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マキシマム・ザ・クラウン  作者: しータロ(豆坂田)
第一章 ジャンクヤード編

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第20話 安寧の夢

 露天商が両脇に立ち並ぶ道。上を見上げれば遥か遠くに鋼鉄の天井があった。店の看板にはネオンやホログラムが使われ、やや近代的な様相を見せる。通りを歩く人々はミカに視線を向けるが、手を出さない。

 散弾銃を持って歩く危険人物に関わりたい奴などいないということだ。

 ミカはそのまま通りを堂々を歩き、目的地を目指す。


 両脇の露天商には見慣れた商品が並べてあった。義体のパーツや機械、銃。それと合成肉とパック詰めにされた《《何か》》の肉。脳や臓器。腐敗臭と血の匂いが鼻にこびり付く。

 スラムよりも遥かに衛生的に良くない環境だ。


 露天商を横目で見ながら通りを歩いていたミカは、目的の露店を見つける。


「……」


 同時に、露店の店主がミカを見つけた。


 大柄の体格に張り出た肥満体型の腹。手には出刃包丁が握られ、肉のような何かを切っている。

 ミカを見つけるとその男は手を止める。


 その表情はどこか複雑だった。


「戻って来たのか……話はもう広まってる」


 ゲルグは広いが狭いコミュニティで繋がっている。話が広まるのは早く、当然、ミカが来たことについてもすでに広まっていた。


「ああ」

「何をするつもりだ」

「分かるだろ」


 バックパック一杯に詰まった弾丸、両手に持つ散弾銃。武装したミカを見れば何をしに来たのかなんて一目瞭然だ。


「ただの確認だ」


 男は包丁から手を離して露店から出てくると、そのまま横道の方へと消えていく。ミカもその後に続いた。

 錆びた鋼鉄の壁が両脇に並ぶ薄汚れた横道を抜ける。


 壁から飛び出たパイプや垂れ下がった蛍光灯を避けながらミカと男は歩いた。


「ここは今も昔も変わんねえよ。クソッたれな場所だ。なんで戻って来た。外で暮していればよかっただろ」

「やり残したことがある」


 男がどこか納得したように頷く。


「だろうな」


 その後、僅かな沈黙の後に二人は裏路地を抜けた。

 瞬間、下から吹き上がる風が2人を撫でる。


「久しぶりだろ、ここくるのは」

「ああ」


 横道を抜けた瞬間、視界が開けた。

 

 そこは切り立った崖の縁だった。

 崖から下を見下ろすと、もう一つの巨大都市が見える。


 足元からはビル群の谷間を埋め尽くすように、無数の光がまたたいている。

 ホログラムの広告が宙に浮かび、電光掲示板が点滅し、蛍光灯とネオンが交差して夜を照らす。人工の光だけでできた都市がどこまでも広がっていた。


 二人は崖の縁に並び、そのまばゆい光景を見下ろしている。


「目的はクレイトンか」

「ああ」


 崖のようになった場所で柵に寄りかかりながら、地底世界を眺める。


下層あそこはお前を許しちゃくれねえぞ」

「それは俺も同じだ」


 ミカの答えに男はため息を漏らす。

 蒸気機関が用いられた男の人工肺から吐かれる息は白く、天井へと上がっていく。

 地底世界から目を背け、天井を眺めながら男は懐から煙草を取り出した。


 口に煙草をくわえると右手の義手、その人差し指から炎を噴出させ火をつけた。


上層ここは落ち付いちゃいるが、下層あそこはそうでもねえ。近頃になって外のギャング共が出入りしてるって噂だ。詳しくはしらねえがな」

「ギルバーンか」

「そんなような名前だった気がするなぁ」

「エルドファミリーか」

「そっちな気もするな。ま、どっちでもいい」


 煙草をふかして下層を眺める。


「お前はよぉ……外にいたから色々と知ってるんだろ」

「いや、知らねえよ。俺はここ近郊でしか暮らしてねえからな」

「ダストシティはどうした。あそこに行くって話だったじゃねえか」

「ここもそうだが、外でも、生きていくだけで大変だったんだ。余裕はなかった」


 結局、逃げた奴というのは成功しない。何処に行っても同じ末路を辿る。

 ゲルグから逃れたからといって状況が改善するわけもない。外のスラムであっても逃げたミカは弱者のまま。遠く離れた場所で輝き続けるダストシティに行くのは夢のまた夢。


「そんなもんか。俺はもう何もしらねえからな」

「だろうな。ゴードン、あんたもうどのくらい外に出てないんだ」

「知らねえ。もう何十年かだ」


 ゴードンはゲルグの基盤である廃棄場で働いていた従業員だった。経営維持のコストから廃棄場もろとも従業員は一方的に解雇を言い渡され、放置された。数人はダストシティに戻り、数人は廃棄場で暮し始めた。


 それがゲルグの始まり。

 ゴードンはその一人だった。


「外に出る気は」

「ないな」

 

 最初は外に出ていたゴードンも次第に外の世界が億劫になり、ゲルグの中だけで暮すようになる。

 稀に入って来る外来者からの情報以外で外のことを知るすべはない。

 当然、パウペルゾーンのこともギルバーンやエルドファミリーのことも、何も知らない。


「あと何年生きるつもりだ」

「脳に限界が来るまでか、手術で失敗する時まで」


 身体の年齢が来ても義体を使えば生きれる。

 理論的には脳が使えなくなるまで永遠に生を享受することができる計算だ。

 電脳化も使用すれば不老に近い寿命を得るが、その選択は取らない。

 ゲルグにも電脳化手術ができる技術屋メカニックは少数しかいないことと。

 電脳化によって引き起こされる可能性のある《《精神障害》》のリスクを許容できないからだ。

 最後の最期におかしくなって、仲間に迷惑をかけるのは御免だ。


「クレイトンのところまで一人で行くつもりか」

「ああ。ケジメだからな」

「じゃあ好きにやってこい」


 ゴードンが拳を作って突き出す。ミカもまた拳を作って軽くぶつけあった。


「俺はもう店に戻る」

「ああ。じゃあな」

「生き急げよ」

「……っはは」

 

 ミカは軽く笑みを浮かべて横道へと消えていくゴードンを見送る。そして姿が見えなくなると、柵に背を預け、オイルが滴る天井を見上げた。


 下層の人々はミカを許容しない。

 地底の王クレイトンはミカを殺しに来る。昔の恨みを抱えたまま。


「よーし……始めっか」


 懐に手を入れて通信端末を取り出す。 

 そして誰かに電話をかけた。


 幾回かの電子音が鳴った後、相手が通話に出る。


「提案がある。聞いてくれるか」


 そう告げるミカは確かに笑っていた。

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