第11話 ある工場
スラムの外れにジャンクヤードから集めたスクラップなどを溶かしてから、加工する工場がある。
経営、管理、運営、すべてを執り行っているのがダンという男。元々は雨風を凌げる住処として浮浪者の寝床として使われていたこの施設を、武力で奪い取り、一から機材とシステムを導入した敏腕。
初老で髭を携えていた伊達男だ。
ピシッと正されたスーツを着て、真っすぐに背筋を伸ばしている。
これが工場の所長であるダンという男。
彼とミカには面識があった。
「機材が足りない。このリストにある奴を持ってきてくれ」
ベルトコンベヤーを動かす装置の横で、工具を持ったミカがダンに指示をする。
「分かりました。これ、お願いします」
ダンは適当な従業員を呼びつけるとミカから渡された紙を預ける。
「この調子じゃ、工場全体の点検が必要だ。俺じゃなくどっかの組織に頼めよ。これ終わったら俺は帰るからな」
「ええ。ありがとうございます。取りあえず、頼まれている仕事が終わるまで、稼働できる形に戻せればいいので」
ミカは現在、ダンから依頼を受けて機械の修理を行っていた。
ウィンドウがあるおかげで専門性の高い修理も工具と部品さえ揃っていれば修理が可能だ。稀に、出来ないこともあるが、少なくともこの工場の機械はある程度は直せる。
過去にもミカはダンに頼まれて何度か別の機械も直して来た。
「というか、随分来ないうちに……また拡張したか?」
「規模も大きくなりましたから。1.5倍ほど」
「そりゃ、最初と比べると随分ちげーな」
ダンはスラムで生まれ育った男ではない。彼はダストシティの魅力に惹かれて足を踏み入れ、結果的にドロップアウトしてしまった男だ。ダストシティの下位区画にも居座ることができず、ジャンクヤードに流れて来た時にミカと出会った。
「こういうのもあれですが、私にはスラムの住民の方々と違ってそれなりに教育を受けてきましたから。それに、この工場を足掛かりにまたいずれダストシティに舞い戻って見せますよ」
ダンはスラムの住民とは違い、教育を受けて来た。そのおかげで工場を効率よく経営できる知識があった。使えそうな廃工場を見つけ、ガスを撒いて住民を退かし、スクラップの再加工の工場を始動させた。
幸いにもダストシティからドロップアウトしてきたものの、金のすべてを奪われたわけではなく、傭兵を雇う分と初期投資を行える分は残っていた。それらすべてを使って築き上げたのがこの工場。
彼の命ともいえる物だ。
「一年前ぐらいか?」
「そうですね」
ダンが工場を作り、まだ軌道に乗っていない時にミカと出会った。二人はその時からの付き合いだ。
設備の修理のためにそれなりに訪れて、ミカは工場内のことはある程度把握している。
だからこそ、変化があると気がつける。
「……変な機械が増えたな。あれは何に使うんだ」
ミカの視線の先には錆び一つない最新式の機械が映っていた。
工場はかなりの稼ぎをあげているが、あの機械を買えるだけとは思わなかった。ミカが純粋に感心していると、ダンが笑いながら説明した。
「あれは、私が再びダストシティに戻るために必要な物です」
「そんな大層なモンなのか」
「ええ。ただ、まだまだ資金が足りません。稼ぎませんと」
ダストシティへ戻るにはまだ資金が足りない。この工場一つでは足りない。だからこそ、最新設備を投入し、さらに成長しなくてはならない。
「確かにな。ただ、あの機械まで導入する必要はあったか? 今のままでも稼ぎは十分なんだろ? あと数年もすれば……別にまだ老い先が短いってわけじゃないんだろ?」
「確かに……そうですね。ですが加速度的に成長しなければダストシティの速度にはついていけません。あそこは人外魔境。義体、電脳化……様々な術を使って寿命を無くした化け物が既得権益に居座り続ける魔境です。あそこで勝つためにはリスクを冒し続けながら成長しなければなりません」
一度、ダストシティに足を踏み入れた者の意見。
ミカはスラムで生きていた都合上。その言葉の真意を僅かにしか垣間見ることができない。
「ただまあ、あの機械に関してはいい買い物をしたと思いますよ」
ダンが最新設備を見る。
「ある企業の助けもあって格安で設置していただけました。恩を売られるのは将来のことを考えると避けたいことですが、ここは導入した方が良いと判断しましてね」
「見てもいいか」
「いいですよ」
修理中の機械から離れて、ミカが最新機械の近くまで寄る。だが至近距離にまで近づかなくとも、何を作る機械なのか判別できた。
「銃の……フレームか。あっちは部品か?」
「ええ。よく分かりましたね」
「銃器に関してはそれなりに知ってるからな」
最新機器はすべて銃の製造に関する物だった。
ミカは錆び一つない機械の表面を触る。
「危険な買い物だな、これは」
「分かっていますとも」
ダンが機材を買った企業は分からない。しかし銃器の製造は危険である。
「ここまでして急ぐのか?」
「ええ。ダストシティに追いつくためです。私はただのスラムの住民です。企業からしてみれば工場の経営者という情報も、あまり美味しそうには映らないでしょう。しかし、ダストシティで頂きを目指すためには、やはり企業に入る必要があります」
生き急ごうとするダンに、ミカは哀愁のような感情を抱いていた。
「強いて言えば、ダストシティを支配する五大企業。その内の一つに入るために、私はこの工場を捧げるつもりです」
自らの価値を高めるための贄。上質な贄を数多く取り揃え、それを持って企業に入る。
そうでもしなければダストシティで成り上がるためのスタートラインにすら立てない。
窮屈だ。
実に退屈だ。
「それでいいのかよ」
「いいんですよ、私はこれで。逆に問いますがミカさん、あなたはどうやってダストシティに足を踏み入れるつもりですか? まさかスラムでくすぶったまま終わり、というわけでもないでしょう?」
「俺の話は関係ないだろ、今はどうでもいい
「ふふ……そうですか」
ダンは笑いながらミカと目を合わせた。
「実は、私と志を同じくする人物に出会いましてね。今は企業の力を借りながら、その方と協力しています。ミカさん。あなたも来てみませんか」
拡張した設備。企業の力添え。
ダンが突き進む道の隣をミカは歩くことができない。
「遠慮しておくよ。俺は勝てない賭けはしない主義なんだ」
「はは。それはまた……随分と……」
ダンは笑ったまま、落胆の表情は見せない。ミカが断ることは予測できていたのだろう。
「あんたこそ、企業の力を借りても良かったのか? すぐ裏切るぞ」
法に縛られぬ企業たちは自らの利益の最適化に命をかけている。その過程で生じる犠牲については考えない。裏切り、潰し、企業はどんな非道なことでも行える。利益の最大化のためならば。
ダンもその点については承知の上での決断だった。
「構いません。その時、先に欺くのは私です」
ダンは笑っている。
ダストシティから転げ落ちて、今まさにまた成り上がるために賭けを行っている。
結果は分からない。
失敗すれば殺される。
分の悪い賭けであることはダンも承知している。
「そうか……」
ミカが設備の修理に戻る。
「ダン、あんたは何を犠牲にするつもりだ」
工具を持ち、機械と向き合いながらミカは尋ねた。
企業と取り引きをするというのならば、相応の犠牲は必要だ。覚悟しなければならない。
「すべてですとも。私はすべてを犠牲にする覚悟でここに立っています」
「そうか」
昼夜問わず輝き続けるダストシティの強烈な光。その魅惑に引き寄せられる者は数多くいる。
そのほとんどがダストシティの巨大な権力構造を前にして己の実力不足ゆえに去る。しかしそれでも挑もうとした者がいる。単に自信過剰なだけか、それとも相応の実力があるのか。
答えはすぐに分かる。
運、人脈、知能、才能、何か一つでも足りなければダストシティでは生きて行けない。
挑んでも、ほとんどの者が敗れ去っていく。
あるいはその強烈な魅力に囚われ、逃れられない。その結果生まれたのがダストシティ周辺に存在するスラムだ。敗北者が惨めに存在する空間だ。
ダンもまたその一人。
ダストシティに返り咲くことを夢見ながら足掻き続ける、しがない老人に過ぎない。




