第38話 今回の仕事
特別部門にはそれぞれ課ごとに直属の上司がいる。基本的にはその上司が巡査部門や捜査部門から仕事の依頼を貰うと、部下の能力と性格を吟味した上で受けるかどうかを決める。
課によっては捜査が得意だったり、戦闘が得意だったりと所属するメンバーによって得意不得意が違うからだ。
その点、ミカたちは人数こそ少なく、労働意欲こそ低いものの平均的になんでもできる。
「ということで今回は武装組織の鎮圧が仕事です」
課長がホログラムをテーブルの上に表示させながら一棟のビルを表示させる。
テーブルを課長とミリアとミカ、そして制服をだらしなく着たウォルターが取り囲み、それぞれホログラムに視線を送る。
「見ての通り対象はこのビルの中。武装組織が誘拐した人を人質にこの中で立てこもってるって話」
ミカたち三人の顔色は話を聞いても特に変わらない。
課長は続けた。
「仕事は単純明快。人質の救助と敵の殲滅。リーダー格も含め殺傷の許可も出てるわ。現場で巡査部門の警官が待機してるから、話はすでに通してあるわ」
ミカたち三人はそれぞれホログラムを見ながら課長からの説明を聞いて、状況の確認を済ませていく。
「救助者についてだけど、保険加入者には救護部隊が来る予定だから、外まで運び出して。その他の人たちは重症の人がいたら応急処置をしてその場で放置。あとは巡査部門の人達に任せるわ」
ホログラムが切り替わってビルの内部構造が浮かび上がる。
「武装組織って言っても傭兵崩れね。今回は運が無かったわ。攫った人の中にギガテクの重役の娘さんがいたみたい。一応現在分かってる限りで、人質がいるのはこの部屋」
ホログラム内に表示された部屋の一つが赤く染まる。
「一応これで説明は以上。何も無かったらすぐに出発するわよ」
課長が周りを見渡す。
するとミリアが声をあげた。
「あの……」
「なんだ」
「これは企業部隊の管轄なのではないでしょうか」
その問いに対してミカとウォルターは表情を変えず、課長は僅かに笑顔になった。
「良い質問だ。実のところ企業部隊管轄の事件《《ではあった》》」
ギガテクの重役、その娘を誘拐したとなれば、企業部隊が出て来てもおかしくはない。
というより、部隊の練度も装備も質も、何もかもが警察の水準より高い企業部隊に愛する娘の救出を任せるのは当然のこと。重役という立場ならば企業部隊も動かせるのだから、普通はそうする。
しかし今は警察が対処している。
何やら複雑な事情が絡んでいそうだ。
だから、ミカとウォルターは聞かなかった。
「実はな、攫われた娘のパパさんは確かにギガテクの重役なんだが、つい前にプロジェクトに失敗しちまって社内で立場が悪いらしいんだよ。その状況で娘が攫われたから企業部隊を使いたい? まあ、自分の昇進とか社内での立場とか考えると、まあその選択は切れないわな」
娘と企業での立場。
その選択で重役は企業での立場を取った。
「ただ、さすがに何もしないほど薄情なわけでもなかったんだよな、これが」
いかにも面倒そうに首の後ろを掻きながら課長は続ける。
「娘を攫われたってことすらも社内では不利な要素になる。だから表立って警察に頼るわけにもいかなかった。じゃあどうする?」
問いかけられたミリアが悩む。
ミカとウォルターは面倒そうな表情をしていた。
そして10秒ほどの沈黙ののちにミリアが口を開く。
「傭兵に頼んだ……とかですか?」
「イエス! いい感じだぞ。なんで頼んだ」
「傭兵に……依頼して救助してもらうことで、秘密裏に事を済ませたかった、とかですか?」
「せいっかい!」
課長が手で丸を作る。
攫われたことを隠すためには警察も企業部隊も使えなかった。とすると選択肢は一つだけ。ダストシティで活動する傭兵に秘密裏に救助を依頼することだけだ。もし成功すれば傭兵に金を払い、娘は救われる。
流れだけ見れば簡単そうに見える。
ただ、ここで重役はまた一つ失敗した。
「ただ問題だったのが弱みを握られたくないからってコーディネーターに頼まなかったことなんだよな、ちくしょう!」
企業と傭兵のパイプ役であるコーディネーターに頼めば信頼できる傭兵を紹介してもらえたというのに、重役はそれをしなかった。
コーディネーターに弱みを見せれば、いざという時に突かれるかもしれない。将来自分が社長になった時に、頭の上がらない存在がダストシティのどこかに巣食っているというのは、潜在的な恐怖心を煽る。
だから重役はコーディネーターに頼らず、独自の伝手で依頼した。
その結果が、救助失敗。
依頼された傭兵が内部に潜入したものの、返り討ち。
武装組織を返って逆上させる結果になってしまった。
「別にこのぐらいの弱みはいくらでも取り返しがつくのによぉ、怖がりやがって」
課長が愚痴を吐く。
社長になればこの程度の弱みは問題にならない。突かれても少し痛いだけ。
しかしコーディネーターに恐怖心でもあるのか、怖がってその選択を取らなかった。
その結末が、武装組織が怒って、警察が出動して、考え得る限りで間違いの選択肢ばかり選んでいる。
まあ、娘が攫われたというパニックとプロジェクトの失敗という不安感。そして長引かせることができないというタイムリミット。
これらが要因となって判断を鈍らせたのかもしれないが。
「ということで分かったかな諸君!」
「はい!」
ミリアが元気よく答える、そんなミリアの両肩をミカとウォルターが草臥れた様子で叩いた。
「な、なんですか」
ミカとウォルターを見て戸惑うミリア。
そんなミリアに二人は課長の方を見ろ、と合図する。
「な、何かありましたか」
「ふふ、よく聞いてくれた。ちなみにだが、重役の娘さんはまだ生きてらっしゃる」
今回の事件は巡査部門の精鋭チームだけでも十分解決できる問題。しかし、情報漏洩を極端に嫌ったギガテク側が、警察組織に圧力をかけて、より少人数で動けて信頼性の高い特別部門を名指しで指定してきた。
だからこの依頼は断れない。
なぜ企業部隊を動かさないのか、なぜギガテクという企業単位で娘の救出のために圧力をかけたのかは分からない。きっと会社で立場がなくなった親が最後にと娘の救出を頼み込んだのだろう。
つまり。
この仕事は失敗できないということ。
厳密に言うのならば重役の娘だけは絶対に死なせてはならないということ。
基本、人質は誰も殺されないよう動くが、傭兵を差し向けられて怒っている相手が無作為に人質を殺さないとも限らない。
その時に重役の娘が選ばれるかは運だ。
「仕方ないよね」
ウォルターがため息交じりに呟く。
重役の娘を殺されずに仕事を行う。これはかなり難しい。
もし課長に聞かなければ話されなかったかもしれない。
聞いてしまった以上、その達成条件に殉じなければならない。
「……」
ミカはため息ことつかないものの、表情は少し険しい。
ギガテクからの頼みを聞けば警察組織は恩恵があるし、信頼も貰える。だがもし失敗すれば特別四課の存続に関わる。
ミリアは三人の顔を見て雰囲気を感じ取って慌てる。
「え、え、え、私なにかやっちゃいましたか」
慌てるミリアに構わず課長は告げる。
「さあ行こうか諸君! 仕事の時間だ!」
ミリアが事の真実に気がつくのはここから少し時間が経った後だった。




