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スイート・アフタヌーン

 ルナとの共同生活に私はもう慣れ始めていた。はじめのうちは彼女のベッドやら衣服やらを揃えるのに追われ慌ただしかったが、数日が過ぎた今ではすっかり落ち着いた日常を取り戻している。収穫の時期もまだ先ということもあり、私は久しぶりに午後にぽっかりと空いた余白のような時間を過ごしていた。

 暇を持て余していたのはルナも同じだったが、彼女は「何かすることはありませんか?」と繰り返し尋ねるので、仕方なく冬支度として林に枝を拾いに行ってもらっている。本当はもっと気ままに休んだり、自由に遊んだりしてほしいところだが、なかなか思い通りにはいかないものだ。

 ソファに身を預け、何とはなしに外を眺めていると扉のほうから声が響いた。


 「アルテー、いる?届け物よ」


 聞き慣れた声に、私はそっけなく応じる。


「入ってくれ、開いてるよ」


 勢いよく扉を開けて顔を出したのは、昔なじみのサラだった。孤児院時代からの知り合いで、近所に住む彼女は、時折こうして私の家を訪ねてくる。


「ずいぶん暇そうにしているのね」

「この時期は暇なんだよ」

「手持ち無沙汰なら何か趣味の一つでも始めてみたら?編み物なんかがどう?今なら特別価格で教えてあげる」

「興味が湧いたら、そのときに声をかけるさ。今はこうして外を眺めているのが一番落ち着くんだ」


 そう言って私はソファから立ち上がり、キッチンへと足を運んだ。


「お茶を入れよう。何がいい?」

「アルテの気分に合わせるわ」

「……そうだな。なら久遠くおんの実のお茶にしよう」

「あら、それはどうして?」


 私は少し言葉を探し、それからふっと微笑みながら答えた。


「落ち着きたいときに飲むんだ。いつも騒がしい君には、ちょうどいい薬になると思ってね」


 久遠の実は大きく成長すると美しい白い花を咲かせる。その花言葉は「変わらぬ愛」。ふとサラの方に目をやると、彼女は素直じゃないなあとでも言うように、にまにまと笑みを浮かべていた。


 湯気の立つティーカップを二つ、ソファ前のテーブルに置くとサラは小さく「ありがと」と言った。


「で、届け物って?」


 サラの隣に腰を下ろしながら問いかけた。

 彼女はカバンから黒い布を取り出し、「これよ」と言って私に差し出した。

 広げてみると、それはサラに仕立てを頼んでいたルナのローブだった。私が荒っぽく切り裂いてしまった断面は美しく繕われている。


「さすがプロの仕立て屋だね。でも、わざわざ届けてくれなくても良かったのに……」

「ついでよ。ちょうどアルテのところに遊びに行きたくなったところだったから」


 サラはティーカップに口に運び、一息ついた。


「それで、ルナちゃんはどうしてるの?」

「林に枝を拾いに行ってもらってる」

「アルテ、あんまりルナちゃんをこき使っちゃダメよ」

「分かっているさ。でも、ルナがやりたいって言って聞かないんだ」


 サラはティーカップの水面に視線を落としてから、ゆっくりと口を開いた。


「きっと気を遣っているのよ。あの年頃の子って、私たちが思うよりずっと色んなことを考えてるんだから。うちのスーも最近、すっかり大人びちゃって……そう言えばルナちゃんってスーと同い年くらいよね。いくつなの?」


 問われてみて、私はルナの年齢を知らないことに気づいた。


「たぶん、八つくらいだろう」

「たぶんってあなた……、ルナちゃんの年も知らないのー?」


 サラが呆れたように、じとっとした視線を向けてくる。


「聞く機会がなかったんだ。でも子供の年なんて見れば大体分かるだろう。あのくらいならきっと八つさ」


「九つです」


 窓の外から少しむくれたような声が飛んできた。思わず目をやると、枝を山ほど抱えたルナが、不満げに頬をふくらませながらこちらを見ていた。






 「アルテシアさん、その人は誰ですか?」


 私の隣に座ったルナが、少しむくれ気味に聞いてくる。さっきの件もあってか、声にはまだ少し棘が残っていた。

 私が答えるより早く、サラが口を開く。


「はじめまして。私はアルテの幼馴染でこの村で仕立て屋をやってるサラだよ。よろしくね、ルナちゃん!ちなみに……」


 そう言って私の腕に抱きついて、その豊満な胸をわざと押し当ててくる。


「アルテとは色々な経験をした深い仲よ」


「……」


 ルナが冷たい視線をこちらに向けてくる。


「いや、違うんだ。ルナ。サラはただの友達で……」

「別にアルテシアさんが誰とナニをしてようが、私には関係ありません。お好きにどうぞ」


 ふっと耳のあたりに風を感じた。気づけば、サラが私の耳元に唇を寄せてそっと囁いてきた。


「ルナちゃんのお許しも出たことだし――久しぶりに、しちゃおっか」


 熱を帯びた吐息が私の耳をくすぐる。触れそうなほどの近くで響くサラの息遣い。彼女の高ぶりがこちらにまで伝わってくる。私はそっと両手を伸ばし、彼女の手を優しく包み込むように握った。サラはとろんとした目で私を見つめ、ふっと微笑んだ。


「ん……いいよ……アルテ」


 サラは瞳を閉じ、あでやかで紅い唇をそっと私に預けるように寄せてくる。

 次の瞬間、私は彼女の両手を合わせるように引き寄せ、魔力の紐でしっかりと縛り上げた。


「……へ?」


 きょとんとした目をしたサラを尻目にルナに向かって言う。


「サラはこういうお調子者なんだが、悪いやつではない。仲良くしてやってくれ」


 ルナは氷のように冷めた視線を私に投げ、冷ややかに答えた。


「……そういうのは、夜中にお二人だけのときにしてください」






 ルナの分のお茶を入れて差し出す。ひと口飲んだ彼女は少し落ち着いたのか、ぽっと表情を明るくした。私は内心ほっとしてから、サラに向き直る。


「サラ、さっきのは一体なんだったんだ?」

「先に誘ったのはアルテじゃない」

「そんな覚えはないんだが」

「だってこのお茶、花言葉は“変わらない愛”でしょ。そんなの、もう告白じゃない」


 サラはわざとらしく、ぎゅっと握った両手を口元に寄せて上目遣いで私を見上げてくる。


「……私は“友愛”のつもりだったんだが」

「そういうのは、ちゃんと言葉にしてくれなきゃ分からないですよーだ。ね、ルナちゃん。」


 ルナがコクリと頷いた。その仕草には、ほんの少しの不満がにじんでいて、胸がちくりとする。


「……分かった。もっと言葉にするよ。気持ちを」


 サラは私に向かって優しい目を向けた。


「アルテは昔からいつも言葉が足りないんだから。もっと話さなきゃだめよ。ルナちゃんの年も知らなかったでしょ」


 今度はルナを覗き込むようにして言う。


「ちなみに私は二十六よ。ルナちゃん。アルテはいくつか知ってる?」


 ルナは首をかしげ、少し考えてから口にした。


「聞いてないですけど、……二十八くらいでしょうか?」

「二十六だ。サラと同じだよ」


 私は少しむくれて。そう答えた。


「もうアルテ、子供みたいにむっとしないの。あなただってルナちゃんの年、間違えてたじゃない」


 そう言われて、さきほどの失態を思い出す。


「そうだったな……さっきは悪かった、ルナ」

「別にいいですけど……」


 ルナは視線を逸らし、サラも黙り込む。小さな気まずさが場を覆った。

 どうしたものかと思いあぐねていると、不意にあることを思い出す。


「そうだ。二人とも少し待っていてくれ。いいものがあるんだ」


 そう言って、私は地下の冷蔵室に向かい、用意しておいたものを取り出すと、フライパンに乗せて暖炉の火にくべると、すぐに甘くて香ばしい匂いが立ちのぼった。

 焼き上がったそれを皿に盛り付け、二人の待つ場所へと運ぶ。


「なんですか。この黄色いの」


 ルナは不思議そうに見つめる。


「なんか甘い匂いがするね。食べていい?」


 サラは目を輝かせて身を乗り出した。


「ああ、二人ともぜひ食べてみてくれ」


 おそるおそるゆっくりと口に運ぶルナ。


「……おいしいです。これ、なんですか?アルテシアさんが作ったんですか?」


 夢中で頬張るルナを見て、胸がふわりと温かくなる。


「ほんとだ。おいしいね。このケーキ。どうやって作ったの?」


 サラがケーキを口にしながら尋ねてくる。


「これはうちで採れる甘い芋で作ったケーキだよ。芋とミルク、砂糖と卵で作るんだ。私はこれを"スイートポテト"と名付けた」


 さっきまでの空気が嘘のように、柔らかくて甘い時間が流れていく。私もひと口スイートポテトを味わう。芋のやさしい甘さとミルクのまろやかさが口いっぱいに広がり、芳醇な香りが鼻を抜けていく。お茶をもう一口含むと、その香ばしさが甘さをより一層引き立てた。


「また作ってくださいね」


ルナが笑顔で、私を見上げる。


「ああ。これからも――ずっとね」


 ふと窓の外へ視線を向ける。ゆったりとした午後の時間までもが、この甘さに染め上げられているようだった。

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