第47話 特別部門
壁を通り過ぎた先に広がっていたのはこれまでの地下街と何ら変わらない光景だった。
誰かが屋台で義体のパーツや機械類を売っていたり、肉を売っていたり、声帯インプラントが積み重ねられていたり、これまでの光景と変わらない。しかし一つ違うところがあるとすれば、ここには身体拡張者しかいないということ。
それもクロームギアを仕込んだだけの半端な身体拡張者ではなく、義体化や電脳化といったハードな拡張を行った者達ばかり。もしここにミカが元の姿のまま訪れていたら相当怪しまれただろう。
幸いにもリングの偽装のおかげで、見た目は義体になっている。
おかげで怪しまれずに捜査を進められ………。
怪しまれ……
(……ジャミングかよ)
ミカが自分の手を見てみると義体の特徴的な銀色の鉄が見えなかった。代わりに肌が見えている。
手だけではない。
ミカの全身を覆っていたホログラムの義体がすべてなくなってしまっている。
リングを見てみると起動こそしているが、作用していない。
これまではこのような異常はなく、事前の確認でも起きなかった。
しかしホログラムの壁を通り過ぎた途端にリングの機能が停止した。
つまり。
(ったく、面倒だな)
壁を越えた先の外路エリア全域に電子機器の機能を阻害するジャミングが張られていると考えていい。
義体や電脳にはEMPやジャミングを防ぐ機能が搭載されているおかげで何ともなさそうだが、ミカのリングは駄目になった。幸い、ミカの装備している幾つかの電子機器は無事なようだが。
だが、一番大事な機械をやられてしまった。
(どうしたもんか……)
周りにいる人たちはミカに懐疑の視線を向けている。
義体化や電脳化をした人ばかりがいる空間で、ミカの姿は特に目立つ。
人間の皮膚を張り付けた完全な義体だと言い張ればどうにか……という様子ではあるが、怪しまれていることに違いはない。義体化を行った彼らだからこそ、ミカが身体拡張者ではないと、直感から理解できてしまう。
ただ。
(……)
ミカは動じずに歩き始めた。
堂々としていれば変に怪しまれることはない。
それに、ミカは捜査のためにここにいる。
何も立ち入り禁止区域に無断で入ったわけではないのだ。
ミカには正当な権利と理由がある。
問題としてはミカのせいで証拠が逃げる可能性があるということ。
無理に進めばM-2PIKの売人は危機を察知して身を隠す。
クロに解析してもらったデータを見るに、身体拡張者の軌跡は外路エリアに入ることだけを記録している。つまり、身体拡張者は外路エリアに入った後、同じ道を辿って出て来ていない。
この外路エリアのどこかに出口があるはず。
相手はいつでも逃げられる。
対してミカは土地勘が無い上に周りに味方がいるわけでもない。
無理にこれ以上足を踏み込むことで、証拠を失い、これからの捜査に支障をきたす、だなんてことになれば笑えない。現状、地下街——ひいては外路エリアは重要な情報源になり得るのだ。
(軽率だったか)
自らのミスを反省する。
今ここで引き返すべきか、それとも前に進むべきか。
一歩下がってもミカという危険人物が身体拡張者の隠れ家に踏み込んだ事実は消えない。
かといって進めば、何も得られなかった時に莫大な被害を被る。
どちらの選択を取るべきか。
どうするべきか。
悩むミカの肩に誰かが手を触れた。
「よっ、久しぶりだな兄弟」
「なん――」
びっくりして横を見ると優男が立っていた。
金髪と整った顔立ち。それでいてミカの肩に触れる手は義手で、身体拡張者であることを示していた。
(こいつは)
ミカはこの男を知っていた。
前に一度画像で見た限りだが、確か特別三課所属のレオンという男。
「こんなところで暇しててもなんだ、内臓系のインプラントだろ。良いの入ってるぜ」
レオンはミカに軽くウィンクをする。
彼が特別三課に所属していることや、今ここでわざとミカを怪しむ人達に向けてミカが身体拡張者であると喧伝した。
ミカはその意図を読み取る。
「分かった。期待してるぜ」
「もちろん」
二人は拳を作って軽くぶつけ合うと、ミカはレオンにつられて外路エリアの奥深くへと消えて行った。
◆
地下街の入り口近くの道路で一台の車両が止まっていた。中にはミリアとウォルターの姿があり、社内に取り付けられていたパネルに目を向けていた。
「どうします?」
「そう言われてもねぇ………」
パネルに映し出されていたのはミカのボディカメラの映像だ。
ミカが黙って外路エリアの探索を行うはずもなく、事前に二人には説明していた。地下街のことや、外路エリアのこと、事前に調べた情報や映像、クロに分析してもらった結果など、すべてを事細かに伝えている。
外路エリアは未知の領域とあって何が起こるか分からない。ミカに何かあった時や人手が必要な時のためにミリアとウォルターはこうして近くで待機していた。
していた、わけだが拡張現実で偽装された壁を越えた瞬間にボディカメラからの通信が途絶えた。
「この感じでいくとジャマーだろ。とすると……」
ウォルターが髭を触りながら停止したパネルの画面を見る。
壁の中に入った瞬間にミカが攻撃された可能性は低く、外路エリア、ひいては拡張現実で偽装された壁の内側は何らかの防御機構が構築されていたと考えていい。となるとジャミングが妥当だ。
中でもしM-2PIKに関連する売買をしているようならば好き勝手に通信できる環境というのは危険だ。それに、あの空間自体が二年前に作られたであろう違法工事の産物。もともと邪な目的で作られたのであろうことは理解できる。
当然の防衛反応だ。
「じゃあ偽装もバレてますかね」
「ボディカメラがやられたんなら、まあありえるな」
ボディカメラからの通信が遮断されたのならば、ミカの持つリングの機能も停止していておかしくない。
壁の内側にどのような空間が広がっているのか、ボディカメラからの通信が途絶えてしまったがために、把握することができない。
もしかしたら、今ミカは危険な状況に置かれているのかもしれないし、普通に捜査を進められているのかもしれない。
「準備しとくか」
「了解です」
二人はミカの仲間。
最悪の状況に備えて動くのは当然のことだ。
二人とも準備は済んでいたので、着ていた簡易型の強化服の電源を入れて突入準備を整える。
その瞬間、ミリアとウォルターの乗る車両に向けて放たれた一発の擢弾によって、車両は爆発する。




