第42話 裏路地の仕事
外で風に当たって涼んでいたミカが事務所の中に戻ろうとすると、扉が開いた。
「どこに行ったのかと思ってたが、外にいたのか」
事務所から出てきたのは課長だった。
「どうした、黄昏てでもいたのか?」
「中は酒臭い」
「っはっは。それもそうだ!」
課長はあれだけの酒を飲んだというのに、そこまで酔っぱらった様子はない。僅かに紅潮してはいるものの、それだけ。身体拡張手術でもして内蔵を強化しているのではないだろうかと、疑いたくなる。
「ミリアが潰れた。仮眠室まで連れて行ってやってくれ」
「ウォルターは」
「あいつは……まあ分かるだろ?」
課長が同意を求めるように苦笑交じりに答える。
「なんとなくは」
「ってことだ。明日が休養とは言え、あの状態で寝たんじゃ休めないからな。頼んだぞ」
「それ言うために出てきたのか?」
「いや?」
課長は何かのキーを取り出してボタンを押し込む。
「生憎、私はこれから仕事だ。書類の山が待っているのでな」
「あんた、仕事する気あったのか」
「なんだその言い草は。仮にも上司だぞ、私は」
「あんだけ酒飲んでたんだからそう思うのも仕方ないだろ」
「……うむ。まあ……それもそうか」
課長はぶつぶつと呟きながら、懐から取り出した煙草に火を点ける。
「書類の山を片付けて、報告書を書いて、嫌になるよ」
「じゃあ管理職にならなければよかっただろ」
ミカたちのようにただ何も考えず作戦を遂行する立場にいればよかった。課長は最初から『課長』だったわけじゃない。
ミカと同じような立場も経験している。
「いや、そういう返答が欲しいんじゃなくてな? というか、私がこの役職になったのは半ば強制というか、仕方がないというか……不可抗力だったんだよ」
「可哀そうにな」
「憐れむな、まったく。じゃあこれから一緒に書類を片付けてくれるのか?」
「ミリアとかに頼めよ」
ウォルターも含め、二人とも今は使い物にならないが。
「さっき潰れたって言ったよな?」
「まあな」
「お前だけが唯一酒飲んでねえから、まともなんだよ。助けてくれ」
課長が冗談で言ってみた。
書類のほとんどはミカでも扱えるものだが、中には機密情報が含まれているものもある。
立場上、ミカを手伝わせることはできない。
ただ、もしかしたら助けてくれるかも、という希望的観測は少なからずあった。
「遠慮しとくよ」
一瞬で打ち砕かれたが。
「っふ。だろうな。というか……なんでお前酒飲まないんだ。苦手なのか?」
「そんなところだ」
別に酒が苦手なわけでも、嫌いなわけでもない。
酒を入れて頭の回転が鈍くなるという状況に陥ることが不安なのだ。
スラムで生きてきて常に警戒心を張って生きて来た。
そのせいで、無意識に誰かから襲撃される可能性を警戒してしまう。警戒しているからこそ、酒を飲んで判断や動きが鈍くなるような状況を作ることが怖い。
だからどのような場でも水を飲むし、刃物や銃器から手を離すことができない。
「私がミカをスカウトしたのは、確か一年前か?」
「そうだな」
ミカは最初から特別部門にいたわけではない。
最初は巡査部門で他の新人警官と同じようにパトロールの任務を行っていた。警察学校を卒業したわけでも、高校、大学を卒業したわけでもない。空白に埋め尽くされた経歴ということもあって、ミカの給料は低く、危険な任務に派遣された。
普通ならば、ミカのような明らかに危険な男は雇わないのだが、そこは警察《PCD》だ。彼らには人手が足りなすぎる。ミカに頼るほどに。
「任務すべてで最高評価。射撃、思考訓練で最高評価。なのに経歴は無い。今もそうだが、異質な奴だな。お前は」
ミカは与えられた任務をすべてこなし、それでいて訓練も最高評価を獲得し続けた。
その結果が特別四課配属。
「ミカ、お前にとって特別四課は居心地がいいか?」
「それなりには」
「可愛くない返事だな、まったく」
ミカが少し頭を捻って考える。
そして口を開いた。
「じゃあもっと設備と武器を揃えて居心地よくしてくれ」
「いや、そういう返事が欲しかったわけじゃないんだがな」
「分かってる。冗談だ」
「怖いな?! 真顔で冗談を言うな、分かりずらい」
苦笑しながら会話を交わして、ちょうど煙草を一本吸い終えたところで目の前の道路に一台の車両が止まる。
自動運転で車庫から出て来た課長の私用車だ。
「じゃ、これから書類整理と報告書作成の仕事なんだ。ミリアのことは頼んだぞ」
「ああ」
軽く手をあげて車両に乗り込もうとする課長を見送る。
だが、課長は途中で止まってミカの方を振り向いた。
「お前をスカウトして良かった。これからも存分にその手腕を振るってくれ」
「当たり前だ」
「……っはは。それじゃ、よろしくな」
「ああ」
課長が乗り込むと車両はすぐに目的地へと向かって走り去っていく。
小さくなっていく車両の後ろ姿をひときしり眺めた後、ミカは振り向いてミリアの介抱を行うために事務所へと戻った。
◆
「こいつか」
自宅にて、ミカが暗闇に閉ざされた部屋の中でウィンドウと向き合っていた。
いつものように部屋の隅の置かれたテーブルに座り、置かれた機械類からウィンドウを表示させていきながら情報を調べ合わせていく。机の上に置かれた証拠品はフリージャーナリストのグレム・マルコイが持っていたフィルムカメラとICチップ。
最初こそICチップに記録された映像だけを見れていたが、今ではフィルムカメラとICチップが辿った道のりを僅かにだが追跡できるようになっている。
あの夜にグレム・マルコイがどこに行き、どこで襲われて、どこで死亡したのか。
詳細はまだ分からない。
しかし軌跡を辿ることでその一端を垣間見ることができる。
ただ、どう頑張ってみてもICチップとフィルムカメラから得られる情報だけでは限界がある。
「……」
ICチップから映し出されたウィンドウの横に、また別のウィンドウが表示されていた。
そこには幾つかの写真と映像記録が残っており、どれも企業ビルの監視カメラから拝借したものだ。監視カメラにウィンドウを表示させ、内部の録画データを保存する。
そうして情報を盗み、ウィンドウに記録した。
ミカが知らない間にできるようになっていたウィンドウの拡張機能。
他にも複製やウィンドウに保存されたデータを他端末に転送するこもできる。
このおかげで監視カメラの映像をバレずに抜き取ることができた上に、映像自体も非常に高画質。
映っているのは裏路地で暗いが、色覚補正などを駆使すればフードで見えない犯人の顔も見えるようになる。
犯人の逃走経路から判断するに、監視カメラに犯人の映像が映っていることは確定。
この情報のおかげで真実へと迫れる。
(見つけた……)
映像を止めて犯人を見る。
手には拳銃。
ウィンドウを拡大し顔を確認する。
その状態で写真記録を行い、手元のホロ端末にデータを送信する。
これで条件は整った。
ちょうど明日は休み。
捜索を一気に進められる。




