第23話 始まりの記憶
昔の、まだ外の世界に希望を持っていた頃の記憶だ。
「外の世界はですね、とても広いんですよ」
まだ幼き頃のミカとクレイトンが広場で話し合っていた。偶々《たまたま》レンたちから逃げるように飛び出した商店街で、二人は出会った。最初は些細な関わりだったような気がする。
ゲルグは広いが狭い。
ミカはあの後に何度かクレイトンと会って、色々なことを話した。
外の世界のこと。ゲルグのこと。レンたちのこと。
色々なことを話して、ミカの『外に出る』という計画は現実味を帯びてきた。
何しろ、クレイトンは最近外から来た人物。
外のことについて色々と知っているし、そのおかげで現実的な計画が立てられるようになった。
外にはスラムがあって、色々な徒党が支配していて、その遠くにダストシティがあって。
世界はまだ広いのだと気づかされてた。
「アストラ製薬だっけ」
「そうですよ」
ミカが問いかける。
アストラ製薬というのは、クレイトンがダストシティにいた時に勤めていた製薬会社だ。
ダストシティの中でもかなり大きな会社のようで、色々なことができた、とクレイトンは名残惜しそうに言っていた。
「じゃあなんで、こんなところに来たの」
待遇の良い、そのような場所からなぜゲルグに来たのか。
ミカにとっては純粋に疑問だった。
「それは……少しばかり事件に絡まれてしまいまして……外では生きて行けなくなったんですよ」
「犯罪者になったってこと」
「そうですね」
「へー」
ゲルグには犯罪者なんてごまんといる。
クレイトンが犯罪者だと知っても、ミカは特に何も思わなかった。
「あ、そうだ。計画のこと話したいからさ、僕達のところに一度来てみてよ」
「でも、私では駄目なのでしょう?」
ミカがレンたちにクレイトンのことを話すと。
「胡散臭い」
「関わらない方がいい」
「今すぐ離れて」
「勝手なことしないで」
と、怒られた。
確かに、クレイトンは胡散臭いし関わらないほうがいいのは、確かなのかもしれない。
しかしミカの『外に出る』という計画を実行するためには彼の証言と提案無しではまず受け入れてもらえない。だからミカが計画を話す時、彼も隣にいてほしい。
「あ。ごめん。もう戻らなくちゃ」
「はい。私もそろそろ仕事に戻るとしますかね」
ミカが手を振ってクレイトンの元から去っていく。
クレイトンはその後ろ姿を無表情で見ていた。
◆
今、同じ広場に立つミカの足元にはかつての面影など残されていなかった。
「……」
商店街から少しだけ離れた広場。
そこがミカとクレイトンがいつも会っていた場所。
昔はそれなりに綺麗で、少し治安がマシだった。
しかし今は人がいない。
あるのは死体だけ。
ミカが殺した掃除屋の肉片だけが転がっている。
「次が最後か……」
下層を歩き回って来て、とうとうここまで来た。
殺しても殺しても掃除屋は襲撃に来る。
ミカは何十回も返り討ちにしてきた。
足元には血の川が出来て、肉片が広場のそこら中に広まっている。
かなり長く歩いてきた。
外ではすでに夜が明けているだろう。
しかし閉ざされたゲルグには夜も昼もない。
ネオンとホログラム、そして蛍光灯で輝き続ける都市があるだけ。
「終わりか……もうすぐで」
次の場所が旅の終わり。
最後に往くべきところ。
終われば、あとはクレイトンの元に向かうだけ。
「……」
少しだけ息を吐いて、ミカはまた歩み始めた。
◆
レンたちが暮らしていたのは下層の中央部から離れた場所だった。地中に張り巡らされた通路の一つ。そこで三人は暮している。
「もうあの人と会うのはやめなよ」
アンナがミカに忠告する。
その指摘は当然のものだ。
子供達にとって、他人は警戒しなければいけないもの。ミカが外敵を呼ぶ危険性があるのならば、注意するのは当然のこと。
「でも、外のこと知ってるし」
確かに胡散臭いとは思いつつ、必要な情報はくれる。
「でも嘘かもしれないでしょ」
クレイトンが本当のことを言っている確証なんてどこにもなかった。
「それは……そうだけど」
ミカはその当然の反論に言い返す術を持たない。
沈黙するミカにレンが助け舟を出す。
「でも、ミカの言っていることには一考の余地がある」
「はぁ? レン、あんた前まで否定してたじゃない」
レンは以前までミカの『外に行きたい』という言葉を否定してきた。しかし突然、今になって意見を翻す。アンナは心底理解できない様子だ。
「正直に言うと……そう長くここで暮せない」
「はぁ? なんで」
レンたちは、生きるために盗みを働いてきた。しかし狭いコミュニティで盗みを働けば、居場所は無くなっていく。
下層には敵を作り過ぎていた。
かといって上層で生きようと思っても、あそこはあそこで下層の住民を迫害する。
ミカたちには何も無く、稼ぐ手段はない。
生きるためには盗みを働かなくてはならない。
しかし、窃盗をそう長く続けられはしない。
レンにはこの未来が予測できないないことは無かった。
盗みが働けている期間内に人脈や手に職をつけて、どうにか稼ぐ手段を探した。
しかし、何一つとして実を結ばず、今に至る。
どうせこのまま下層で生きていてもジリ貧なのは分かり切っていた。レンとしては危険性の高い選択肢を取りたくはない、しかし未来が手詰まりな以上、外の世界に助けを求めるのは仕方がない。
「だけど、僕達はそのクレイトンという人物に会ってない。まずは話を聞くだけ。それから考える。いいね」
「うん!」
嬉しそうに答えるミカにアンナは『しょうがない』といった様子で首を振る。レンは苦笑していた。
「じゃあ今から呼びに行ってくる!」
「そんなすぐ来てくれるのか?」
「たぶん!」
「気を付けてよ」
「分かってる!」
それぞれレンとアンナと一言言葉を交わしてから、ミカが通路の奥へと消えていく。
「まあ、確かにね。今更、意見を変えるのもカッコ悪いけど……考える分には悪くないかもね」
アンナの言葉をレンが肯定する。
「どうにかして生きるための道を模索しよう。三人で大人になるためにね」
「そうね」
二人は笑い合ってミカが戻った時のために準備を始めた。
◆
目を閉じて、少年になったミカがかつて二人と暮らしていた家の前に立っていた。
とても家とは呼べないような代物。
布が置かれていて、くるまって寝る。それだけ。
今は、その跡形すらもない。
代わりにあるのは壁にべったりと張り付いた血痕のみ。
荒れ果てた通路に残された痕跡。
壁の血はすべてレンとアンナのもの。
ミカがクレイトンを呼びに広場へと行き、連れて戻って来た時、すでに二人はやられていた。
アンナは重傷を負い、レンの姿は無い。
現場には犯人の男が二人。
アンナを取り囲んでいた。
ミカは負傷を負いながら、クレイトンの手を借りて男二人の首を飛ばす。
残されたアンナは医療技術について造形の深いクレイトンに任せ、ミカはレンを連れ去った犯人を追う。
それだけのこと。
ここではよくあること。
ミカたちもその犠牲になっただけ。
「……行ってくる」
壁にべったりと張り付いた血に向かってそう述べて、ミカの寄り道は終わる。
これからはただクレイトンを殺すだけ。
寄り道はしない。
一直線。
「……待っててくれよ」
二人にそう告げて、ミカはクレイトンの元へと歩み始めた。




