第63話 エネルギーパック
「――っま」
ゲルグの下層で一発の発砲音が響き渡る。
拳銃の引き金を絞ったのはミカだ。
(制圧完了か……)
周りを見渡して息絶えた敵を見る。
クレイトンの拠点を新たに支配していたのはゲルグで稼業を営む掃除屋の集団。ミカがクレイトンを殺し、エルドが支配した後すぐにエルドファミリーが瓦解したことで、完全に崩壊し混沌に陥った。
そこで力を得たのがクレイトンの元で抑圧され、エルドファミリーに管理されていた掃除屋たちだ。彼らはエルドファミリーの崩壊に伴って集団で組織を組み、急速にその武力を持ってゲルグで駆け上がった。
そして二年の歳月を経て、クレイトンの基地を再建し、施設を、機械を普及、あるいはアップデートしてここから、というところでミカにすべてを破壊されてしまった形にはなる。
ミカとしては機械の修理やアップデート、新しく施設を拡張する必要性が低くなったのでありがたいところだ。
(さてと……)
施設の制圧が完了したからと言ってすべてが終わったわけではない。置いてある設備の確認、死体の処理、付近の安全確認、その他諸々色々とするべきことがある。最終的な目標がエネルギーパックを作るための施設づくりだと考えると、まだまだスタートラインにすら立てていない。
ミカは取り合えず死体の処理をすることにして、その前に通信端末を取り出して誰かに通話をかける。相手はダンテだ。
「終わった。じゃそっちはそっちで頼んだ」
「ほんとにいいのか?」
「ミスったら俺の責任だ」
短く会話を交わして通信を切る。
死体の処理はゲルグの下層で死体処理を専門にする業者がいるので、外にまとめて運び出せば問題ない。清掃も追加料金で行ってくれる。取りあえず業者に頼んで、そして基地の機械を見る。
案外簡単な予定だ。
◆
次の日。
ミカは一日中クレイトンの基地で後片付けをしていた。
丸一日、ずっと稼働していたわけだが一切の疲れは見えていない。
特別四課の時代も、スラムで生きていた時代も、子供のころからも、寝ないで活動することなんて日常茶飯事だったせいか、三日は寝ずとも活動できる。多少、頭の回転が遅くなったり、疲れは溜まってしまうが。
「こんなもんか」
地下にある設備を確認・修理・調整し終わったミカは軽く腰を伸ばして息を吐く。
クレイトンの基地は二年前にミカが爆弾で破壊したおかげで瓦礫まみれだった。しかし二年間の間に修復されて全く新しい形になっていた。地下はどこか見覚えのあるクレイトンの趣味悪い研究施設という感じだったが、地上部分は違う。
元の建物から大きく拡張されており、ゲルグにある廃材の再加工工場とも繋がっている作り。違法な拡張工事が何百回と繰り返されたような内装で入り組んでいて、迷いやすい、そのような作りではあるが設備はきちんとしている。
抜根的な改修は必要になるだろうが、機械や、施設を動かすための電力設備や導線など面倒な部分は十分使える状態であったことはありがたい。
一通りすべての機械を確認した後、ミカは地上部分に出てくる。
その時にちょうど、下層へと降りてきたダンテの姿が見えた。
「ちょうどいい所だな」
「こっちは疲れましたよ」
ダンテと軽く会話を交わしてミカは、ダンテの後ろにいる人物に目を向ける。
眼鏡をかけどこか猫背の女性だった。
彼女はアストラ製薬の元研究員でもあり、ミカとも面識のあるエマという女性。
過去にミカは彼女からアストラ製薬が行っているある実験の告発を聞いていた。
「ここに来てくれたってことは、協力してくれるってことでいいのか?」
ミカが問いかけるとエマはひょこっとダンテの後ろから出てくる。
「まあ、色々とあって……協力してもいい内容だったら、いいですよ」
「やることは前に説明した通りだ」
エマにそう言ってミカが一度ダンテの方を見る。
「業者の清掃でそれなりに綺麗になってるはずだ。一度見て回るか?」
「そうしますよ」
ため息交じりに手を振って建物の中へとダンテが消えていく。ミカはその後ろ姿を見送って、拠点の周りを歩きながらエマに説明を始めた。
「やってもらいたいのは『エネルギーパック』の研究だ」
「その、前にも聞いたけど私は『エネルギーパック』が分からないのだけれど? 何なの?」
「簡単に言うと液体化した高純度の電気だ」
「何それ……似たような物ならもうあるけど」
「まあ詳しくは拠点の中で説明する予定だ。その説明を聞いた後、判断してもらって構わない」
「じゃあそうするわ」
エマ・ブラウスは元々サイバネティクス技術に関連する義体化や電脳化、そして機械由来の精神障害の研究に関しての主任研究員であった。アストラ製薬ほどの企業に入るほどの知識と経験がありながら、その中でも主任研究員にまで上り詰める力がある人物。
エネルギーパックの開発は一人では難しいと考えたミカにとって、絶好の人材だった。
彼女ならばエネルギー関連のことや機械関連のことについても造形が深い。
もし協力してくれるというのならば心強い助っ人になる。
ただ、彼女に協力を持ちかける上で幾つかの問題があった。
「まず言っておくが、俺は非道なことをする。それこそアストラ製薬が人体実験を行っていたようなことだ。まあ製品的にしなくても開発は進むからしないとは思うが」
彼女はもともとアストラ製薬の非道な実験が許せずに告発を行った人物。
ミカたちが非道な行為を行えばまた同じ末路を辿るかもしれない。彼女の信念を鑑みれば、ミカに協力する可能性は低いはず。
しかしこの疑念はエマ自身が否定する。
「もともと……私は人体実験を否定してたわけじゃないですよ。そもそも今の時代、大企業だったらどこもかしこも馬鹿みたいに酷いことしてますからね、夢見てないですよ。あの告発は……どちらかというとアストラ製薬に対しての私念ですね」
色々とこき使わされた挙句、上の責任を被らされて退職。許せない。
あの告発は恨みを晴らして欲しかっただけだ。決して正義感から来る行動などではない。
「まあ、あなたがここでこんなことをしてるってことは、告発は意味なかったようですけど」
告発した当の本人が警察側の人間ではなくなってしまっているため告発した意味も無くなった。
エマはそう思ってため息を吐いたが、ミカは笑って「そうではない」と返した。
「いや、あれは将来的に使えるはずだ。それこそ、アストラ製薬に一泡吹かせられる切り札になる」
「どうやって使うの?」
「詳しいことは中に入ってから、エネルギーパックと一緒に説明する。聞く気になったか」
「もともと、話しぐらいは聞いて帰るつもりだったわよ。ダンテって人から用件は伝えられたしね」
ミカとエマは軽く意味の無い会話を交わし、拠点の中へと入っていった。




