第30話 大抗争
ミカがクレイトンを殺した後、エルド達は上層から下層へと降りていた。
すでにケルンからミカを治療しているという話は入って来ており、先に部下を下層へと向かわせ、ミカの救護に当たらせている。
その後を追って強化外骨格と共に下層へと降りたエルド達はミカのいなくなったクレイトンの拠点を訪れていた。
地上部分が完全に崩壊した拠点。
ミカがやったものだろうとは理解できた。
内部で熾烈な戦闘でも起きたのか、それとも爆発物でも投げ込んですべて破壊したのか。
ミカならば後者の方があり得そうだ。
「あそこですね」
隣に立つダンテが指さす先を見てみれば瓦礫が積み重なった場所に旗のようなものが立っていた。
瓦礫のせいで地下への入り口が分かりにくくなっているので、ケルンが目印に立てて置いてくれたのだ。
「お前らは瓦礫を片付けとけ」
後ろに控えている強化外骨格に、本来の用途である解体現場の物資運搬や建築作業を任せ、クレイトンはダンテなどと共に少人数で地下へと入っていく。
元は暗闇に包まれていた階段も先に入った構成員たちが設置した照明のおかげで明るい。
「おお、こりゃひでぇな」
下に降りてみると、培養液が薄く地面に張った部屋が現れる。
所々に瓦礫が落ちているし、肉片のようなものも少し残っている。
先に片づけをしてくれていた構成員によると、犬のような生物の死体がそこら中に散らばっていたという。今は片づけをしているからまだ歩け、見れる状態ではあるが、最初は思わず嘔吐感を催すほどに酷い光景だったという。
「ったく、再利用しようと思ったが……ちと面倒だな」
「そうですね」
頭を掻いて当初の予定が狂ってしまったことに不満を覚えつつ、すぐに切り替えてエルドは歩き出す。
すでに部屋の扉はすべて開かれている。
ミカがクレイトンの元へと向かう時に使用したあの一本道もまた、赤と黄色のテープで目立つよう誘導線のようなものが貼られていた。
すべて先に地下へと入っていった構成員が準備してくれていたものだ。
部下に感謝しつつエルド達は早々と一本道を通り抜けて次の部屋へと入る。
「……こりゃまた」
ミカがクレイトンを殺した部屋。
予想通りというべきか、やはり荒れていた。
すでにミカが戦闘を行ったというクローン体もクレイトンの死体も回収されてこの場はない。しかし至る所に残る血痕と戦闘の跡が、彼らがここにいたことの証左。ここで何が起きたのか、鮮明に思い浮かべることができる。
「さて……」
だが、これは本題ではない。
エルド達がここを訪れたのは別の理由があるため。
それは、この部屋の左側の壁を一枚剥がした先にある。
ミカとの戦闘の余波で僅かに亀裂の入った壁。
下に入った構成員が偶然、その亀裂の先を見つけた。
前と同じように赤と黄色のテープで誘導線が貼られている扉の先。
そここそが、エルドが地下を訪れた目的。
「気を付けてくださいね」
軽い足取りのエルドとは違ってダンテたちは武器を手に持っている。
「まあまあ、何かあったらそん時はそん時だ」
エルドは軽く言って扉を開ける。
僅かに鼻を突き抜ける薬品の香りと腐敗臭。
扉の先に広がっていたのは幾つもの培養ポットが広がる空間だった。
培養ポットの中には不定形の肉片があったり、僅かに人の形を象っているものがある。
その中の幾つかに人の形をしたものがあった。
「聞いてはいたが、クローン体か」
アンナのクローン体。
培養ポットの中ではそれが作られていた。
すでに幾つかは機械と融合しており、いつでも兵器運用が可能な状態。
もしミカの襲撃が遅れていれば、これらすべてのクローン体が敵となっていた可能性。
果たしてミカは運が良かったのか悪かったのか。
(あいつなら『ついてる』ぐらいは言うか)
合理的に考えて、敵の戦力が増強する前に潰せたのだからそれは喜ばしいこと。
たった一体でミカを瀕死の重傷にまで追いやった個体がそう何体もいれば、エルドファミリーとて厳しい。当然、ミカもここで死んでいた。
「どうしますか」
ダンテが問いかける。
上手く使えばエルドファミリーが兵器運用できそうだ。
「爆破しろ。この拠点は解体だ」
「い、いいんですか……?」
研究資料も数多く残っているこの拠点を爆破することはエルドファミリーにとって損になる。
今後のことを見据えるのならば残しておいた方がいいもの。
「いいんだよ。こんなモン残す価値ねえからな」
「なら……いいんですけど」
戸惑いを見せるダンテにエルドは笑う。
「片付けてくれたところわりぃが爆破準備に入るよう伝えてくれ」
一応、資料等はすでに保管してあるため、すべてが消えるわけではない。
それでも爆破することですべてを失うのは惜しいこと。
だがエルドは悩まない。
「っくは!」
エルドは腰に手を当てて豪快に笑う。
◆
「ま、事の顛末はこんな感じだな」
エルドはミカにクレイトンの研究施設を爆破したことを軽く説明した。
「爆破しちゃ悪かったか?」
「いや、別にいいが」
ミカもあの時のダンテと同じ感情を抱いていた。
明らかに価値あるものを破壊して、エルドファミリーの今後を見据えた上でそれでよかったのだろうか、と。
「ま、気にすんな。それより今は、ギルバーンのことについてだろ?」
「まあ、そうだが」
気後れしながらもミカはエルドの話についていく。
「今、本部拠点の防衛の方に4割の勢力を割いてる」
「それでギルバーンとやるつもりか?」
本部の防衛は確かに大事だ。しかしギルバーンの拠点まで一気に攻め入るには残った人員では不安が残る。
「その辺は心配すんな。足りない人員は掃除屋を雇ってる」
クレイトンがいなくなったことや、下層の勢力図が激変したせいで掃除屋の仕事が無くなっている。少しすればまだ依頼も受けられるようにはなるだろうが、皆がエルドファミリーという徒党に意識を向けている中、変な動きはできない。
そこでエルドファミリーが掃除屋に依頼を出して今回の抗争に協力してくれるよう頼んだ。
実力者を下層のどこかで暇しておくのは勿体ないし、変に動かれても面倒、であれば金で縛り付けておけば主従関係がしっかりとする。それなりに痛い出費だが、ゲルグの物価と外の物価が違うおかげで、痛みは少しだけ軽減されていた。
「まあ、ミカが殺し過ぎたせいであんま雇えなかったがな」
敵対すれば排除が面倒な不確定要素である掃除屋をミカが殺したことで、減らしてくれたことはありがたい。しかし同時に、殺しまくったせいで大幅な戦力の拡充とはならなかった。
「すまんな」
ミカは特に悪びれずに答えた。
「そろそろあっちも本格的に動いて来る頃だ。俺らも動く。お前は大丈夫か?」
二日間の眠りから覚めてまだ数時間というところ。病み上がりのミカにとっていきなりの戦闘というのは、些か負担が大きい。
しかし、ミカは特に気にしていなかった。
「まあ、20人分ぐらいの働きはできるんじゃないか?」
これまで体に蓄積していた疲れが今は無い。確かに、負傷のせいで体の動きが鈍くなっているし、右手は全力の力が出せない。歩き方もどこかぎこちない。
それでも、もう何十年と治療を受けずに蓄積した体の負傷や慢性的な睡眠不足は幾らか解消された。
通常の働きはできないが、構成員20人ぐらいの働きぐらいならばできる。
ミカのその発言にエルドは快活に笑った。
「っくは! いいねぇ」
果たしてミカの発言は単に自信過剰なだけなのか、それとも自らの実力と状態を冷静に客観視して出た言葉なのか。
どちらにしても、ミカは今の状態で20人分の働きができると思っているということ。
謙遜するわけでもなく、誇大するわけでもなく、ただただ述べただけ。
ミカはその認識を変えない。
「じゃあ取り合えず20人分の働きを頼むぜ?」
「その代わりに勝てよ?」
「っくは!」
小言を言い合いながら二人がゲルグの外に出る。
ゲルグを固く閉ざしていた扉は強化外骨格が通るために破壊されて、随分と開放的になっていた。
外の様子もスクラップだらけの光景とは異なって、エルドファミリーが整備したおかげで見晴らしがいい。ついでに、防衛拠点として自動機関銃なども設置されていた。
外に出て振り向いてみると、それまでスクラップで埋もれていたゲルグの外壁が見える。
どこか感慨深さを覚えるその光景に一喜一憂する暇も無く、ミカとエルドは準備に移る。
すでに出口のすぐ傍には電磁機構が組み込まれた強化外骨格装甲が置かれていた。
今からエルドはそれに乗り込み、構成員や二機の強化外骨格と共に敵の防衛線をぶち抜いて、そのままギルバーンの本陣を叩く。
ちまちまと消耗戦をするのは馬鹿らしい。
時間が経てば経つほどエルドファミリーが有利になるという状況を考えると、ギルバーンも全勢力を投入してこちらの防衛線を突破してくる。ギルバーンは企みや陰謀が得意な男ではあるが、今この時に小細工を仕込んでいる時間はない。
仕方なく、正面突破を目指すしかない。
「よーし、行くか」
ならば、こちらも正面からぶつかって打ち砕いてやろう。
冷静に見れば非効率に見えるエルドの行為。
しかしこれは彼の中に通った一本の理。
スラムで生き抜く中で培ってきた合理性。
彼がそれを疑う余地はない。
「準備はいいな」
「ああ」
ミカにそう伝えると、エルドは強化外骨格装甲に乗り込んだ。




