っています。アストラ製薬側もエネルギーパックについては話し合っておりまして……」
担当者がダンテを見る。
つまり彼はこう言いたいのだ。
『私達にはアストラ製薬もついています』と。五大企業の一つに数えられ、マザーシティの頂点に立つアストラ製薬ならば、多少の犠牲を出しつつも実力行使に出ることができる。
オートマン・ラボが目を付けたということはアストラ製薬もエネルギーパックに目を付けていてもおかしくはなかった。
相手が正攻法で来なかった以上、ネクストセル・コーポレーションがいくら正攻法を模索したって勝てない。
こういう状況は《《想定していた》》。
(これは予想外……そして《《予想内》》ですね)
ミカから事前にこの危険性については話されていた。聞いた時はいくらなんでも横暴すぎる、とも思ったが、いざ考えてみるとありえる。雲の上にいるこの二企業はまともに話し合わずすぐにケリをつけようとしてくる。
力の暴力で組み伏せてくる。
(仕方ありません)
ダンテは担当者と視線を合わせて口を開く。
「四時間ほど休憩を頂きたい。返事はその後でよろしいですか?」
「馬鹿げたことを……今すぐここで結論を。でなければ……」
やはり、とダンテはため息を吐き。そして心の中でミカに謝った。
(申し訳ない。あなたには苦労ばかりさせる)
それから担当者を見る。
「噂で聞いた話なんですがオートマン・ラボ様とアストラ製薬様は共同で『グリッチャー』に関して研究していたそうで」
義体化、電脳化によって引き起こされる原因不明の精神障害『グリッチャー』。この研究をアストラ製薬とオートマン・ラボは熱心に行っていた。
「M-2PIK……ご存じですか」
数年前にダストシティで流行った電脳系麻薬の名前を口に出す。
「あの麻薬を使うと『グリッチャー』を誘発する効果があるらしいですね、聞いたところによると。麻薬の流通元は海外の中小企業だとか……」
「……何が言いたいのですか」
「その中小企業にアストラ製薬の研究員が入って作ったのがM-2PIKだとか。噂に聞いただけなんですけれどもね」
担当者は僅かに表情を歪める。
ダンテは続けた。
「ダストシティの郊外、廃れた工場区画。その地下……と言えば、分かりますか?」
「……おまえ」
「これを踏まえた上でもう一度お聞きしたい。返答は四時間ほど待ってもらえますか?」
「……」
担当者は歯を食い占める。
頭の中で様々な勘定を行っているのだろう。
十秒ほどの沈黙だった。
「分かりました。待ちましょう。ただ限度は三時間。これが限界です」
「ありがとうございます。それでは」
担当者が席を立ち一言も告げずに部屋から出て行く。
ダンテは扉が閉まるのと同時に息を吐き、それから後ろで控えていたケルンを見た。
「ミカさんに連絡を。申し訳ないことをしました」




