第41話 任務遂行
ウォルターは五階から、ミリアは重装備を着こんでいるということもあって人質の元にはミカが一番に辿り着ける。
敵の数はそう多くない。
一人当たりの装備や実力を考えるとスラムで戦ってきた奴らよりも質は増していそうなものだが、今回は仲間がいる。それにこちらの装備も潤沢だ。ゲルグで戦ったギャングよりも、商業組合よりも人数だけで見るなら相手の方が少ない。
後はミカが自分の仕事をするだけ。
ウォルターの侵入経路とミリアの装備を考えると、ミカの仕事は自然と決まる。
誰よりも早く人質のいる部屋に潜入し、重役の娘の救出にあたる。
ミカの任務達成に伴って警察も本格的に動き始める。
さすがに、情報の秘匿の観点から、娘を救い出した後にはなるが。
「やめ――」
人質のいる部屋に向かって逃げる男をミカが撃ち殺す。
そしてその死体を踏み越えて部屋に向かって一直線で突き進んだ。
階層自体はあまり広く無く、目的の部屋までは走ればすぐに着く。
事実、ミカがエレベーターから降りてここまで一分とかかっていなかった。
(あそこか)
人質が閉じ込められている部屋を見つけると勢いのままに扉を蹴破って中に入る。
「止まれ!」
ミカが入るのと同時に部屋の中から叫び声が響く。
中に囚われている人質からではない。
一人の人質を盾にした一人の構成員の声だ。
(ちと遅れたか)
気がつかれてから最短で移動しても間に合わなかった。
部屋の中にはすでに構成員が人質を盾にして待っていた。
そして盾にされている人質は運悪く重役の娘さん。
「その場で武器を捨てて動くな」
男の勧告にミカは従わず小銃を構えた。
「う、撃つぞ!」
「撃てるのか?」
ミカの返答は煽っているようだった。
もしここで男が人質を殺せば、ミカを前にして盾を失うことになる。
だから撃てない。
その心理を読み切られている。
「うるせぇよ!」
ミカの発言は男を逆上させ、短絡的な思考に行き着かせる。
何も考えず人質に向けて引き金に指をかけて押し込む。
「あ?」
押し込めない。
男がミカから目を離して拳銃を握り締めた手を見ると、小型の蜘蛛型機械が引き金の部分に足を挟ませていた。
そのせいで引き金が押し込めない。
(さすがに早いな)
ミカの『撃てるのか?』という問いは課長が操作する蜘蛛型機械の存在を知っていたために出て来た言葉。
ミカと共に扉を開けて部屋の中に入って来た蜘蛛型機械は、ミカに意識が集中している間に男の背後まで回り込むと足を上り、腕を歩き、手にからみついて引き金を固定した。
(助かった)
軽く課長に感謝を述べて、戸惑いから人質の後ろから頭を大きく出した男をミカが撃ち抜く。
『対象を保護した』
部屋の中を確認して敵がいないことを再度確認してから全体通信を入れる。
『了解です!』
『五階部分制圧済みだよ』
他の人質には悪いが、ミカの仕事は目の前にいる重役の娘をいち早く保護すること。
どうせこの階の構成員はミリアがすべて殺す。
ミカは屋上まで対象を護衛し、その後、待機しているホバー型航空機まで送り届ければ任務完了だ。
その後は警察が突入、あとは巡査部門管轄となる。
「カタリナ・グルーシュだな。警察だ。外まで保護する」
あくまでも他の人質にではなく保護対象であるカタリナ・グルーシュのみに語り掛け、最後の任務を遂行する。
◆
カタリナ・グルーシュを部屋の外に連れ出した後は特に何事も無く、五階を制圧していたウォルターと合流し、そのまま屋上にまで送り届けた。
その後はミリアを回収し、ミカたち四課も屋上から立ち去った。
メディアの目もある中、ミカたちが正面入り口から出て行ってしまえば巡査部門の面目は立たない。そして機密での行動である以上、存在が大っぴらに露呈することも避けなければならない。
そのため、まだ四階部分に構成員に残した形ではあるが、ミカたちと入れ替わりで警察が突入した。
一応、壁を突き破って直接四階部分から人質の保護を最優先に動いたはずなので、ミカたちが立ち去った後に人質が何かされるということはなかったはず。事件は巡査部門の精鋭チームが下と上から構成員を挟み込み、封殺して終了。
当然、この事件の報告書にミカたちの名前は残らない。
「カンパーイ!」
ミカたち特別四課の拠点でもあり事務所でもある場所で、課長を含めた部隊員四名が打ち上げを行っていた。
ミカたちは今回の事件で《《一応》》疲弊したので明日は休養日となっている。そのためいくらでも飲み食い騒げるのだが、課長は上司に報告と報告書を書かなければならない。
通常の業務に加えて今回の報告書。
本来現場に出ることは組み込まれていないスケジュールで動いている課長にとって、今は溜まっている書類を片付けなければいけない時間なのだが……。
「うっっっっめぇッッ~!」
課長は気にせず度数の高い酒を勢いよく飲んでいた。
特別四課は他の特別部門と比べても珍しい身体拡張者が一人もいない課。当然課長も例外ではなく、生身のままだ。
酒がいくら強かろうが、ダストシティに流通している度数の高い酒は命に響く。
今すぐにでも書類を片付けなければいけない課長にとって、この行為は自殺行為に等しい。
だが関係ない。
「さいっこうッッだねッ!」
酒を片手にビザを食べる。
大体、課長は大きな任務が終わった後はいつも『これ』なので誰も気にしていない。
ウォルターはテーブルの上に並べられたピザやハンバーガー、ポテト、米やパン、そして少しの野菜と果物などには少し手を触れるだけで、大体は酒を飲んでいるし、ミリアはその代わりにブルドーザーのように食べ物を飲み込んでいた。
彼女が通った後には食べ物一つ残らず、綺麗にすべてを平らげる。
もし普通の部署でこのような行為をすれば同僚や上司から反感を買いそうなものだが、特別四課には大食漢が彼女しかいないので、好きなだけ食べても許される。
酒好きが二人と大食漢が一人、ミカはその中でスラムでは食べれなかった野菜と果物、そして合成ではない肉を食べながら、水を飲んでいた。
「あれれ、ミカさんいつもお水ですよね。お酒苦手なんですか? それとも年齢? そういえばミカさんの年齢知りません。何歳なんですか」
少し酔っているミリアが矢継ぎ早に質問をしてくる。確かに、ミカは若く見えるし実際に若い。
子供平気を酒を飲むような街で年齢制限を守ることは逆におかしいので、ミカが酒を自制しているのか、それとも苦手なのか、ミリアは疑問に思った。とはいえ彼女は警察。
身分を考えるとその質問が適切だったかは分からない。
「俺も知らん」
果物を頬張りながらミカが答えた。
物心ついた時には親はおらず、ゴミの中にいた。年齢を知るすべはない。物心ついた時から現在にかけて経った年数を考えてみれば大体予測はできる。おそらく20には達していない。
「そうなんですね!」
ミリアはミカの過去について深くは訊かない。彼女は単純なだけで馬鹿ではないのだ。その上無神経でも鈍感というわけでもない。ミカの事情を察して、話してくれるまで待つ、だなんて芸当もできる。
ミリアは特に反省して気分を落ち込む様子を見せず、すぐに切り替えてハンバーガーを頬張る。
その時、課長は酒を飲みながら日々の業務についての鬱憤をまき散らし、ウォルターは酒を楽しみながら飲んでいた。
ミカはその様子を見ながら、笑顔と哀愁が混じったような顔を浮かべていた。
◆
「はぁ……」
事務所の前の通りで、ミカが階段に座っていた。
時刻はすでに深夜、後ろのビルではまだマリア達が飲んでいるが、ミカは一旦休憩だ。
夜中のダストシティを吹き抜ける風で、体を冷やす。
「……」
曇った空と、その奥に陰りながらも見える月を眺めた。
上を見ればキリがないほどに広がっている権力構造。
複雑で奥深くて、理解の範疇を越えた世界がダストシティには広がっている。
警察として活動する中で、それが嫌でも理解できた。
今回の事件も同じだ。
裏で誰かが成功し、失脚し、死んで、ミカたちが触れる範囲は表層にしか過ぎない。
蠢く陰謀の一端に手を触れているだけだ。
その全貌を計り知ることはできない。
大企業で上り詰めればその陰謀に関わることもできたかもしれないが……。
「……はは」
大企業に入らなければダストシティで上り詰めることはできない、そう言っていたダンを思い出す。
今になってその言葉が正解なのだと気がつけた。
確かに、ダストシティで上り詰めるためには傭兵でもコーディネーターでも駄目だ。ましてや警察や企業部隊などの組織所属の部隊でも駄目。のぼりつめるためには企業に入る必要がある。
ダストシティに来て嫌でも実感できた。
「さて……」
明日は休み。
だが呑気に休暇を楽しもうとは思っていない。
フリージャーナリスト、グレム・マルコイが残した証拠品の解析がもうすぐで終わる。
彼が触れた陰謀の一端。
今それに触れる。




