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マキシマム・ザ・クラウン  作者: しータロ(豆坂田)
第二章 ナイトウォッチ編

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第55話 裏の裏

「かんぱーい!」


 仕事終わり。 

 いつものように課長が事務所でミカたちと共に酒を飲む。

 どうせ課長はこれから仕事だというのに、一切止まることなく事務所に備蓄してある酒を飲み干す勢いで開けていく。

 ミリアやウォルターも仕事が一段落して明日は休み。

 存分にはっちゃけている。

 

「じゃあミカさん! よろしくお願いします」

「いやきついだろ」


 そして何故か、ミカとミリアがテーブルに肘をついて腕を組み合っている。

 

「この腕相撲で負けた方が片付けですからね」

「なんでウォルターは参加しねえんだよ」


 この三人であればウォルターにならば勝てる。

 

「どうせウォルターさんは負けても片付けしないので、必然的に」


 その場の思い付きで行われる腕相撲。

 ウォルターはその時に交わされる約束事を平気で破る。

 特に片付けなど。

 仕事以外ではとことんだらしない男だ。


「じゃあいきますよ!」

「ふざけんな俺はや」

「――レディ! ごおー!」


 どう考えてもミリアが有利な合図の仕方で腕相撲が始まる。


「へへへ、ミカさんどうですか」

「―――ックソが」


 男であるとか、女であるとか、いくらでも身体拡張できる昨今ではどうでもいい。だが今この場に置いてミカもミリアも身体拡張者ではない。ミカは特別力が弱いというわけでもない。

 しかし、あまりにもミリアが馬鹿力過ぎて競うことすら難しい。


(こいつクロームギア入れてねぇのになんでこんな強いんだよ)


 ミリアも生身であるはずなのに勝てるビジョンが見えない。

 明らかに劣勢だ。


「よーし! ここからもう一段階ギアをあげますよ!」

「おま――ま」


 押し寄せる巨岩が如き質量を前にミカは何とか持ちこたえようとしていたが、とても持ちこたえることができない。

 ミカの手の甲が激しくテーブルに叩きつけられ並べられていたピザや酒類が衝撃で跳ねる。

 それを見ていた課長は楽しそうに笑っていた。


「人体の神秘すぎるな」


 確かに、ミリアの馬鹿力は理解しがたい。

 神秘だと言ってしまうのも無理ない。


「じゃあミカさん! 掃除と後片付け、それとトイレの清掃をお願いします」

「なんか一つ増えてるぞ」

「いいじゃないですか、一つぐらい」

「トイレ清掃を一つに数えるな、この馬鹿」

「はぁ?! 今馬鹿って言いました!? もう一度やります? 腕相撲!」

「あぁ?! やってやろうじゃねえか。てめぇの得意分野でぶっ倒してやるよ!」


 なぜか苛烈に言い合うミカとミリアを課長は笑って見ていた。


 ◆


「ったく……」


 ため息をついて疲れた様子で、ミカが事務所の外で涼んでいた。

 あの後、結局ミカは二連敗した。

 

「はぁ……」


 悔しいが、まあトイレ清掃や掃除後片付けなどはスラムで暮していた時よりも遥かにマシな作業だ。

 油にまみれていないし、汚物が沈殿しているわけでもないし、人に襲撃される危険性もない。

 仕方なかった、と割り切るしかないだろう。


「無事に……か」


 今回の任務で無事にクローバー製薬の犯行を突き止め、M-2PIKの製造・流通元を突き止めることができた。

 相手は海外に拠点を置く企業ということもあって少々取引は面倒であったが、取締役であるグレイ・エドモンドをこちらで確保していたおかげで話は早く進んだ。結局、グレイがあの後どうなったかは不明だ。

 腐っても取締役。

 殺されることは、ない……かもしれない。

 取り合えずこれで任務が終わり、M-2PIKの捜査も終わりだ。

 すべて一件落着……


「……とは、ならねぇよなぁ」


 今回の捜索で幾つか不明点が残ったままだ。

 ダックスフリードの消息。

 偽レオンの正体。

 そしてある別件との繋がり。

 明らかにこの事件は終わっていない。

 何か、まだ重大な事実が残っている。

 一人、ため息交じりに頭を回していると前と同じように、事務所から課長が出てきた。


「また涼んでたのか」

「考え事だ」


 ミカの発言を聞いて課長は僅かばかり表情を変える、そして煙草を取り出して火をつけた。


「フリージャーナリスト……グレム・マルコイとの関連か」

「ああ」


 ミカが一人で追っていた別件、フリージャーナリスト……グレム・マルコイの殺人事件に関すること。

 彼が残したカメラとICチップの中には脳の解剖――つまるところ電脳化や義体化の映像が見られた。そして何かの製造工場。殺された状況や彼が身に着けていた物品。

 彼の部屋に残された賭けボクシング場のチケットなど、今回のM-2PIKの事件と関りがあるのはほぼ確定。


 ミカが、まだこの事件が終わっていないと確信を持てていたのはグレムの件があったからだ。


「ミカ、その事件の捜査は中止だ」

「は――?」


 煙草をふかしながら課長が続ける。


「関わるな、以上」

「何がある」

「私たちは権力側の人間だが、あくまで属しているだけ。強権を振るえるほどの立場はない。当然、この事件に関与することはできない。私たちが所詮、警察《PCD》でしかないからな」

「回りくどいな、理由ぐらい教えてくれてもいいだろ」


 白い息を吹かし、課長はため息交じりに話す。


「旧ミナカタ建設……現イワクラ……彼らとの交渉が上手くいきすぎたと思わないか」


 外路エリアの拡張工事に関わったイワクラ。彼らは大企業と業務提携をしているということもあって警察は強く出れなかった。しかし、思いのほかすんなりとことは進み、イワクラは情報を売った。

 ミカはてっきりイワクラと提携している大企業がミナカタ建設時代の違法工事について知らず、尻尾切りのようなことをしたのだとばかり思っていた。

 しかし課長の口振りからするに違うらしい。


「おかしいと思わないか。完全に腐り切った警察上層部がM-2PIKの責任を取られ何人も更迭され、処分された。それに警察全体でM-2PIKを取り締まろうとする強い動き。とてもM-2PIKの危険性がデータに出ていたから、だけで説明がつくものじゃない。腐り切った警察《PCD》上層部はデータじゃ動かない」


 そこでミカも勘づく。


「つまり、外部からの圧力があったと」

「イエス。警察上層部を処分できるのは力の持つ企業だけだ」


 ということは。

 力を持った大企業がM-2PIKの取り締まりに動くよう警察に命令した。

 というと。


「……その大企業とやらはM-2PIKが広まることを恐れていた、と」

「イエス。名前を言ってしまうと警察に圧力をかけたのは五大企業の内一つ、アストラ製薬。もう見えてきただろ」


 今回の事件でM-2PIKを流通させたのがクローバー製薬。

 そしてM-2PIKを取り締まるよう警察に働きかけたのがアストラ製薬。

 どちらも医薬品関連の企業だ。


「私も詳しくは知らないが、考えられる線としては一つ」


 課長が指を立てる。


「M-2PIKはアストラ製薬が開発していた新薬に関わるものだったのではないか、という仮説。クローバ製薬はアストラ製薬から新薬に関する情報を盗み、M-2PIKを作ったのではないか、という仮説」


 ただ、この理論でいくとクローバー製薬がなぜわざわざ勘付かれやすい、アストラ製薬が本拠地を置くダストシティでM-2PIKをバラまいたのか、という疑問が残る。


「ただ、アストラ製薬とクローバー製薬の動きを見るに、ここの二つに何かがあったことは確か。事実、グレイの身柄はアストラ製薬が保持している」


 話を戻そう、と課長が続けた。


「君が捜査を進めていたグレムという男は確実にアストラ製薬の闇に迫っていた人物だ。それもおそらく、M-2PIKに関連する新薬開発の捜査だ」


 ため息を吐いて煙草を捨てる。


「今更アストラ製薬はM-2PIKのことを掘り返されたくはないだろ。それもグレムという別角度からな。私たちは正義の味方じゃない。時には目を瞑ることも必要だ。もし抗えば……賢いお前なら分かるだろ」


 よくてミカが懲戒解雇

 悪くて特別四課ごと無くなる。


「だから関知するな。グレムの事件もM-2PIKの事件もここで終わり。これで終了なんだ。これ以上は無い」


 その時ちょうど、課長の車が目の前の道路に止まった。


「賢いお前ならば分かってくれると信じてる。ミリアたちを頼んだぞ」


 そう残し課長は車に乗って去っていく。

 だが途中で立ち止まって振り返ると「ただ……」と続けた。


「もし一人で勝手にやりたいなら、私にプライベートな活動を禁止する権利は無いがな」


 がはは、と豪快に笑って言い終わると課長は車両に乗り込んだ。

 そして消え去っていく車両を見てため息を吐く。


「まあ……どうしたもんか」

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