第7話 マグボルト
「ふぅ……」
取り合えず目に付く限りの傭兵を殺したミカは、廃材の上に腰掛けてバラック小屋とバラック小屋の隙間から見える荒野を眺めていた。
返り血で赤くなったジャケットは既に脱ぎ捨てて薄着の状態。
負傷は特に無し。
足を銃弾が掠った程度。戦闘に支障はない。
今から行うことは単純明快だ。
この荒野の先にある商業組合の拠点を叩く。
「居てくれればいいがな……」
逃げられるよりも拠点の中で縮こまっていたくれた方がミカとしてはありがたい。できれば幹部全員がいてくれればなおのこと良し。
すでに現場へと送った傭兵と連絡がつかなくなって、何かが起きていることは把握しているはず。警戒はしているだろう。岩の上や拠点の屋根に狙撃兵。そして自動機関銃まで配備されている。
それらを掻い潜りながら荒野を駆け抜け、拠点までたどり着く。
簡単なことではない。
しかし逃げるわけにもいかない。
売れらた喧嘩は買うし、どちらかが死ぬまで終わらない。スラムの流儀に乗っ取ってミカは相手を殺すまで終わらない。どのようなリスクがあったとしても、そう決めたからには退かない。
「さて……」
徒歩で拠点にまで行くというのは些か無理のある話だ。これはミカも拠点を襲撃すると決めた時から、頭の隅に居座り続けた問題で、戦いながら解決策を探していた。
だが、解決策は案外楽に手に入った。
「まあ危険ではるが……」
ミカの座る廃材のすぐ横に一台のバイクが置かれている。もとは傭兵のリーダーらしき者が使っていたバイクで、おそらく、拠点とスラムと行き来する時に使っていた物。
当然と言えば当然で、拠点に同じ傭兵がずっと常駐しているわけでもない。時には現地にも派遣される。その度に荒野を歩いて向かうというのは些か非効率。だからこそ、移動手段として車両やバイクが用意されていた。
「……大丈夫そうだな」
廃材から飛び降りて、バイクが動作するか確認しておく。
他にも傭兵が使っていた車両やバイクなどがあったが、ほとんどにセキュリティがかかっていた。鍵とパスワードの二つ。鍵はどうにかなるが、パスワードは無理だ。指紋認証や虹彩認証であれば死体の指や頭を切り取って当てればよかった。
そのせいで、エンジンのかかったまま放置されていたこのバイク以外は動かせない。
一応、ウィンドウを表示させて情報を見た限り、盗聴器の類は設置されておらず、遠隔操作もできない仕様になっている。
狙撃兵がいる問題で車両の方が安心感があった。ただ、タイヤを撃ち抜かれる可能性を考えればバイクの方がよかったか。まあどっこいどっこいだ。
ミカとして自動機関銃がある以上、車両の方がありがたかったが。
「8発……これで決め切りたいが、まあいいか」
ミカが右のホルスターに差し込んだのは電磁機構砲台の機構が組み込まれた拳銃——マグボルトだ。弾倉内に七発、薬室内に一発。計八発を使って拠点にまでたどり着く。
バイクを運転して狙撃銃や自動機関銃を避けながら、弾倉を交換するだなんて芸当はミカにはできない。バイクの運転自体、昔に数回あるのみでほぼ初心者の状態。
正直に言って不安だ。
だから車両の方が良かったというのも理由の一つ。
「……」
うだうだと言い訳を並べていても仕方がないので、ミカがバイクに跨った。
ミカの背ではハンドルを握っていると不格好な形になる。
まあ、運転と発砲さえできれば十分だ。
直後、ミカがバイクを勢いよく走らせる。バラック小屋の隙間を縫って荒野に抜け出すと、警戒していた狙撃兵はすぐにミカの存在に気がつく。自動機関銃はまだカメラが捕捉できる距離に入ってから、本格的にミカの脅威になる。
それまでに狙撃兵を仕留めるか、戦闘続行が不可能な状態にする。
「――っぶね」
一発の弾丸がミカの頬のすぐ横を通り過ぎる。空気が弾ける音と駆け抜けた風でやっと弾丸が飛んできたことを知る。
続けて今度はバイクのすぐ脇を通り過ぎる。
発砲の間隔から敵は二人か三人か。
しかし弾丸が飛んでくる間隔が僅かに長いこと鑑みるに、敵は二人。そして狙撃銃はボルトアクション式だと考えるのが妥当。やはりセミオートの狙撃銃は単純に高い。
それでいて整備性も良くない。
スラムから拠点までこれだけの距離がある上に障害物の無い荒野。
わざわざ高い金払って連射可能且つ精度の高い狙撃銃を買わなかったのだろう。
おかげで助かっている。
「そこら辺か?」
ミカが片手でハンドルを握り、マグボルト右手で握り締めた。
照準器は無く、安定した姿勢からの射撃でもない。それでいて長距離の射撃には向かない拳銃。
だが十分だ。
狙撃兵がいるであろうポイントに向けて、ミカが銃口を定める。その際にもミカのすぐ横を弾丸を通り過ぎて、時には服に掠る。しかし動揺はせず、銃身はぶれない。引き金にかけた人差し指に力を入れる。
そして絞り切った時、青い閃光が銃口に灯った。
直後、爆破音が轟き一発の弾丸が撃ちだされる。その速さ、射程距離は並みの狙撃銃を上回る。
拳銃にしては長すぎる銃身。コンパクトではない見た目。この不格好さはすべてこの一発の威力を生み出すために必要な犠牲。
「いいねぇ!」
ミカが満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
撃ちだされた弾丸は岩を破壊した上で、その後ろにあった拠点の一角を破壊した。周囲諸共破壊しながら飛んでいくその様は、まさにミカが望んだもの。一発の威力だけならば散弾銃にも劣らない最高の武器だ。
この衝撃によって拠点の一部が崩れたことにより、狙撃兵の一人が落下する。
残りは一人。
しかし拠点近づいたことで自動機関銃の射程に入った。
沈黙していた自動機関銃が一気に首を振り向かせミカに向かって機銃掃射を開始する。固定砲台としての機能を存分に発揮し、人が撃つ際に生じる反動による銃口のぶれが極限にまで抑えられている。加えて一寸先も見えぬ暗闇に包まれているものの、暗視カメラを用いて対象の位置を正確に特定する。
ミカが被弾することはまだない。しかしバイクには一瞬で穴が空く。
もしエンジンがやられれば荒野に投げ出された上で、自動機関銃と狙撃兵一人の攻撃を捌き切らなければならない。当然、そんな芸当ができるほどミカは強くない。
ここで自動機関銃と狙撃兵は潰しきる。
幸いにも発火炎のおかげで自動機関銃の居場所は掴みやすい。
赤く灯った場所に向かって引き金を引けば、直接当たらずともマグボルトの威力で周辺を破壊し、自動機関銃が固定砲台としての役目を果たせなくなる。
それか、導線を潰せる。
いずれにしても付近に当てれば一発で潰せる。
しかし処理が遅れれば先に捕らえられるのはミカだ。
「――ッガチでクソみてぇな――」
次々とマグボルトの引き金を絞る。
機銃掃射を受けながらの片手での運転は難しすぎる。初心者である上に狙いまで定めなければならない。
それでもやらねば死ぬ。
「次だッ!」
青い彗星が自動機関銃を撃ち抜いた。
すでにバイクは悲鳴を上げ、ミカの体にもかすり傷がついている。場所によっては肉が抉れている部分もあった。
それでも。
「まだ残ってんのかよクソが!」
吐き捨てながら発火炎が指し示す方向に向かってマグボルトを撃ちだす。
一直線に宙を駆けた弾丸は自動機関銃を固定していた地面ごと抉り抜いてぶっ壊す。
これで最後の一つ。
しかしミカの視界には確かに、発火炎で照らされた狙撃兵の顔が映っていた。
建物の倒壊と共に気絶でもしていたのかと思っていた。しかしどうやら、狙撃兵は頭から血を流しながらもミカを狙うために機関銃が置かれた壁の上まで来ていたようだ。
「――ッ弾切れか」
マグボルトの弾はこれで切れた。
傭兵が狙撃銃を構えてから狙いを定め、引き金を絞るまでに何秒かかる?
その間に弾倉を入れ替えられるのか?
バイクを運転したままの体勢で?
片手はハンドルを握っているというのに?
片手だけで弾倉を入れ替えろと?
相手が狙撃銃の狙いを定めるよりも早く?
無理だ。
(いや……)
十分に近づいたこの距離ならば。
「ぶっ飛べ!」
散弾銃——ヴォルトハイブの射程距離に入っている。
狙撃兵が銃口をミカに向けるのと同時に、ヴォルトハイブの引き金に指がかかった。
両者それぞれ全くの同時に引き金を絞った。
ヴォルトハイブの銃口から灯る発火炎によって暗闇に包まれていた荒野が赤く光った。
その一瞬の煌めきの中、弾丸が交錯する。
狙撃銃の弾丸はミカの頬を掠めながらも通り抜け、一方でヴォルトハイブの散弾は付近の地形諸共、狙撃兵を巻き込んで破壊した。
紙一重。
狙撃銃は確かにミカの頭部を捕えていた。しかし飛び散った散弾が弾丸に衝突したことによって、弾道がずれ、ミカの頬を掠るに収まった。
ミカに実力もあったが、こればかりは運に助けられた形になる。
九死に一生を得てもミカは止まらない。
続けてミカは、拠点を取り囲む壁に向かってヴォルトハイブを撃ち込んで穴を空ける。
そしてそのままバイクで突っ込んだ。
「―――ッったぇ……いてぇ」
バイクのハンドルから手を離したミカは速度のままに投げ飛ばされ、地面と擦れ合いながら、最後は壁にぶつかって止まる。
衝撃で強烈な痛みが走り、意識が朦朧とした。
頬を掠ったとはいっても、狙撃銃の弾丸が頬に触れたのだ。強烈な痛みと焼けるような熱さが患部を襲う。
他にも自動機関銃に抉られた痛み。
多量の出血。
精神的にも肉体的にも疲労困憊の中、ミカはすぐに立ち上がった。
そしてその行動がミカの命を救うことになる。
(まだいるのかよ)
飛び起きたミカが元いた場所に向かって弾丸が撃ちこまれる。弾道から敵の位置を予測し、ミカはすぐに物陰に隠れた。
(今までと違うな……クソッたれな野郎だ)
発砲音から使っている武器や弾丸が違うことぐらい分かる。それに倒れたミカを容赦なく追撃する姿勢。
断定するには不十分。
しかしミカは、今対峙している敵が今まで戦ってきた傭兵達と同じではないと、本能で直感していた。




