第1話 スクラップ拾いの少年
「……今日の成果は、まあまあか」
道の両脇にバラック小屋が寄り添うように並んだ場所。その一つの屋台でスクラップを売っていた少年——ミカが呟いた。
舗装されていない土がむき出しの地面。トタン屋根を貼り付けただけの屋台や家。
道行く者たちは皆、汚れ破れた服を一枚羽織っているのみ。
機械油と鉄の匂い。そして腐敗臭が立ち込めていた。
近郊にあるごみの投棄場所が生んだ微小な経済区域。それが今、ミカのいる場所だ。
この市場を人々は『パウペルゾーン』と称する。
「はぁ……」
ため息交じりに遠くを見上げる。
すでに空は赤くなっていてもうすぐで暗がりに包まれようとしていた。しかしその中で、唯一、暗闇に墜ちぬ場所が存在していた。それが今、ミカの視線の先にある巨大都市だ。
都市の中心部では幾つもの企業ビルが立ち並び、ホログラムや看板が昼夜問わず輝き続ける。
対して都市の外周部ではネオンの光が怪しく裏路地を照らし、退廃的な空気が支配する。
近未来的で、退廃的。危うくも美しい魅力を放つあの都市を『ダストシティ』という。
ミカが憧れ、しかし一生辿りつけぬ場所だ。
「……少し余ったな」
情景を断ち切り、ミカが手元を見る。
ひとたび視線を戻してしまえば『パウペルゾーン』特有の陰湿で陰鬱な空気感が立ち込める。
通りを行く人々の喧噪の中、ミカが屋台の上に並べた幾つかのスクラップに目をやった。いつもならば全部が売れるはずだが今日は余ってしまった。客の巡り合わせが悪かったのか、それとも同業者の嫌がらせか。
少なくとも品質のせいではない。パウペルゾーンでも品質の一点に限れば誰にも負けないと豪語できる程度には自信がある。
だからこそ、ミカはスクラップ売りとして信頼を勝ち取り、活動できているのだから。
(しょうがねえか)
余ったスクラップを袋の中に詰めながら考える。
残った分は明日に回すか、別のところに売りに行くか。
もうすぐ日が落ちて悪かった治安がさらに悪くなる。
面倒ごとに絡まれるのはごめんだ。
それまでにどうにか用事を終えておきたい。
(コイル類と基盤が足りねえな……)
ミカが売っているスクラップは『ジャンクヤード』と呼ばれる場所で拾ってきた部品を組み合わせて作った物になる。
ミカが部品を拾い集める『ジャンクヤード』というのは、簡単に言い換えてしまえば、どこまでも続くゴミの廃棄場だ。ダストシティから運ばれて来るゴミが永遠と積まれ、処分はされない。どこまでも続く荒野に突如として存在するスクラップ置き場。それがジャンクヤード。
衣類や機械類、時には動物や人間の死体、使い捨てられた義体に至るまで様々なものがこのスクラップ置き場に投棄される。
ここではダストシティでは投棄されるだけだったゴミ同然のガラクタが意味を持ち、小規模ながらこのジャンクヤードは経済区域として存在していた。使えそうなゴミを売るために近くに市場ができ、人が集まるのならば飲食店もできる。
ジャンクヤードを中心として『パウペルゾーン』や新たなスラムが形成された。
「帰るか……」
ミカもまたその一人だった。
◆
スラムの外れにぽつんと存在するバラック小屋。薄汚れて所々に穴の開いた鉄の柱に凹みだらけのトタンを貼り付けただけのハリボテ。これがミカの家だ。スラムにある他の物件と比較してみてもそれなりに大きく、また防犯面もそれなりにある。
ただ、壁を蹴り破られたりすればすぐに盗まれてしまうので、大事な物は大体、腰のチェーンに吊るして共に移動する。主に吊るすのはドライバーやハサミなどの修理に使う工具だ。
体中に金属類をぶら下げているせいで激しく動くとガチャガチャいってしまうが仕方ない。
また、吊るした工具のせいで腰の辺りが重くなってしまうが、盗まれるよりかはマシ。
これが無ければミカは稼ぐ手段を失う。
だからこういった工具類とは一蓮托生の関係。ミカが死んだら、誰かの手に渡る物だ。
「残ってる分やるか……」
屋台で売れ残った部品を拾い集め、床に並べる。
そしてミカがスクラップの一つに触れた。
その瞬間、スクラップから『ウィンドウ』が浮かび上がる。
「さて……」
慣れた手つきでウィンドウを操作していくと、今度はウィンドウから何かの模型がホログラムとして浮かび上がる。
ミカは浮かび上がったホログラムを摘まんで横から見たり、下から見たり、色々な角度で見ていく。
「中々難しいな……」
今度はミカがホログラムの模型を縦になぞった。
すると模型は縦に一刀両断され、断面図が露になる。そして二つに分かれた模型を離して、一つずつ内部がどのようになっているのか見ていく。時にはさらに分解し、詳細を確かめた。
「まあいけるか……?」
ウィンドウを二回タップして、バラバラになっていた模型を最初の形に戻す。
そしてミカは床に並べられたスクラップから正確に必要な物を取り出していき、模型の形に組み上げていく。
腰につなげた工具を手際よく使っていきながら、少しだけ苦戦しつつも作り上げていく。
(大変だな……)
詳細な模型があっても、やはりそれ通りに組み立てると言うのは難しい。
(まあ……楽させてもらってはいるんだな)
物体に触れ、対象の情報を呼び出すウィンドウ。これはミカがある時から突然使えるようになった力だ。いつどこで、使えるようになったのかは覚えていない。何かの《《きっかけ》》のようなものはあったはずだが、生憎記憶に残っていない。
ただ、別に覚えていなくてもいい。
(いい感じか?)
偶々《たまたま》授かったこの『偶然』に感謝し、有効活用することだけに注力すればいい。
ウィンドウの機能は色々とある。
今やっているようにホログラムを投影し、自在に分解したり構成したりする力。そして、指定した部品を使って作れるパーツや機材を提案する力。これも現在使っている機能だ。
床に並べたスクラップから作れる物品をリストとしてまとめ、それを自由に呼び出す。
呼び出した物はホログラムとして表示され、難しいが、どうにか組み立てることができる。
ミカがパウペルゾーンで売る商品が珍しい上に品質が良いのには、このウィンドウの存在が関わっていた。
「出来た―――が」
数十分ほど、休まずに組み立てているとホログラム通りの物品が出来た。
本来ならばここでウィンドウのもう一つの機能である『分解・構成・強化』の中の『強化』の機能を使いたいところだが、生憎これはミカでも仕様があまり分かっていない。
文字通り物体の機能を『強化』するのは確かだが、必要素材として強化元ととなる物体と『エネルギーパック』と呼ばれる、ミカの知らないモノが要求されているせいで、『強化』の機能は使えない。
だが、今は別に『分解・構成』の機能だけで十分良い思いをさせてもらっている。
わざわざ追い求める必要はない。
「いつか……」
ミカが壁を見る。
その奥に存在するダストシティを思い浮かべ、いつか上り詰めてやると誓いながら。




