第24話 かつての拠点
クレイトンの元へと向かうミカを1人の掃除屋が狙っていた。遥か離れた建物の屋上から狙撃銃を持ち、ミカに狙いを定める。
もう何百回と覗き込んだ照準器。何回も触れた引き金。
掃除屋として数々の依頼を受け、護衛から殺人まで幅広く仕事をしてきた男にとってミカ一人の暗殺程度ならば問題はない。震えは無いし、緊張はない。
ただ、いつものようにこなすだけだ。
「ふう……」
照準器に映し出された十字線上にミカを置く。
今回の依頼は失敗してはならない。
数々の掃除屋がミカを狙い、返り討ちにした今、ここで殺せば名声が上がる、絶対に外せない。加えて依頼金は莫大。成功すれば下層でいい暮らしができる。
そして何よりも、これはクレイトンの依頼だ。
今や地底の王として名を馳せる一人の研究者。彼の人脈も富も名声も、すべてがこの下層において突出している。だからこそ、失敗すれば後は無く。逆に成功することができればクレイトンから認められる。
一世一代の仕事。
相手は数々の掃除屋を返り討ちにしたとはいえ、あくまでも正面切っての戦いに強いというだけ。索敵範囲外からの狙撃には対応できるはずがない。それに、狙撃なんて一切警戒していないのか、堂々と道の真ん中が歩いている。
すでに照準器の中心にミカはいる。
引き金を引くだけ。
「……よし」
引き金を引けた。
発砲音が鳴った。
「あれ……」
弾丸はミカを僅かに逸れて家屋の壁を貫通した。
確かに、ミカを照準器の真ん中に合わせたはず。
風もないし、落下も予測していた。
何よりも、自動の弾道予測装置が搭載された照準器を使用していたはず。これまで正常に動作していて、さっきも予行の為に撃って確認したが、弾丸は真っすぐに照準器が指し示した場所を飛んでいった。
なぜ、今。
「……っぶぼ」
口から血が溢れ出す。
「……なん」
照準器から視界が離れ、狙撃銃から手を離して男が自らの状態を確認する。
狙撃銃をより安定した体勢から撃てるよう寝そべっていた男の腹の辺りに血だまりができていた。
見ると、胸に穴が空いている。
「なにが……」
胸を抑えながら仰向きに倒れた男の視界に映るのは、一機のドローン。
下部に設置された機銃は確かに男の頭部を捉えていた。
「ま――」
必要以上の弾丸が男の頭部に向けて放たれる。
撃ち終わると機銃の銃口からは煙が上がり、完全に男は沈黙していた。
これがドローンの仕事。
ミカを正面からでは無く狙撃や爆破しようとする犯人を事前に殺すこと。自動で敵を判断し、効率よく殺していく。
そこに感情が挟む余地はない。
文字通り機械的に事を成すだけだ。
◆
覚えている限り、これが最後の記憶だ。
「はぁ……はぁ」
クレイトンから譲り受けた拳銃を手に持ち、レンを連れ去った犯人のいる拠点へとミカが駆けていた。
現場に残ってアンナに暴行していた犯人の刺青を見る限り、敵が下層の一部を支配しているギャングだと分かった。
正直に言ってミカ一人で挑むのは無謀だと分かり切っている。
しかし行かねばならぬ理由がある。
血だらけの体ですれ違う人の体を押しのけて走る。
通路を抜けて、広場を抜けて、どぶ川を飛び越えて。
周りの建物よりも一段と巨大な建物が見えて来る。
三階建て、地下もある巨大な四角形の建物。この中にはギャングが数百という規模でいる。
下層で最大規模のギャングだ。
拳銃のみを持って単身で挑むのは馬鹿げている。
しかしやる、やり切る。
悩む暇も振り向く時間も無い。
ギャングの拠点の前に立ったミカは拳銃を握り締めて決意を固める。
◆
「ま、そんなこともあったか」
昔と同じように、拠点の前に立ったミカが軽く呟く。
拳銃だけを握り締めてギャングに立ち向かった昔とは違い、今は装備も経験も知識もある。
今となっては遠い記憶だ。
あの時はかなり無茶をした。
商業組合を潰した時よりも遥かに、無理難題に近かった。死にかけたが、ミカは今も生きている。
果たして、今回はどうだろうか。
(あと……)
拠点の前は酷く静かだ。周りに人はいない。誰もクレイトンの拠点になど、怖くて近づきたくはないのだ。昔はギャングの拠点で、今はクレイトンの家。どうも家主に恵まれない家だ。
ミカは関係のないことを頭の中で考えながら、準備をしていた。
呑気にバックパックを置いて、中から必要な物品を取り出す。ヴォルトハイブの弾をジャケットの内側の格納スペースに収めていき、マグボルトの弾倉をバックパックと服の取りやすい位置に補充していく。
掃除屋のせいで、最初はバックパックの底が抜けてしまう危険があるほどに入っていた弾丸がこれで底をついた。
そして残っているのは、バックパックの底に敷き詰められた大量の手榴弾だけ。
ミカはおもむろに手榴弾を両手で二つ持つと、ピンを抜いて拠点の中に投げ入れた。
すぐに爆炎をあげて爆発が起こる。
建物全体が揺れ、ロビー部分は壊滅的な被害を受ける。
それでもミカは手榴弾の投擲を止めない。
「――っっはっはっは!」
下層全体を揺らすほどの爆発を受けて拠点が崩れて行く。その様子がおもしろおかしくて、ミカは全力で笑った。
馬鹿正直に拠点の中に入ってクレイトンの相手をしてやるつもりはない。
これで死ぬような男ではないと思うが、もし倒壊に巻き込まれて死んでくれるようなら、それでもいい。
拠点の中にはセンサーや自動機関銃などの防衛設備が用意されているのだろうが、関係ない。すべて破壊して突き進む。ハナから真正面から付き合ってやるつもりはない。
手榴弾の爆発に伴って破壊されていく建物。それを見て笑うミカ。
「はっっははっは………あ」
気がつくと手榴弾が無くなっていた。
空っぽになったバックパックの中を見て肩を落とし、ミカはヴォルトハイブを両手に歩き始める。
手榴弾の爆発によって二階建ての建物はただの瓦礫の山へと変わった。
瓦礫の所々に血痕が見られるが、クレイトンのものではないだろう。
瓦礫の上を歩いて、ミカは一直線にある場所へと進む。
ギャングを壊滅させた後、ミカとクレイトンはこの拠点を家の代わりに使っていた。
だから大きな改修をしていない限り、内装をミカは知っている。
そして、建物の中で今の爆発から逃れられる場所は一つしかない。
「だろうな」
瓦礫の一つをひっくり返すと、跳ね上げ扉が現れる。
建物は上に二階、地下に一階の三階建て。
手榴弾で一階と二階は破壊できても、地下はそうではない。
クレイトンは昔からこの建物の地下にいた。
ミカを待つとしたら、そこしかない。
ヴォルトハイブの引き金を引いて扉を破壊すると、地下へと続く階段が現れる。
照明が一つもついていないため、階段の先は暗闇だ。
地下には何度も行った事がある。
別に怖くはない。
「……ふう」
一度息を吐いてから、ミカは階段を下り始めた。




