第16話 入手経路
「まあ取り合えず見てくれ」
ライアンに言われて、ミカは取り合えず倉庫の真ん中にあった暴徒鎮圧用の強化外骨格装甲に近づく。
2.5メートルを超える巨体に隙間なく分厚い装甲が取り付けられている。今はまだ無いが、両腕に武器を装着するための部品や窪みも見られた。もしフル装備であれば相当な威圧感。
重量は優に一トンを上回るだろうが、内部に組み込まれた電磁機構と補助機構がその問題を解決する。やはり出力は正義。どんな問題も解決してくれる。正しく作動すれば、だが。
「……どうだ」
「問題はなさそうにみえるが……」
強化外骨格の基幹部分を開けてみて中を見る。しかし目視で確認した限りでは異常が見当たらない。
やはりウィンドウで確認してみるしかないだろう。
ミカは一旦基幹部分の中から顔を出して、それからライアンに告げる。
「集中したい、一人にしてくれ」
ウィンドウは他人に見られないが、視線は動くしホログラムを動かすためには指でつまんだりしなくてはならない。普通に考えて何もないところを見て、つまんだり触ったりしているのは頭に異常が来している人物がすることだ。
天才か狂人か、そういったことをする人物もいるにはいるだろうが、ミカとしては変に怪しまれたくない。
「離れとけばいいか?」
ミカが強化外骨格装甲を壊さないとも限らない。それに、ウイルスを仕込む可能性もある。ただ、ミカがそのようなことをするメリットが微塵もないので、ライアンは特に怪しまない。
単純に集中したいことや、修理屋として見せたくない技術でもあるのだろう。
「できれば出て行ってくれ」
「そんなにか」
離れるだけではなく、倉庫から出て行ってほしいとまでミカは言う。そこまでして見られたくない技術があるのだろうか。さすがにライアンは訝しんだが、ミカのこれまでの行いを見て、すぐにその疑念を否定する。
「じゃあカメラの映像も切っておいた方がいいか」
「いいのか?」
「ちゃんと動かせるようにしてくれんならな」
ミカを怪しもうとは思えないし、無事に作ってくれたらそれだけで十分。できることならば、ミカが作業しやすい環境を整えた方がいい。
ライアンはミカの言葉に従って倉庫の外で待っておこうと足を進ませた。
「あ、そうそう」
ライアンは何かを思い出したかのように立ち止まる。
「修理する時にもし必要だったら、これから情報を読み取ってみてくれ」
ライアンがそう言いながら取り出したのは指の第一関節ほどの大きさのICチップだった。
ライアンは情報が記録されたICチップ型の記録媒体を専用の読み取りデバイスに挿入し、いつでもデータを確認できるようにしておく。そしてミカは怪訝な顔を浮かべながらそのデバイスを受け取り、ライアンの方を見た。
「なんだこれ」
「強化外骨格装甲についての取り扱い説明書だ」
ミカがデバイスを一度見て、それから後ろにある強化外骨格装甲に視線を向けた。
単純に、強化外骨格装甲の説明書というだけならば、少し苦労すれば手に入る。暴徒鎮圧用の強化外骨格装甲は建設用に使われている強化外骨格と大きく変わるところが無く、設計図の価値が低いためだ。
わざわざICチップ型の記録媒体に保存し、専用の読み取りデバイスを使わなければならないだけの代物。ミカがぱっと見た限りでは強化外骨格装甲自体に不審な箇所は見当たらなかった。
つまり、このICチップに保存されている情報というのは、強化外骨格装甲の基幹システムに組み込まれた電磁機構に関してのことだろう。
「このICチップの出所を聞いても」
ミカはデバイスに視線を傾けながらライアンに問う。
ライアンは平然と答えた。
「開発段階の設計図を企業から拝借しただけだ」
「……」
唖然としてミカが口を開いたまま固まる。
「なんだ、どうしたんだ」
「どうした、って……おまえ……企業だぞ、拝借って……盗んだってことだろ。開発段階の設計図を」
「まあ、ほぼ完成してたがな。それにコピー品だ。オリジナルを盗んだってわけじゃねえ」
「いや、そう言う問題じゃねぇ……だろ」
開発段階ということはまだ世の中に出ていないということ。考えなくともあきらかにヤバいぶつだと理解できる。
企業がいったいいくらの金をかけて開発したと思っている。
それを横取りすれば辿る運命は決まっている。
相手が大企業であるのならばまだしも、スラムの徒党ごときでは相手にならない。
責任を取らされる。
「危険な橋を渡っていると思うか」
ライアンは得意気な顔をしていた。
「ああ。馬鹿だ」
「確かにな。だが、ギルバーンも法外な手段を取って戦力を集めてる。こうしねえと勝てねえんだから仕方ねえ。あいつらを潰せるなら、安い買い物だ」
「そのせいでエルドファミリーが潰れることになったとしてもか」
「ああ、その通りだ。やらなきゃどっちみちギルバーンには負ける。取れる選択肢の中で、先を見据えた上で必要だと判断した」
ライアンは笑っている。
「スラムを支配したら終わりじゃねえ。ここを足掛かりに俺はダストシティに行く。いつだって願望をかなえるためにはリスクが必要だ。いつどこで、どのような選択をするか」
ミカにはその選択が理解できなかった。しかしライアンには確信がある。何十年とスラムで生きて来た中で培ってきた彼の中に通う一つの芯。
選択を迫られ決断してきた日々で培われた価値観。
ライアンの体に通う、彼だけの合理性が導いた結論。
「それが今だった。ハイリスクハイリターン……いや、得られるリターンはそんなもんじゃねえ。莫大だ。ここで勝てさえすればエルドファミリーは成長する。飛躍的にな」
ミカはライアンの選択を『無駄』だと切り捨てることができる。共感はできない。
しかし、少し前にライアンと同じことを吐く奴と会ってきたばかり。
廃工場を経営するあいつも危険な賭けを冒し、ダストシティの頂きを目指した。
他に方法があるというのに。
入るだけならば少しの金さえあれば住居を得られるというのに。
職が欲しいのならば万年人手不足の警察に志願すればよかったというのに。
しかし彼はその選択を選ばず。あえて遠回りをした。廃工場の経営というミカにとって意味の分からない選択を取った。
ミカには分からない。
ダンのことも、ライアンのことも。
彼らが取る選択には共感することができない。
ダストシティが醸し出す魅力。頂きに対しての憧れ。
その願いは叶わないものだと割り切って、生きるのが普通のこと。
しかし身の丈に合わぬ願いであると分かっていながらも、ダストシティに対しての憧れや自己の証明・顕示欲から逃れられず、ダンもライアンも賭けに出た。
「俺は……理解できない」
ダストシティに対しの憧れが無いかと問われれば嘘になる。昼夜問わず輝き続けるあの世界に足を踏み入れたいと思うのは仕方のないこと。しかしその憧れを現実に敵えようとは思わない。
ミカは自分の身の丈をわきまえている。
少なくとも、今ではないと、機会ではないと、冷静に、合理的に判断できる。
「だろうな。お前には《《まだ》》理解できない」
ライアンは僅かに哀愁を滲ませていた。
「この歳まで生きてくると分かるんだよ。一生、こんな場所でくすぶって終わることの悔しさがな。特にお前は、才能も知識も実力もある。今は若いから何も感じないかもしれない。でも、いつかきっと分かる日が来る。『俺はこの辺鄙なスラムで命を終えるのか?』ってな」
ミカは理解できないものを見るような視線を向けていた。
「分からなくていい。だが俺たちの姿をよく覚えておけよ。憧れを実現するってことを、現実にしてやるからよ」
倉庫を見ただけで分かる。
多種多様な武器を揃え、いつでも戦える状態が備えてある。
構成員の顔や雰囲気を見れば分かる。
拠点内にピリピリと漂う緊張感と隠しきれぬ不安。そしてそれらを覆い隠す闘志。
「お前も分かるだろうが、もうすぐで俺たちはギルバーンと衝突する。あっちに送り込ませた奴から、こっちの拠点を襲撃する計画があるって話が入ってきてんだ。いよいよそれが実行に移されたら、始まりだな」
その情報が嘘でも本当でも関係は無い。
どうせいつかは始まっていた。
相手は常に臨戦態勢を整えているし、いつ攻撃しても同じこと。
そしてこちらもいつ攻撃されても対応できるよう備えている。
もしかしたら、ギルバーンもエルドファミリーにスパイを送り込んでいて、襲撃の計画が漏れていること、そしてこちらの計画が漏れていること、すべてがバレているかもしれない。
それでも変えるつもりはない。
「だから、それまでに頼むぜ」
ライアンは最後にそう告げると、ミカを倉庫の置いて外へと出て行ってしまった。




