第57話 アストラ製薬
「すみません。わざわざ話を聞いてくれて」
あるビルの地下室でアストラ製薬の元研究員である女性とミカとが、テーブルを挟んで向かい合っていた。
アストラ製薬の事件解決から一カ月ほどが経ち、ようやくクロが連絡を取り付けてくれた研究員と話す機会を得た。
これは告発だ。
ミカの立場と彼女の立場を考慮すれば、事と次第によってはアストラ製薬からの追求を受けることになる。そうなればミカを含め女性はまず無事では済まされない。そうならないよう、電子機器が一切ないこの地下空間で、クロが警備についた上で、二人は話す。
「いや、エマさん。こっちこそ危険を承知で来てくれて助かる」
ミカと女性――エマが一言ずつ言葉を交わしてから会話が始まる。
会話の主導権を握るのは主にミカだ。
「まずこの映像を見てから判断してもらいたい」
ホロ端末からホログラムを表示させ映像を流す。
映像はグレム・マルコイが残したICチップに記録されていたものだ。すでにクロができる部分ですべて直しており、映像は最初ウィンドウで見た時よりも遥かに綺麗になっている。
その上で、アストラ製薬の研究員であるエマに判断してもらいたい。
(……エマ・ブラウス……元主任研究員か)
映像を見るエマを見ながらミカが幾つか考える。
エマ・ブラウスという女性はただの研究員ではなく、もとは主任研究員の立場についていたもの。
主にサイバネティクス技術に関連する義体化や電脳化、そして機械由来の精神障害の研究を行っていた。
元は主任研究ということもあって彼女はアストラ製薬の機密情報を幾つか知っている。
退職するにあたって身体に埋め込まれていた会社支給のインプラント類はすべて剥奪され、記録していたデータはすべて削除された。つまり、今から話される言葉はすべて彼女が記憶していることのみで、虚実が混じっている可能性が僅かながらに存在することを考慮に入れなければならない。
(危ない橋を渡ってるな)
映像が終わりそうになってミカがエマの顔を見る。
僅かに震える唇を見れば結果は分かり切っていた。
彼女もミカも危ない橋を渡っている。
当然、主任研究員ということもありアストラ製薬の機密情報をよく知る彼女ならば知らぬうちに盗聴器の類を体に埋め込まれていてもおかしくはない。そこまで予測して、ミカはクロにエマの身体に盗聴器の類が仕掛けられていないか調べて貰っていた。
そこまでしても安全とは言えぬのが面倒なところだ。
内心でため息を吐いてから、ちょうど映像が終わる。
そしてミカはすぐに映像を最初の場面に戻した。
「じゃあ一つずつ質問していきます」
「はい」
どこかおどおどとした声色でエマが答える。
ミカはその一挙手一投足を注意深く観察しながら映像を流し、次の場面に切り替わるところで止める。
今流れたのは人の頭蓋が切り開かれ脳が取り除かれ、新しく電脳が埋め込まれる様子の映像。
「この映像に見覚えはありますか」
「この映像自体に見覚えはありません……これは一般的な電脳化の手術風景です」
エマは「ただ」と続けた。
「使われている器具……このレーザーカットと埋め込まれた電脳はアストラ製薬が開発したものです」
もともとこの映像がアストラ製薬に関連することであるとミカは知っていた。当然、使われている器具についても全て調べ、どれがアストラ製薬に関連しているか調べてもいる。
だから、この反応は予測していた範囲内。
ミカは次にまた映像を流し、止める。
次は機械化に伴って引き起こされる精神障害を発症した『グリッチャー』の映像。
一面が白い壁に囲まれた場所で透明な壁越しに暴れる『グリッチャー』を見ている、そのような映像だ。
映像を止めてまずミカが口を開いた。
「あなたが話したいと言っていたことはこれですね」
ミカが問いかけるとエマは肯定の言葉を述べた。
「はい。アストラ製薬の人体実験に関してです」
正直なところ、人体実験をしていても驚かない。というより、ダストシティではありきたりだ。
人が一人や二人死んだところで大した問題にならないような場所で、企業が権力を持っているのだから、人体実験が行われていてもおかしくはない。実際のところ、アストラ製薬だけではなく別の企業も人体実験を行っている。
ミカは事前にエマから告発の内容に関してはある程度聞かされていた。
その中で話が出たのが、この『グリッチャー』に関しての人体実験。
今追っている『M-2PIK』は使用することで精神障害を発症させ、『グリッチャー』を引き起こす。
ここまで情報が揃っていてこの人体実験と『グリッチャー』とに関連がないわけがない。
つまり、ここから事件を探れる。
「じゃあこの人体実験のことについてももう少し教えてくれるか」
「分かりました」
ミカは頭の中で様々な予測を組み立てながらエマの話を聞いた。




