報告者:王立星導院 上級観測士 リナ・スカイウォーク
*【緊急観測・鎮圧事案報告書】*
報告者:王立星導院 上級観測士 リナ・スカイウォーク
日付:星暦1029年 第二月期 第3日
件名:マルディラス都市圏における未知魔力干渉及び敵性勢力壊滅事案について
提出先:王立監察庁・軍務局・評議会合同対策本部
機密指定:特級(封印階層Ⅱ)
副本提出先:アルケミア会、冒険者連合本部、王国通信省
*概要*
星暦1029年 第二月期 第2日の晩より翌暁にかけ、
マルディラス都市圏において”極めて異常な魔力波動および地鳴現象"を観測。
同都市は前回報告の通り、魔将〈ガラ・ボルグ〉配下魔族群により実効支配下にあったが、
本現象以後、当該勢力の魔力反応・生命反応ともに、完全消失。
都市全域にて観測された干渉波は、既知の人類魔導式・魔族魔導式いずれにも分類不能。
一時的に王国広域通信網が遮断されるなどの副次障害を伴う。
現象発生後、マルディラスは外見上静穏を回復し、
内部調査班の報告によれば、魔族勢力の壊滅を確認。
ただし、壊滅要因については不明。
現地で複数の目撃証言が得られたが、内容に大きな差異があり、信頼性は限定的。
*現地観測・証言*
1. 星導観測塔第3号(外縁部)記録
* 都市中心に直径約10km規模の魔力渦形成。
* 渦心より立ち上る白灰色光柱を確認。
* 同時刻、地上に”無装備の人型戦闘体”と思しき影を確認。
* 外形:成人男性相当、上半身裸、周囲空間に重力歪曲反応。
2. 避難民の証言(複数一致)
* 「煙の中で一人の“裸の男”が立っていた」
* 「光と雷がその手から生まれた」
* 「魔族が近づくたびに、灰になった」
* ただし、遠距離視認・錯乱状態などにより正確性は低い。
3. 軍偵察班第一報(再突入後)
* 敵性生命体の反応なし。
* 防衛魔導システム停止。
* 市街各所に大型衝撃痕。
* 人為的な戦闘跡と推定される拳痕状の破壊跡、を多数確認。
*分析*
・魔族勢力壊滅の直接要因は不明。
・観測された魔力波形は「人為的」特徴を持つが、
詠唱・装備・術式によるものではなく、生体発信型の可能性。
・魔将〈ガラ・ボルグ〉系魔力の消滅が、現象体出現と同時刻。
・観測波の波長は人類魔導因子と近似するが、
魔力量・出力・制御性すべてにおいて逸脱。
・星導院では暫定的に“現象体X”と命名。
・該当存在が自律的行動体か、自然的現象か、
あるいは未知の召喚・干渉装置によるかは未確定。
*後続対応*
1. 都市圏安全確保のため、軍務局・冒険者連合による再進入部隊派遣。
2. アルケミア会技術班による残留魔力採取および物理痕解析。
3. 星導院による観測網の再校正および“現象体X”波形の継続監視。
4. 政府広報としては「暴走魔導炉事故による自壊」との暫定説明を発表。
*特記事項*
・現象体出現以降、マルディラス内部の市民の生存率が予想外に高い。
魔族による支配下であったにも関わらず、
多くの住民が混乱のままに生存していた事実を確認。
・生存者の一部が「光が痛みを焼いた」「声が胸を貫いた」と証言。
星導院解析班は、この「声」について音波記録の分析を行ったが、
波形中に人語の痕跡は認められず。
*提言*
1. 現象体Xの追跡は、軍務局・星導院・アルケミア会による三機関合同委員会を設立の上で実施。
2. 現象体Xが“味方”であるとの前提は危険。再出現時には厳重監視体制を敷くこと。
3. 生存市民の記憶混乱について、精神影響・残留魔導波による影響の可能性を調査。
4. マルディラス都市圏の封鎖を継続し、都市再生よりも先に事態解明を優先。
5. 現象体の“発生要因”が人為的なものであるならば、再現・模倣の試みを厳禁とすること。
*署名*
王立星導院 上級観測士 リナ・スカイウォーク
(監察官 セリオ・ハイド 立会承認)
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*【付記(観測士私見)】*
あの瞬間、確かに“何か”が息をした。
それは風でも炎でもなく、理そのものの呼吸だった。
都市は救われたが、理が傷ついた。
この世界が“誰に”救われたのかを、
私たちはまだ、知らない。
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*【特命監察官日誌】*
日付:星暦1029年 第二月期 第3日
記録者:『監察特務官』セリオ・ハイド(王立監察庁・中央特命班)
記録区分:機密個人日誌/マルディラス事案関連(封印指定)
夜明け前、監察庁の窓という窓が一斉に光を返した。
遠く、東の空。
そこに灰色の都市がある。
崩壊した魔導塔群の上に、青白い光柱が立ち昇り、やがて爆ぜて消えた。
星導院の観測塔が緊急報を鳴らした瞬間、
庁舎の床が微かに震え、壁掛けの水晶器が狂ったように魔力値を刻みつけた。
あの街が――沈黙していたマルディラスが、再び“鳴った”のだ。
星導院から第一報。
「マルディラスで大規模魔力反応、同時に地震波多数」。
その後、報告が錯綜。
軍務局は侵攻の兆候と判断し、北部方面軍に待機命令。
アルケミア会は暴走魔導炉の再点火と見て、技術者を招集。
星導院は観測史上未確認の干渉波と記し、論文の書き方に悩んでいた。
誰もが何かを言いながら、誰も真実を持っていなかった。
我々監察庁の中でも、議論は割れた。
「魔族側の報復だ」
「いや、奪還戦第二段階の余波だ」
「――まさか、誰かが中から起こしたのでは?」
暫くした後、アルケミア会の技師が震える声で言った。
「魔族の波形じゃない……これは”人のものだ”」。
誰も信じなかった。
だが観測器の針は、確かに“人間因子”を指していた。
それも、かつて存在したどの魔導形式とも一致しない。
「無詠唱で、無媒介で、そして――暴走していない」。
その一文が報告書の一行目に書かれていた。
そして、最後の報告が届いた。
星導院からの映像。
上半身は裸、武具も護符もない。
だが彼の周囲では、重力が形を失い、
倒れた魔人の死骸が風に押されるように遠ざかっていった。
人ではないのかと誰かが言った。
だが、私は確かに見た。
男の胸に、傷があった。
古い剣傷。
その歩みは、静かだった。
まるで何百回も死に、もう恐れるものを失った者のように。
出所不明、登録記録なし。
彼が誰なのか、誰も知らない。
目撃者も混乱している。
だが、マルディラスを覆っていた魔将ガラ・ボルグの魔力反応は、
彼の出現から一時間も経たぬうちに霧散。
王国は混乱した。
安堵でも歓喜でもなく、ただ沈黙。
“誰が敵で、誰が味方なのか”――それさえも判らなくなっていた。
第二次奪還戦を準備していた各国代表団は作戦会議を中断し、
冒険者連合は戦死者名簿を前にして手を止めた。
敵の侵攻か、我々の奪還か、
そのどちらよりも早く、“一人の男”が全てを終わらせたのだ。
星導院の学者たちは彼を「位相人影」あるいは「異常因子」と呼び、
アルケミア会は「零因式の媒介体」と定義した。
軍務局は、彼を“人類兵器”の可能性として密かに協議を始めた。
だが私は、それらの言葉をどれも信じられない。
冒険者たちは“灰の拳”と呼び始めた。
だが、それらの呼称が定まる前に、
既にマルディラスの魔族反応は完全に消えていた。
都市を覆っていた黒音波も、防衛魔導も、
すべて、まるで糸が切れたように沈黙した。
敵は壊滅。
我々の軍は動いていない。
誰も命令を下していない。
それなのに、戦争は終わっていた。
マルディラスは救われた。
だが、我々の秩序は救われなかった。
世界はまた、ひとつの答えを失ったのだ。
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その夜、王都の議会は凍りついた。
「第二次奪還戦の準備を中止…その理由を、一体どう説明すればいい」
「魔族側の侵攻はどうなった?」
「何者が敵を倒した?」
誰も答えられない。
星導院は観測記録を“現象体X”として封印し、
軍務局は沈黙を指示。
新聞は“自然魔導現象”の見出しを載せた。
民は祈り、学者は沈黙し、冒険者たちは――怯えた。
あれが味方なのか敵なのか、誰も判らない。
もしあれが“人”ならば、我々の理解していた人間は、もう別のものになっている。
もし“神”ならば、なぜ今になって現れたのか。
私はただ、記録を残す。
瓦礫の都市に立つ半裸の男。
胸に古傷、手に何も持たず。
しかし、彼が一歩進むごとに、
世界の理が一歩ずつ後退していった。
この日を、私は忘れない。
王国が救われた日ではなく――
**世界が、人間という存在を、再定義せざるを得なくなった日**として。
──監察官 セリオ・ハイド




