第25話 研究者として
階段を下った先に見えたのはクレイトンの研究施設だった。建物の地下に広がる幾つもの通路と部屋は幾重にも渡る拡張工事の末に出来上がったもの。今では元の倍以上の広さになっている。
クレイトンはこれだけの規模の空間をすべて、地上の二階部分も含めて研究施設として活用していた。
そして、地下は拠点に取り揃えられた研究設備の中でも特に重要な物が揃っている。
地下に入ってまず見えたのはミカの背丈よりも巨大な幾つもの円柱状の培養ポットだ。中は透明や緑の液体で満たされ、肉片が入っていたり、生物の死骸が入っていたり、人間のようなものが入っていたり、多種多様だ。
悪趣味な部屋だ。
培養ポットのせいで視認状況も悪い。
拳銃を引き抜いて、肉片の入った培養ポットを撃ち抜く。
(異常ナシ)
中から溢れた液体や肉片が毒物であった場合は色々とこの先注意しなければならないだろうが、特にそういった感じではない。ただの培養液だ。
部屋中に並べられた培養ポット。
単純に視認性が悪い。
ミカはヴォルトハイブに持ち帰ると、歩きながらすべての培養ポットを破壊していく。
飛び散る培養液と生物の死体。
中には僅かに動いているものもあったが、きちんと撃ち殺して終了させた。
ミカが部屋の奥へと辿りつく頃には、すべての培養ポットは割れ、随分と見晴らしがいい。
機械の稼働音も消え去って、とても静かだ。
広い部屋の中、ミカは目の前にある手術台を見ていた。
大理石を一枚敷いただけの手術台だ。
これはクレイトンが設置した物ではない。ギャングが支配していた時から、主に臓器摘出、人体の切断のために用意されていた場所の名残だ。
ミカがギャングを襲撃した時、地上の制圧を終え、血だらけ負傷だらけの状態で地下へと向かった。
そして見たのがこの手術台の寝かされたレンの姿。
すでに頭部と胴体は切り離され、臓器のほとんどは抜き取られていた。
「はあ……」
今も、大理石についた血を見る限り、クレイトンは悪趣味にも大理石を撤去せずに使っているらしい。過去にはミカが破壊しようとしたこともあったが、必要だからと諫められた。
この地下での思い出はすべてが良くない。
「いや……」
今から一つだけ、クレイトンの死という良い思い出が追加されるか。
ミカが部屋を後にしようとする。
その時、部屋の隅に取り付けられたスピーカーからクレイトンの声が響いた。
「久しぶり。随分とぼくちゃんの大切な研究設備を壊してくれたね」
「……」
ミカは黙ってスピーカーの隣にあるカメラを見た。
「おお! 怖い怖い。まさか、君がそんなにも僕のことを恨んでいるとは思わなかったよ」
クレイトンはいつもと変わらない、浮ついた調子だった。
「ほら、久しぶりの出会いじゃないか。少しお話でもしよう。外の世界はどうだった? 何をしていた? 楽しかったかい? 嬉しかったかい?」
「……」
ミカは答えない。
クレイトンがどれだけ話しかけようとも。
「はー、もういいですよ。無視決め込むんだな? そもそも、なんでお前戻って来た」
その問いの答えは、クレイトン自身も把握しているはずだ。
「僕を殺すためかい? まあ、君が復讐を望むというのならば、受けてやらんことも無い。最近暇していたところだ。近頃はネズミが下層で這いまわっているようだし、イライラもしていた。その怒りを君にぶつけてしまってもいい」
クレイトンは「だが」と続けた。
「復讐……と同時に、君は僕を感謝してもいいはずだ。僕の知識が、働きが、誠実さが、どれほどまでに君を助けたと思う」
さも当然が如く語るクレイトンに、ミカは瞼をピクピクと無意識で震わせた。
「まず整理しよう。今の君があるのはすべて僕のおかげなんだよ? どこでその戦闘スキルを磨いた? どこで生き方を学んだ? すべて僕のおかげじゃないか」
アンナの治療はクレイトンが行った。
ミカには下層にいる医者に払える金が無く、研究者として少しでも知識のあるクレイトンに頼るしかなかった。しかしクレイトンでも、アンナの重症を完治させるのは難しく、どうにか命を繋げている状態。
常に機械を稼働させなかればならず、生命の維持のためには様々な医療品が必要で、金がとにかく必要だった。
ミカはクレイトンに言われるがままに掃除屋になった。
あいつが邪魔だと言えば殺した。あいつがいらないと言えば捨てた。あいつが欲しいというのなら奪ってきた。
あいつが下層で成り上がる上で障害となるべきものを知らず知らずのうちに殺し尽くした。
今にして思えば、アンナを治すことはできたのだろう。しかし下層で成り上がるためにミカを利用した。そのために、アンナには最低限の生命維持だけを施して、残りの金は自分の研究に利用した。
「確かにな……」
ミカが呟く。
きっと、あの時の自分は正気ではなかった。
レンの死体を目撃し、どうにかアンナだけでも生きてほしいと、疑ってしかるべきクレイトンの言葉を信用してしまった。
もう、アンナに縋ることしかできなくなっていた。
「そう! 君は私に恩が――」
「俺は馬鹿だった。まんまと利用された上に、最後はあんなザマだ。自分に反吐が出る」
だが、反省するのも、過去に囚われるのも、もう終わりだ。
「死ねよ。クソ野郎」
「そう……そうか。君はそういうやつなんだね。人から施してもらった恩を忘れ、仇で返す……と。まったく、罰当たりな人間だよ。みっともないよ。恥ずかしいよ。お前みたいな奴は地べた這いつくばって惨めに死ねばいいんだよ。ほんとに、く――」
「いちいち話がなげーんだよ。内容ねぇ話なんだからもっと短くまとめろ、馬鹿か?」
ミカの言葉に対する答えは行動で示された。
スピーカーから僅かにノイズが走る。その後、クレイトンの声が響く。
「最後ぐらい、いい研究材料になれよ」
直後、部屋の両脇の壁が、まるで鏡でも割れるように割れた。
ヴォルトハイブで撃っても割れなかった壁だ。しかし今はいとも容易く破壊された。
(もともとこのつもりだったんだろうがよ)
すぐに気がつく。
壁の後ろに分厚い自動ドアが設置されていた。スピーカーの音量に合わせて薄い壁の後ろで扉が開く。そして薄い壁一枚となったところで、実験体を投入する。
(気色わりぃな)
両方の壁を突き破って現れたのは犬のような四足歩行の生物だった。個体によって外見が僅かに異なり、片足が機械になっているものや、体の半分が機械に侵されているもの、皮膚からケーブルが飛び出している個体や、背中に機銃を取り付けている個体。
少なくとも10体を越える生物兵器。
それが窓を割って突然現れた。
————と、同時に、ミカが降りて来た地上と繋がる階段から仲間が現れる。
それは一機にドローン。
外の敵を殲滅し、今まさにミカの窮地に訪れた唯一の仲間だった。
ドローンに搭載されたAIは部屋の中にいる生物兵器を瞬時に捕捉。装着している装備から危険度の高い個体を算出。そこから優先順位の高い個体からリストにまとめ、上から順に狙いを定めていく。
ドローンが特に背中に機関銃を生やした個体を特に危険だと判断した。
狭い室内を甲高い音を響かせて飛んだ。そして瞬時に機関銃が搭載された生物兵器に狙いを定める。機械と融合した体であることを考慮して、今装備されている武器で即殺しきることができないと判断。
狙いを背中に生やした機関銃へと移す。
至近距離からドローン下部に搭載された機関銃を乱射。
生物兵器の装備を破壊する。
遠距離からミカを狙う敵がいなくなった以上、危険の大半は消え失せた。
何せ、相手はほぼ初めての戦闘でギャングを壊滅させ、防御設備が十分だった商業組合の施設も単独で攻略してみせた。相手がいくら生物兵器だろうと、数や地理的要素で優っていようとも、真正面きっての戦いはそう勝てるものではない。
部屋に青い閃光が灯ると同時に、ヴォルトハイブから撃ち出された弾丸が生物兵器の鉄の部分も生物の部分も分け隔てなく一瞬で破壊する。
「私はね、機械と人間の融合体。これに可能性を見出している。科学だけでも足りない、かといって生物の限界点はすでに出ている。ではどうするか、やはり二つを融合しなければならない。なぜか私の考えに賛同しない奴のせいで、会社を追い出されてしまったが、私はここで好きな研究を好きなだけできている。だから、邪魔しないでくれないか?」
ミカが生物兵器を木っ端微塵に破壊する中、クレイトンは関係のない自分の話をし続ける。
「崩壊後復興論という学説がある。証明こそされていないものの、私は実にありえる学説だと思っているよ」
クレイトンの話を聞かされながら戦うミカは、生物兵器を殺した際に、流れ弾で手術台を破壊する。
ミカは僅かに飛び立った手術台を見て、視線を変える。だがすぐに、敵の対処へと移る。
「私の研究は主に、崩壊後復興論の延長線上に存在する脅威に備えるために作られている。仮想を想定して、対策をするなどと、馬鹿らしくも思えるが、やはり必要だ。ま、会社の奴らは共感を示さなかったがね。たが、私はここに楽園を作った。好きな研究が好きなだけできるね」
ヴォルトハイブの弾丸が切れると、次にミカは両手に拳銃とマグボルトを持って敵を排除する。
「君は、そんな私の楽園に現れた外敵。然るべき対処をしなければならないことは分かるかな?」
ミカがちょうど全ての敵を殺し尽くしたところで、天井に格納されていた自動機関銃がミカに狙いを定める。
しかし、天井から完全に展開する前に、ミカはマグボルトで撃ち抜く。ミカの後ろでも自動機関銃は展開していたが、そちらはドローンが破壊する。
「驚いた。昔の君ならば確実に死んでいた。少し、上方修正が必要な——」
ミカがスピーカーを破壊する。
これで目障りな声は消えてなくなった。
代わりに、ドローンは全ての燃料と弾丸を使い切って地面に落下する。幸いにも、床に散らかった肉片が衝撃を吸収し、少しも傷がつかなかった。
ミカはドローンを拾い上げると、血の池となった床に触れない場所に置いた。
そしてゆっくりと顔を上げて、クレイトンがまた場所に視線を向けた。




