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マキシマム・ザ・クラウン  作者: しータロ(豆坂田)
第二章 ナイトウォッチ編

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第51話 スラムでの過去

 課長から話を聞かされている時、ダックスフリードの名前が出た瞬間にミカの表情が僅かに変化したのにウォルターは気がついていた。おそらく、課長もその変化には気がついていただろう。

 普段は作戦の説明中や事件が起きた時も含めて一切の感情を出さない彼がダックスフリードという単語を聞いた瞬間に気配が揺らいだ。

 

「ミカ、何かあったのか」


 ウォルターが疑問と心配を覚えるのは無理もないこと。

 ミカの過去は課長を含めて誰一人として把握していない。それについてウォルターも課長も特に気にせず、実力だけあればいいと判断して訊いてこなかったからだ。しかしもし、ダックスフリードがミカと個人的に関係がある人物であるのならば、任務にいらぬ私情を持ち込む可能性がある。

 いくらミカが優秀と言えど、その可能性がある以上放っておくことはできない。

 ミカの安全のためにも、特別四課全体のためにも、任務のノイズになるような事実は隠してはいけない。


「何かあるようなら話してくれ。これは悩みを聞きたいんじゃなく、任務のためにだ。いらぬ私情を持ちこむことは俺らの危険にもなることを把握しておいてくれ」


 ミカのためではなくあくまでも課全体のために、いらぬリスクを抱えたくはない。ウォルターは自分の立場を明確にした上でミカに問いかけた。


「課長も含め、俺たちはお前の過去を何も知らない。だが、別にそれで構わない。無理に話す必要もない。ただ今回の件に関しては少し気になった」


 ダックスフリードの名前を聞いた後の反応、課長の話が終わった後にいつもならば資料を読むところすぐにロッカーに直行したこと、些細だが確実な変化だった。


「大丈夫か、大丈夫じゃないか。それだけ教えてくれればいい」


 無理に過去について聞こうとはしない。

 しかし今回の任務で無理に私情を持ちこまぬよう約束して欲しい。

 ウォルターの問いは単純だった。

 故にミカは悩まずに答える。


「俺が今まで任務に私情を持ちこんだことがあったか?」


 正直に、ミカはダックスフリードの捜査に私情を持ちこむつもりでいる。しかし正直に話せば任務から外される以上、話すことはできない。それに、何も起きなければミカは仕事としてそれ以上でもそれ以下でもない働きをする予定だ。


「まあ……それもそうだが、今回もそうとは限らないだろ?」

「あくまでも第一優先は任務だ」


 どこか引っかかる言葉回しではあったが言質は取れた。

 ミカは自らの発言を反故にするような奴ではない。

 

「ならいいんだ。申し訳なかった、こんなマネして」

「こっちこそ悪かった」


 二人は軽く謝罪してそこで話を終わらせた。


 ◆


 コーディネーターが相手では特別四課とて強く出ることはできない。相手は企業と傭兵との橋渡し役であり、様々な伝手がある。中には大企業と関係を持つコーディネーターや弱みを持つ者さえもいる。

 もし真正面から行ってミスを冒せば奴らと関係を持つ企業が動くかもしれない。

 そうでなくともコーディネーターは傭兵を手足のように動かす。

 邪魔でもされれば数の少ない特別四課では対処するのが難しい。

 

 相手がダストシティの中でも特に権力を持つコーディネーターであるダックスフリードならば尚更だ。

 

 正面からは無理だ。

 警察こちらの領域に引きずり込むのはまずできない。

 となると。

 相手の土俵で戦うしかないだろう。


 ——だが。

 それは特別四課のやり方ではない。


『正面突破よろしくなんだよ』


 ミカたちが装着している通信機器からクロの声が響く。

 現在、ミカたちはダックスフリードが運営している賭けボクシングの会場にいた。

 建物の中心の網目状の鉄格子に覆われた空間を二階部分の柵に寄りかかってミカが見ている。

 賭けボクシングはあの柵の中で行われる予定だ。

 ミカにとってはどうでもいいことではあるが。


(やるか……)


 ミカが振り返って職員専用の裏口へと繋がる扉に目を向ける。

 事前にクロがハックした情報によるとダックスフリードは今日、賭けボクシングの会場か運営しているパブのどちらかを訪れる予定になっていた。クロが盗み見た情報を見る限りではパブが既定路線だが、偽の情報を掴まれた可能性もある。 

 念のため、というのも必要だ。

 これまでのダックスフリードの動きと街中の監視カメラの映像を統合し、解析した結果、この賭けボクシングの会場が浮かび上がって来た。当然、ここにダックスフリードがいるかは分からない。

 そこはクロの腕次第だろう。

 ただ、警備員がどこか忙しなくしているのを見るにもしかしたら何かあるのかもしれない。 

 その『何か』についてはまだ分からないが。


『あっちは失敗だったんだよ』


 賭けボクシングの会場にはミカしかいない。

 ウォルターとミリアはダックスフリードが運営するパブの方へと向かっていた。しかしどうやら成果は無し。

 加えて襲撃に気づかれた可能性も高く、ダックスフリードは体勢を整えるために身を隠すだろう。

 となると。

 もし賭けボクシングの会場に彼がいた場合、すぐにでも逃げる準備に入る。

 ホバー型航空機か、ステルス迷彩が施された車両か、あるいは隠し出口か、あくまでもこの会場にダックスフリードがいる前提で話を進める予定だ。いずれにしても、その『前提』が本当であった場合、ミカはダックスフリードが逃げる前に捕らえる必要がある。

 もし逃がせばダックスフリードと協力している企業から圧力をかけられて面倒になるかもしれない。だからここでミカが仕留める。

 

 大事なことだ。


『こっちにすべてかかってるんだよ』

『クロがミスってなければ大丈夫だ』

『たいした自信なんだよ』


 ミカがスタッフ専用の扉の前に立つと、自動でロックが外れる。

 外からハックしているクロがロックを解除したのだ。


『ま、私がいるから変なヘマやらかさない限り大丈夫なんだよ』


 クロからの通信に苦笑しながら、ミカが扉を開けた。

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