第27話 緻密な計画
「はぁ……」
壁に背を預け、ミカが座り込んでいる。
肩や足、横腹から血を流し過ぎてもう意識を保つことが難しい。
呼吸も薄れてきて、肩で息するのも難しくなってきた。
「……ったく」
どうにかして立ち上がらなければならないが、どうにも体が動かない。
ゲルグを出て、スラムに戻らなければならないというのに、瞼が重くてどうも起き上がれない。
ギャンクの拠点を襲撃した時も、商業組合の拠点を襲撃した後も、かなりの満身創痍だと思っていた。しかしどうやら、あれは本当の限界では無かったらしい。
(……こんなもんか)
人間、本当に限界が来ると辛く感じない。
流れ出続ける血のせいかどこか解放感すらある。
(はぁ……)
心の中でため息を吐くとゆっくりと瞼を落としていく。
その時、視界の隅に人影が写った。
それは金髪に長身の男だ。
「よくやってくれたな、少年よ」
男は死にかけのミカに話しかける。
「商業組合を潰された時はかなりイラついたが、今回で十分お釣りがくる。これであいつらを出し抜けるといったところか」
顎に手を当ててしゃがみ込み、ミカの傷を近くから見る。
「酷い傷だ。すぐに手当しても間に合うかどうか……まあ、私は助けないのだが、誰かが助けてくれることを祈るしかないな」
男はミカに一言残して立ち上がる。
「あ、そうそう。自己紹介を忘れていた。私はギルバーンという。君ならよく知っているだ―――」
ギルバーンが自己紹介を始めている途中、突然背後から発砲音が鳴った。ギルバーンはその存在に一切気がつけず、体中を穴だらけにする。
「……君は」
ギルバーンが振り向いて自分を撃った者の正体を確認する。
そこには眼鏡をかけてあまり背の高くない、小柄な女性がいた。
「遠隔操作型の機械人形ですか……ま、単独でゲルグに立ち入るような不用心な男ではないと思っていましたが」
ミカとの契約を果たすために訪れたケルンがギルバーンを機関銃で撃ち殺す。しかし撃ち殺したのは本物のギルバーンではなく、ギルバーンを象った遠隔操作型の機械人形にしか過ぎなかった。
頭部と胴体。
音声機能や自爆機能などを破壊するために機関銃で重点的に破壊していく。
もはや機械として稼働を停止していてもケルンは止まらない。
その小柄な体格には不釣り合いな機関銃を脇で抱えて持ち、対象を完璧に始末する。
「さて……」
すべてを終わらせたケルンはミカに近づくと懐から取り出した注射器をおもむろに突き刺す。
「生身の人間であれば、これで命を繋げると思います」
注射器の内容物をすべて注入し終わると投げ捨てて、ケルンは本格的に契約の履行へと入る。
「封鎖は完了……制圧も完了」
一つずつ項目を確認していく。
一通りすべての必要事項を確認すると通信端末を取り出して、誰かに電話をかける。
数回の電子音の後、通話相手が出た。
「ケルンです。終わりました。《《エルド》》さんはどうですか」
「ああ。もうすぐ着く」
「分かりました。準備を整えておきます」
「ミカはどうだ」
「死にかけではありますが、すぐに措置を取れば問題はないかと」
「分かった。そっちに時間を割いていてくれ。そいつには恩がある」
電磁機構の修理のことや《《今回の事》》を含めて、ミカにとってはただ自分にとって合理的な、あるいは都合のいい選択をしただけだろうが、結果的にはエルドに利益があるよう働いた。
その恩は返してしかるべき。
「じゃあ準備任せた」
「了解いたしました」
それを最後に通話が切れる。
「さて、どうしましょうか」
通信端末を懐に収めると血だらけのミカを見て、ケルンは首を傾げた。
◆
上層でいつものように店を営んでいたゴードンがあり得ない光景に目を白黒とさせていた。
普通ならば人が左右に行き交って常に肩をぶつけ合っているような大通りを、数十人規模の一団が闊歩している。それだけならば稀によくある光景。新興宗教の信奉者だとかギャングの構成員だとかが我が物顔で歩くというのはよくある話。
大抵は反感を買って道行く誰かに銃撃されたり刺されたり、何かしらの騒ぎが起こる。
しかし今回に限ってそれはありえない。
幾つものイレギュラーが重なってる。
(ミカが言ってた奴らってこいつらか)
ゴードンの店の前をちょうど横切ったのはエルドファミリーの頭であるエルド・ライアン。
彼は徒党の精鋭を引き連れて大通りを我が物顔で歩く。
まるで自分が新たなゲルグの王であるかのように、喧伝しているかの態であった。
普通ならば銃撃されるか、刺される。
それにエルドたちは外から来たよそ者。
反感は余計に大きくなる。
しかしエルドたちの後ろを歩く《《それ》》が抑止力となって誰も銃口を向けようとは思えなかった。
(おいおい。強化外骨格かよ)
エルド達の後ろを警備するのは二メートルを超える二機の強化外骨格。
ゲルグにも似たような兵器は存在しているが、エルド達が持つ強化外骨格に比べれると劣る。
スクラップを寄せ集めて作られた強化外骨格のような『何か』と純正品で作られた強化外骨格とでは雲泥の差だ。
それ故に。
誰も彼らに攻撃することができない。
誰も彼らを蔑ろにすることができない。
ゲルグに現れた外敵を排除する手段を、彼らは持たなかった。
「……ってことは……成功したのか」
目を白黒とさせて驚くの同時に、ゴードンは一つ安堵の表情を浮かべていた。
「長かったな」
ゴードンは事前にミカから話を聞いていた。
『もし俺がクレイトンを殺せれば外の世界の徒党がゲルグに乗り込む』と。
「成し遂げるまで」
ゴードンは笑みを浮かべる。
これからゲルグの勢力図は大きく変わる。不安が無いと言えば嘘になる。しかし変わらない、退屈な日々を送っていたゴードンにとってその変化は、良いスパイスになるかもしれない。
「……いいじゃねえか」
これからのゲルグのこと、そしてミカのことについて思いを馳せてゴードンが呟いた。
◆
ゴードンが呟いたのと同じ頃に、エルドがケルンとの通話を終えた。
エルドは通信端末を仕舞いながら横にいるダンテに声をかける。
「今回も上手く利用された形になるのか」
「まあ……どっちもどっちでしょうね」
ミカはすでにギルバーンがゲルグに紛れ込んでいるのは知っていた。もしクレイトンを殺しても、その時に自分が満身創痍であればギルバーンを追い返すことができない。
もしかしたらそこで殺されてしまうかもしれないし、そうでなくともギルバーンがゲルグの新たな王として君臨してしまう。
そうなるとエルドファミリーの仲間だと思われているミカは不利な状況に置かれる。
その危険を回避しようと、事前にエルドファミリーに援助を求めていたことが、今回の事の発端だ。
「良かったんですか……こんな大胆に動いて」
ダンテは頭が痛くなりそうな事案に悩まされている様子だ。
しかしその悩みの種を作ったダンテは至って気楽そうな表情を浮かべている。
「まあ、色々と懸念事項こそあったが、上手くいけば美味い案件だからな」
ミカの提案はエルドファミリーにとっても、絶好の機会だった。
元々、ゲルグはジャンクヤードに存在する不可侵領域——というのがギルバーンとの共通の認識だ。
ゲルグの支配にはかなりの労力がかかる上に、徒党同士は互いを敵視し合っている。
商業組合を潰せなかった時のように、どちらかが手を出せばそこを突かれる可能性があるからこそ、誰もゲルグには立ち入れない。
そういう認識。
しかしミカがすべてをぶち壊した。
クレイトンを殺し、統治者が不在となったゲルグであれば大きな労力は割かない。
加えてミカから襲撃を行う正確なタイミングも分かっている。
混乱に乗じて支配するにはこれ以上ない機会。
エルドとしてはこの機会を逃すという選択肢自体ありえない。
「さっさと終わらせようぜ、時間との勝負だ」
「そうですね」
早めにゲルグを支配できれば、ジャンクヤードの中心に巨大な拠点ができるのと同時に、新たに一つの経済圏を手に入れることができる。
拮抗していたエルドファミリーとギルバーンの勢力図も大きく変わるだろう。
「それにしても、死にかけらしいですけど、ミカさん」
「まあケルンが傍にいれば大丈夫だろ」
ケルンからの連絡でミカが激闘の末に重症を負っているとは分かっている。
死にかけ、というよりほぼ死んでいるようなもの。
しかしケルンが傍にいればそうそう死なない。
「あいつは俺が見て来た中でダンテと並んで優秀だ」
ケルンはゲルグに潜り込ませていたエルドファミリーの構成員。
ゲルグには彼女一人しか構成員を潜り込ませておらず、それもケルンの能力を信用してのこと。
やはり数を送り込むとそれだけバレる確率が高くなる。
そこでダンテと同じく能力のあるケルンを向かわせた。
「それに、結果としては大成功だろ?」
彼女は与えられた役割を全うした。
クレイトンに存在を露呈させず、ギルバーンに勘づかれることなく、ミカの支援まで行った。
「そうですね……じゃあ後は僕達が仕事をしましょうか」
ミカとケルンが最高の仕事をしたのだから、あとはエルドたちが最高の仕事をして引き継げばいい。
簡単なことだ。
二人が成したことに比べれば。
「っくは! ちゃちゃと終わらせますかぁ!」
威勢よく声を出して、エルドは下層へと足を踏み入れた。




