第60話 同じ目線
徒党の長であるギルバーンや工場を経営していたダン、そしてエルドファミリーを統括するエルド。
全員がスラムで『ダストシティで成り上がる』という野望を持ち動いていた者達だ。
ダンは企業とパイプを作りながら工場を経営し、自らの価値を高め続けた。
ギルバーンとエルドは互いに徒党という組織を率いてスラムが持つ経済圏を支配することで、企業と対等な取り引きを持ちかける用意をしていた。
それぞれがそれぞれに動き、しかし『ダストシティで成り上がるためには企業・組織に所属・運営する必要がある』という共通認識を持っていた。
ミカには当初、彼らの考えが僅かにしか理解できなかった。
確かに、五大企業に所属することや組織を運営することでダストシティで成り上がれる可能性が上がるのは事実だ。しかし極論、すべてを無視できる力や、そうでなくとも人脈や知識、運などの総合値で優れていれば成り上がれるのではないかと思っていた。
ただ、ダストシティに来て警察として働いてみて分かった。
少なくとも個人で成り上がることはできないと。
おそらく、ダストシティの中で最も力を持つ個人はコーディネーターだ。
それでも企業から援助を貰っている者もいるし、複数人で活動している者もいる。
その中でコーディネーターすら飛び越えて一人で企業に立ち向かうのはどう考えても無理筋に近い。
特別四課の活動の中でダストシティの歪ながら絶対的な企業中心の権力構造をまざまざと見せられて、ミカの考えは変わった。
やはり外部からどうにかするしかない。
特別四課の仕事が無い日。
ミカはパウペルゾーンにいた。
数年経とうとも変わらない景色がそこには広がっている。
ジャンク品を並べる露天商や衰弱死した子供。汚染が見られる水たまり。
言い争いの声と稀に銃声。
変わらぬ景色が広がる通りを抜けて、バラック小屋ではない少しだけちゃんとした家が立ち並ぶ一帯に入る。ミカは一直線にある家に向かって進み、数回一定のリズムで扉をノックした。
すると扉が開き中からダンテが現れ、先にミカに声をかけた。
「お久しぶりです」
「ああ、こっちこそ」
互いに軽く挨拶を交わして、ミカは家の中に入る。
内装は質素で狭い。
とてもエルドファミリーで右腕をやっていた男が住んでいる場所とは思えない。
ただ、ダンテの状態を鑑みるのならば今この環境で身の丈に合っている。
「座ってくださいよ」
「ああ」
部屋の中心に置いてある壊れかけのテーブルに座るようミカを案内して、自分も座ってからダンテが話を始める。
「ダストシティで二年と少しですか……楽しかったですか」
「まあ、それなりにはな。そっちは、随分と調子を戻したようだな」
「それなりには……時間は偉大ですよ」
すでにエルドファミリーは無い。
エルドが残した徒党は二年前に崩壊した。
頭を失い制御を失った構成員はその忠誠心のままにエルドを嵌めたマンティス社とコーディネーターを襲撃。
ダンテにはその混乱を止めるほどの人望も権力も無かった。
結果は企業部隊が出張る前に出動した警察《PCD》によって片付けられた。
それによりエルドファミリーは構成員のほとんどを失いスラムで力を失った。
その後に乱立するのはエルドファミリーが握っていた権益を求める略奪者たち。
力のほとんどを失ったダンテにはそれらの者達からエルドファミリーを守りきることができなかった。
僅か一か月ほどでエルドファミリーは無くなり、ダンテは死にかけ。
当時は酷いものだった。
しかし今は少しだけ立ち直ったようだ。
「それで……ここに来たということは何か理由があるんですよね
挨拶もそこそこに本題に入る。
ミカがダンテの元を訪れた理由だ。
「二年前にした約束覚えてるか?」
「……」
ダンテは表情を変えず頭の中の記憶を探る。
「……本気ですか?」
どれだけ記憶を探ってみても二年前にミカと交わした約束が一つしか出てこない。
しかしその約束はありえないもの。
少なくともミカの信条を加味するのならば嫌がるだろうと笑って受け流したこと。
ただミカは笑って「この二年で考えが変わった」と話す。
「ダストシティに行って警察《PCD》になって色々と知った。まあ今のままじゃ駄目だ」
「それで……私達にですか? ありえない。確かに……」
「でも残しておいてくれたんだろ? 設備とか……工場とかは」
「まあ……そりゃ……あれはエルドさんが残したものですから。すべて盗られるわけにはいきませんよ」
「じゃあ話は早い」
ミカが笑う。
「ケルンは今どこにいる」
「ケルンなら……必要があるととか言ってダストシティで働いてますよ……確か、ミカさんあなたが何かそそのかしたんですよね」
「唆しただなんて人聞きが悪い。俺の話にケルンが乗っただけだ」
「そうですか、でも私が話に乗るとは限らない」
ミカの表情には自信が満ち溢れている。
どこからその馬鹿げた自身が湧いてきているのか、ダンテとしたら甚だ疑問だ。
だってミカは。
こいつは。
「《《起業》》なんて馬鹿らしい」
ミカがダンテとした約束。
それは『いつか会社を作るからそれまでに準備を整えておいてほしい』というもの。
あまりにも馬鹿らしすぎる言葉の羅列に、当時は落ち込んでいた自分を笑わせるものとばかりに思っていた。
しかしどうやら彼は違うようだ。
「そうか? 俺には勝つつもりだぞ」
「そもそも、あなたがやろうとしていることは博打ですらない。ダストシティの土俵で真正面から戦うということですよ」
企業が支配するダストシティに商売で挑むというのだ。
真正面から喧嘩を売って勝てるはずがない。
企業を運営したこともないミカのような男に。
「当然、難しくなる。だがやれるはずだ」
「何を根拠に」
ミカが指を立てる。
「エネルギーパックを使う」
「エネルギーパック?」
現状、エネルギーパックという物体自体、この世界には存在していない。
ミカだけがその形、性質、疑似的な製造方法を把握している状態。
当然、それだけでは難しいだろうが、ウィンドウから得られる情報を上手く使えばどんな企業にだろうと有利を取れる。
この未知の技術を使い成り上がる。
ミカだけが知り得る情報だ。
「なんだそれ」
当然、ダンテはエネルギーパックを知らない。
しかしこれから知っていけばいい。
ダンテが手を組むというのならば。
「会社名は……名付けるならネクストセル・コーポレーションってところだ」
エネルギーパックを見つけ、その開発ができるかもしれない今が計画を実行に移す時。
ミカが笑い手を広げる。
そして高らかに宣言する。
「俺と一緒にダストシティの王冠を取りに行こうぜ」
第二章 ナイトウォッチ編——了




