第22話 裏路地の記憶
ミカがまだゲルグで暮らしていた時のこと。
「良かった、今日の分が手に入って」
裏路地でレンが幼少のミカに嬉しそうに伝えた。
ミカの両手にはパンの紛い物に合成肉の切れ端が挟まれたサンドイッチのような食べ物があった。
これは今日、彼らが盗んできた食べ物だ。
ゲルグに子供が生きれる場所は無く、当然仕事も無い。
もし金を得ようと思ったら殺人に走るか、臓器を売り払うかの二択。
彼らは殺人を犯さず、食べ物を盗むことでどうにか生き繋いでいた。
レンとミカが食べながら話していると、同じように裏路地で座っていたアンナが口を挟む。
「北の方にいた子供達殺されたらしいわよ」
「食事中に気味悪い話するなよ」
ゲルグには少数だが子供が住んでいる。ほとんどは裏路地で野垂れ死ぬが、稀に生き残って成長する。そのような子供がゲルグの各地におり、子供同士で情報網が発達していた。
ただ、ミカたちはその情報網とは少し離れた場所にいるので、彼らと積極的に協力することはできない。住処を変えれば、まだいいのかもしれないが、食料の取り合いになったら嫌だ。
だから少しだけ入って来る情報で彼らの近況を聞きながら、自分達は少しずつ力をつけて日々を生き抜く。
「ただ、あれか。子供狩りって奴か?」
レンがアンナの話に乗る。
「そうだと思う……詳しくは知らないけど。私たちも気を付けないとね」
最近、子供狩りを行う輩が下層に住み着いている。標的になった子供は身体のほとんどを剥がされ、切り取られ、抜き取られ、残った部位はそのまま放置されるという。
性的趣向からくる同一人物の犯行か。
それとも内臓や脳を売買するために組織的に誰かが動いているのか。
「でも、仕方ないよ」
ミカがサンドイッチを食べながら答える。
子供は殺しやすい。それでいて権力者との関りが薄い。
殺しても友人や知人から報復される可能性が大人と比べて低い。
優先的に狙われるのは仕方のない事。
たとえ犯人が組織犯であったとしても、単なる異常性癖の狂ったやつでも、長期的に見れば子供が辿る運命はそう変わらない。
「だから、やっぱり外に出ようよ」
こんな腐った環境から抜け出して外に出よう。
ミカの考えは正しさを帯びている。
だが、すぐにレンは否定する。
「僕達が外で生きて行ける確信なんてどこにもない」
正しい。
しかし、そうとも限らないはずだ。
「でもゲルグで生きていける確信もないでしょ。だったら外に出てた方が……おれは、いいと思う」
ゲルグでの暮らしは逼迫している。日々の食料さえありつくのが大変なのだ。だったら、少しでも可能性を求めて外に出た方がいい。
確かに、ゲルグは来る者を拒み、去る者を殺す。
しかしこの三人ならば無事に外へと逃げ出せるはずだ。
「馬鹿らしい……そもそもミカ。俺たちがいないと食っていけねーのによ。外に行きたいだ? じゃあ勝手に行ってろよ」
食料を調達することができなければ死ぬという焦燥感と不安感。日々、重圧を抱え込んでいるレンは思わず、溜まり溜まった鬱憤があふれ出させた。
ミカとは何ら関係のないところで溜め込んだ不満まですべて、ミカにぶつけてしまった。
「……分かった。じゃあ現実的な計画を立てるから、それを聞いてから考えて」
レンの溜まり溜まった鬱憤をミカは真正面から受け取って、真剣に答えた。そして「気分転換」だと言って裏路地からどこかへと行ってしまう。
「言い過ぎよ」
アンナはレンを窘める。
「後でちゃんと呼びに行きなさいよ」
アンナの言葉に、レンは俯いて自省することしかできなかった。
その頃、外に出たミカは商店街を歩きながらきちんと、外へと出るための現実的な手段を考えていた。
まず、外へと出た後が問題だ。
やはり金は溜め込んでおく必要がある。
どうせ外に出るのだから恨まれてもいい。誰から盗んで、外に出る時に一緒に逃げればいい。どうせ外まで追ってこれない。
じゃあ――。
「……っ、すみません」
深く考えていたせいで、ミカはあまり前が見えていなかった。少し計画を立てたところで長身の男とぶつかる。
金色と白髪の中間の、不思議な髪色をした男だった。眼鏡をかけて、目は細い。
ゲルグには場違いな仕立てのいいスーツを着ている。
「こちらこそ、すまない。大丈夫かい」
衝撃で転んだミカに男は手を差し伸べる。
「大丈夫です。あなたは」
「この通り大丈夫だとも」
手を取り合って立ち上がる。
それが、ミカと《《クレイトン》》との出会いだった。
◆
現在。
「……かなり……経ったな」
レンたちと共にサンドイッチを食べた裏路地で、以前と同じようにミカが座り込んでいた。
手にはサンドイッチの代わりにマグボルトが握られている。
冷えたグリップだけがゲルグで安心を与えてくれる。
握り締めると、ようやく眠りにつけた。
「もう少し……」
クレイトンがいる場所まではあと少し。寄り道を少しだけして一時間ほどで辿り着く。
「はぁ……」
ミカが羽織っているジャケットは返り血で汚れていた。下層に入ってからというもの絶え間なく掃除屋が襲い掛かって来たせいで、無駄な返り血を浴びた。
そして増えていく。
(懲りねえな)
ミカの所持している武装はゲルグの水準と比べても高い。義体や強化手術でも埋める事のできない武器の差。
この隔絶した差を埋めようかと思ったら地理的、数的な有利を取らなければ厳しい。
幸いにも、相手は数的有利が取れている。
地理的には、まあ五分というところ。
「さて……」
ちょうど隣の通りから足音が聞こえる。隠してはいるが、ミカの耳は誤魔化せない。
足音からして敵は三人。
ちょうど足音が角を曲がってミカの路地に入って来る。
その瞬間、ミカはマグボルトを構えた。
◆
ゲルグの中心部は廃棄場があった場所だが、そこからさらに拡張工事が行われ、今では地中の至るところに通路が伸びている。ある通路ではさらに幅が拡張されて屋台が立ち並ぶ空間になっているところもあれば、浮浪者が寝泊まりしている場所もある。
行き止まりになっている場所もあるし、毒ガスで立ち入ることができないところもある。
もはや地中どこまでも伸びた通路のすべてを、常人が探索しきることは不可能に近い。
それほどまでに伸びた通路の一つをミカが進んでいた。
灰色の壁が真っすぐ伸びて、先は見えない。天井に取り付けられたセンサーライトがミカの存在を認識すると光り、すぐに消える。そうして、ミカが歩いた場所だけが光りに照らされて、前も後ろもすぐに暗闇に包まれる。
ミカは臆せず通路を進んだ。
すると、通路の途中で横に扉が見える。
「ミカだ」
扉を一定のリズムで四回たたく。
すると扉は自動で開いた。
扉の奥は小さな部屋へと繋がっている。中心にテーブルと二つの椅子のみが置かれ、灰色の壁に囲われた空間。そこには一人の若い女性が座っていた。丸眼鏡をかけた、どこか生気の感じさず、背は小さい女性だ。
人形のような雰囲気を覚える彼女は、ミカの姿を一度見ると椅子に座るよう促す。
「ケルンと申します。短い間になりますが、よろしくお願いします」
「ミカだ。こちらこそ、よろしく」
二人は軽く挨拶を交わして、本題に移る。
「まず初めに、私はあくまでも観測者です」
単刀直入に、ケルンはそう述べた。
「手伝いは致しませんし、失敗の責任も取りません」
「分かってる」
ケルンはミカがクレイトンを殺した後の後始末を担当するだけの人物。
ミカが失敗すればそこで終わり、何もせずまた通常の業務に戻る。一方、ミカが成功すれば彼女は己の仕事を完遂する。
ミカとケルンは仕事上の関係。
「では、事前に今の下層の状況と、想定される不確定要素について説明しておきます」
「ああ。頼む」
密閉された灰色の部屋の中で、ケルンはミカに情報の伝達を行った。




