第19話 ごみ溜めのごみ溜め
深夜。ジャンクヤードは完全な暗がりに閉ざされる。スラムでは露天商が光りを焚き。ダストシティではホログラムやネオンが昼夜問わず明かりを灯し続ける。
一方、ジャンクヤードは稀に壊れかけの機械が明かりを灯すのみ。
鉄と錆びの匂いだけが鼻を刺激する。
明かりが無い中、もしジャンクヤードで転べば、運悪く足元に転がっていた機械の破片が突き刺さるだんてこともある。
だから、夜間は絶対にジャンクヤードに立ち入らない。
しかし今日は違う。
ミカは静かすぎるジャンクヤードの中を一直線に歩いていた。
スクラップの山を踏みしめ、何十キロと続くジャンクヤードを進む。時より、壊れた機械から光が灯り、足元を照らす。壊れた子供用のおもちゃを踏みつけると、誤作動を起こして不気味なオルゴールの音を鳴らしていた。
昼とは雰囲気を一変させたジャンクヤード。
ミカが進めば進むほど周りにはスクラップの山が積み上がっていく。まるで山の上を歩いているかのような、そんな気分に陥る。ミカのいるゴミ山からはダストシティだってパウペルゾーンだって見渡せた。
遠くに灯る明かりに定期的に視線を傾けて、ミカは進む。
◆
ミカがジャンクヤードを歩き始めて一時間ほどが経った時、ゴミ山の向こう側に光が見えた。
暗闇に包まれたジャンクヤードを照らす僅かな光。
そここそがミカの目的地。
『ゲルグ』と呼ばれるジャンクヤードの中に出来た商業地区。スラムの住民やエルドファミリー、そしてギルバーンでさえも近寄らない腐り切った場所。そして、ミカが幼少期を過ごしたクソッたれな所だ。
殺し屋として腕を磨き、商業組合を潰すほどの力を得るに至った場所でもある。
ミカがゲルグに戻って来た理由は単純明快だ。
すべてを壊すため、すべてを破壊するため。
かつて、かの少女が処理される前にミカに伝えた願いを果たしに行くに過ぎない。
「……」
ゴミ山を越えた先にゲルグは合った。ミカはスクラップを踏みしめ、その姿を見下ろす。
一見、ただゴミが積み重なっているようにしか見えない。
しかし視線を下の方へと向けてみれば小さな入り口があるのが見えた。そこから漏れ出す光が、先ほどミカの目に映っていたもの。
ゲルグはこのゴミ山の下にある。
元々はゴミを管理しようとしたダストシティが立てた廃棄場だ。しかし維持管理のコストから工場を放置した結果、人々が住み着いてゲルグが出来た。
その後はこの廃棄場を中心としてダストシティからゴミが投棄され続け、ジャンクヤードとして形を持つこととなる。
今ではゴミに埋もれてしまったが、ゲルグはジャンクヤードが出来るよりも前から存在していた原初のスラム。パウペルゾーンよりも意味のない歴史で彩られている。
ミカが今視線を送っている扉は始まりに過ぎない。
廃工場は幾回にも及ぶ拡張工事によってその規模を拡大している。今や、この付近一帯のスクラップの下にはゲルグがアリの巣のように存在していた。
ミカは今からここに足を踏み入れる。
スクラップの山を下って扉へと近づく。付近に人影はなく、ただ明かりが漏れているだけ。
片開きの扉は永遠に開いていていつも光を漏らしている。
「……始めるか」
ぼそっと呟いて首を回して、ミカが扉の前に立った。
そして中へと足を踏み入れる。
その瞬間にミカの鼻と目と耳に様々な情報が押し寄せた。
機械油と鉄と錆び、そして腐敗臭と鉄の匂い。
高く広がる鋼鉄の天井と立ち並ぶ露天商。義体と義手が目立つ通行人。
低くうねるように響く機械の稼働音とけたたましい言い争いの声。
すべてが懐かしい。
ここがゲルグ。
廃棄場の中に出来た一つの都市。
天井の分厚い屋根に入ったひびを伝って、上に積み重なったスクラップから漏れ出したオイルが垂れているし、ガスもどこからか漏れている。
このクソッたれな場所でミカは育った。
ミカが扉から中へと足を踏み入れると住民は皆、立ち止まって視線を送る。
ミカを知らぬ者はすぐに興味を無くしてそっぽを向くか、掴まえて臓器でも取り出そうかと考える。
知っている者はミカの姿を見た瞬間に人混みの中へと逃げるように消えていく。あるいは報告するためにどこかへと向かう。
「おい、新しい奴か?」
人混みの中からやせ細った男が出てきた。
片腕は義手、片目は義眼で赤外線ゴーグルをつけている。
「まずよぉ、入って来たばかりの奴は俺らに受け入れられるためにしなくちゃいけねぇことがある」
男が指を立ててゲルグ特有の礼儀を求める。
ゲルグは閉鎖的なコミュニティだ。
来るものを拒み、去る者を殺す。
それは慣習でもあり掟だ。
新しく外から入ってこようとする者がいれば、通行料や入居料を払わなければいけない。それは単純に金銭かもしれないし、臓器かもしれない、人によって、場合によって求められるものは違う。
ただ、ゲルグ然りパウペルゾーン然り、不変の真理というものがやはりある。
「俺から通行料をむしり取るつもりか」
「それがルールだからなぁ? 仕方ねえよな? もし断るんだったら」
男が懐に手を入れて拳銃を取り出す―――よりも早く、ミカがマグボルトで頭部を吹き飛ばした。
力があれば慣習も掟もすべてを無視できる。
スラムに蔓延る不変の原理だ。
「やりたい奴は来い、相手してやる」
ゲルグの住民に意思表示を告げる。
その言葉に対して誰も手を挙げようとはしない。
当然だ。
ミカを知る者はその変わらない狂犬さを見てそそくさと退散する。
知らぬ者はわざわざ死ぬようなマネはせず、目を逸らして道の奥へと消えていく。
すぐにミカを取り囲んでいた人だかりは消えて、辺りには人ひとりいない。
「かわんねぇな……」
首を軽く振りながら、ミカはマグボルトをホルスターにしまう。
そしてゲルグへと完全に足を踏み入れる前に振り向いて、入ってきた扉を見た。
ゲルグから唯一外へと通じる小さな扉。その先は暗い。
開きっぱなしの扉、閉まることは無い。それでも誰一人としてこの扉を潜ろうとはしない。
掟が邪魔しているのが理由の一つ。
だがそれ以上に、殺し合いが常に行われるこの狂った狭いコミュニティが好きで離れられない、というのもある。
ミカは数年前、この扉を越えてジャンクヤードへと飛び出した。
何も持たず、素足でスクラップの山を駆け抜けた。
力も知識も経験も無く、逃げることしかできない。
今は違う。
潤沢な武器を取り揃え、十分な戦闘経験がある。
けじめをつける時だ。
……始めよう。
ミカはバックパックにぶら下げて持って来たドローンを起動させた。




