第35話 憧れた景色
エルドファミリーの構成員に支給された通信端末からダンテの声が響いている。
状況は今どうなっている、エルドはどうなった、ジャンクヤードで何が起きている、矢継ぎ早に疑念を吐露させていた。
エルドからの全体通信。
あの内容は死を覚悟した者の最期の言葉。
それは通信端末越しにギルバーンの拠点を襲撃しているダンテにも届いていた。
すでにダンテは拠点制圧を終え、ジャンクヤードへと急いで向かってきている。しかし間に合わないだろう。エルドからの全体通信が入ったすぐ後に、企業部隊が到着した。
ミカは結末を見たわけではないが、エルドからの返答が通信に載らないことを考えても、どうなったかは分かり切っている。
その他、ジャンクヤードにいた構成員からも返答はない。
皆あそこで犬死だ。
名誉ある死だとは思わない。
一人でも生き残って残ったダンテを支えてやるのがエルドファミリーとして有益。そしてエルドが作り上げて来たものを残すことにつながる。
ただ、こうなることは分かり切っていた。
『こちらミカ。ダンテ、犬死したくなかったら戻って来るな』
スクラップの山の上で、廃棄されたテーブルに腰かけたミカが通信端末に記録を残す。
『企業部隊とやり合いたくはないだろ』
行くな、聞け、と言ってもこの状況では逆効果になり得る。
しかし今、ミカが声を届けている相手がダンテであるから、その言葉には意味があった。
ダンテならばミカの言葉の真意を察する。
企業部隊という言葉のみである程度は何が起きたのか察することができるはず。
エルドファミリーの存続を考えるのならば、ここで立ち止まることが正解だと理解できるはずだ。
『ケルンはこっちで救出した。心配すんな』
ミカが隣で気絶したまま廃材に横たわるケルンに目を向ける。
そして前を見た。
視線の中央。
その奥に小さく見えるダストシティ。
いつまでもその輝きを落とさない都市。
誰かが挑み、ほとんどが破れ、稀に生き残る。
不幸にも、エルドは『ほとんど』の側に落ちてしまったが。
(何を思った)
エルドは死ぬときにどんな表情をしていたのか、何を思ったのか。
意味のないことを頭の中で考えながら、ミカはただじっとダストシティを見つめていた。
◆
二年後。
今日のダストシティには雨が降っていた。
すでに時刻は0時を過ぎた頃、幾台かの警察車両が路地に止まっている。
すでに周囲には規制線が張られ、黄色いテープが進入禁止のマークとして区域を取り囲んでいた。
「封鎖完了しました?」
規制線を張る原因となった裏路地の死体。その横で、一人の女性警察官が横にいる人物に問いかける。
「そこまで広い範囲ってわけでもねーしな。ま、誰も好き好んでこんな裏路地に入ってこねぇよ」
無精ひげを生やした中年の警官が、濡れたジャケットの襟を軽く引き上げながらぼそっと言った。
その表情と様子からはやる気が感じられない。
「だがまあ、一応応援を呼んどいた。あと少しで来るだろ」
「え? でもこのぐらい」
「こういう事件はあいつの専売特許だろ?」
男の警察官が裏路地に倒れた死体を見る。
雨に打たれ、血を流しながら倒れているのは乱れたスーツ姿の男だ。すでに息は無い。
頭に空いた穴を見れば死因は簡単に推測できる。
おおかた、この穴の大きさは拳銃で一発というところ。
付近には旧型のレトロなカメラが転がっていた。クロームメッキの剥がれかけたボディに、手動で巻き上げるフィルムレバー。液晶もタッチパネルもない。レンズは重く、フォーカスは指先で合わせるしかない。
所謂旧型に分類されるカメラだ。
なぜこんな骨董品が転がっているのかは分からないが、取り合えず重要な証拠だとして取っておくほかない。
それに、機械や映像、写真に関する物的証拠は《《あいつ》》の専売特許。
その知識と経験と実力に関して言えば警察一を名乗ってもいい。
それほどの人物。
ならば、そいつにこういった現場は任せた方がすぐ終わる。
「あ、来ましたよ」
女性警察官が黄色のテープを潜って裏路地に姿を見せた人物に手を振って、合図をする。
警察服の上にジャケットのような物を羽織った若手の警察官だった。
男の警察官も立ち上がってその若手の警察官に視線を送る。
「よお《《ミカ》》、忙しいところ悪いな」
若手の警察官は二年の時を経て僅かに年を取ったミカだった。
「何があった」
「先に連絡しといた通りだ」
二人は軽く会話を交わして、ミカは路地に倒れた死体を見る。
(ったく、またか)
殺人、ネオン、ホログラム。
変わらない風景だ。
《《あの時》》と同じ。
結局、ダストシティも変わらない。
(所詮こんなもんだよ)
路地裏の死体を眺めながら、かつて死んでいったエルドたちに向けて小さく呟いた。
第一章 ジャンクヤード編——了




